第65話 初めて一緒に来た場所



 車で行き着いたのは一緒に初めて来たことのある海だった。


「やっぱりここは良いなあ。ソウくんはどう? 」


「うん。静かで綺麗で落ち着くところだよね。ここは」


 俺はコウさんの問いに答えた。


「ここはね。女優業をするようになって……来るようになったんだ。困ったり悩んだりした時、ここに来るとひとりで落ち着いて考えをまとめられたんだよね。でもひとりだった。そうそう、ソウくんがえっと高梨さんだったっけ? 付き合い出した時は頻繁に来てたなあ。ここで落ちこんで、いやまだチャンスは有るはずなんていろいろと考えてたなあ。そうひとりだった」


コウさんが告げる言葉に俺は静かに耳を傾けていた。


「あの日慌ててソウくんのところに行って、そしてここに来て。そう、初めてここにふたりで来たんだよ。それも大切な人と。それからさ、ソウくんに私の思いをすべてぶつけて。私、あの時とても緊張してたんだよ。そう言えばあの時は特に男っぽい話し方してたね、私。男としてソウくんと付き合ってたのもあったけど緊張のほうが原因としては大きかったかもしれないかなあ。ほんと拒否されたらどうしようなんて気持ちがあったから。隠し事いっぱいだったし。でもソウくんそんなこと全く気にしなくて私を受け入れてくれたんだよね。嬉しかった」


 そんなコウさんに俺は


「だって男性だろうと女性だろうとコウさんはコウさんだもん。それが変わることはないからさ。でもね、今は思うかなあ。それでもコウさんが女性で良かったって。そうじゃなければ今の幸せは感じられなかったのかもしれないなんて思えるから」


 俺は今の気持ちをコウさんに告げた。女性で良かったと。だから婚約してふたり一緒に居て幸せになれているのだから。


「そうだよね。私が女性じゃなかったらこんな形になっては居なかったんだろうね。もしかすると別々に相手を見つけていつかは離れることになったかもしれないんだよね。うわっそれ考えると怖いなあ……」


 コウさんは想像したのか心底嫌そうな顔をしてそんな事を言った。


「今日ここに来たのはね。もう困ったり悩んだりしてここに来ることはなくなるかなあと思って。この場所に「ありがとう」って言いたかったこととソウくんと私一緒になれました。幸せになりますって報告したかったんだ。ふふふっ子供じみてるかな? 」


 ちょっと悪戯な顔をしたコウさんはそう言って海を眺めていた。コウさんがひとりで頑張っていた頃を俺は知らない。会話はしていたけれど深い心の中までは知ることができなかった。会えなかったから。俺ができなかったこと。コウさんを助けること、それをしてくれた場所なんだと思うととても大事に思えてくる。


「うん、きちんとしておこうか。俺としても俺が側にいられなかった時間、コウさんを助けてくれていた場所だろ? きちんとお礼を言わなくちゃね。そして一緒になりましたって報告をしておこう」


 だから俺もこの海へ報告することに同意した。


「ありがとう」


 コウさんは俺にそう言った後海へと叫ぶ。それに続き俺も叫ぶ。


「海さんありがとう。私コウは大切な人ソウくんと一緒になります。いえ一緒になりました」


「海さんコウさんを助けてくれてありがとう。これからは俺が大事にします。幸せになります」




 すると俺達の思いに答えるかのように波の音を綺麗に奏でて俺たちを祝福してくれた、俺はそんな気がしたのだった。


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