第21話 すっかり忘れてたよ。



 メモを見て思い出した昨日のこと。俺はコウさんの家に泊まったんだったととりあえず落ち着くためにソファに座り点いていたテレビを眺めた。

 テレビを見れば「坂梨 幸さん引退会見!」とデカデカと出ておりその様子が映し出されていた。まだ行われているのかそれとも録画なのかよくはわからない。ただ、コウさんが記者からの質問に答えているそんな場面が何度も続いていた。


 質問を聞いてみるとコウさんについての質問があまりにも少ない。引退することよりもコウさんの相手のことばかり。つまり俺のこと。俺が誰なのか? それを確認するための記者会見になってないかと思えてしまい俺はなんだか嫌な気分になる。何のための会見だよと俺は頭を抱えてしまうのだった。


 りーーん


 俺のスマホがなる。誰からだろうと確認してみると俺の母さんだった。


「もしもし、俺だけど」


「あっいたいた。創、今どこいるのよ? 幸さんテレビに出ているから外に追い出されてるんじゃないかと思って慌てて電話しちゃったじゃないの」


 母ちゃん……んなアホなことで心配してくれたのかよ。


「今俺ひとりだけどコウさんの家にいるよ。コウさんは会見を終えたら帰ってくるって。その後家に戻るよ。コウさんと一緒に行くから」


 俺がそう言うと


「家に置いてもらってるのね。まあ夜でもないし今なら外に居たとしても問題ないわよね。私ったら……ふふふ」


 母さんおとぼけすぎてるよ。


「そういえば幸さんに変なことしてないでしょうね? 」


 そして母さんお約束かよ。


「心配されるようなことはしてないよ」


 俺は呆れながらもそう返す。


「それなら良いけど……でも幸さんも大変ね。今日の会見って質問される内容のほとんどがあれ創のことよね? 幸さんは上手く流しているみたいだけどすごく面倒くさそうだわ」


 母さんもやはり見て分かるようで。


「うん。なんか申し訳ないなあ……って思うよ」


「創、しっかりしなさいよ? 幸さんはあなたのためにここまでしてくれているんでしょ? もしそうなら幸さんは創に人生を捧げているって言っても過言じゃないのよ? わかってる? 」


 弱音っぽい言葉を吐く俺に母さんは叱咤してきた。


「俺もいろいろと考えてるよ。ただ、昨日1日でいろいろ変わりすぎて混乱してるのは間違いないかな。でもさ、これだけは言える。コウさんを大切にするって」


 俺がそう言うと


「まあ創もまだ学生だしね。わからないこともいっぱいあるでしょうけどその時は私達を頼るといいのよ。父さんにも私からきちんと話はしているから。詳細は家に来てから再度ふたりに話してもらうけどね」


「わかったよ。うし、コウさんがここまでしてくれたんだから明日から俺もしないといけないことを終わらせないとなぁ」


「創にもしないといけないことってあるの? 」 


 疑問に思った母さんが俺に聞いてきた。


「ああ、浮気した彼女ときっぱり別れないとコウさんとの関係が進められないから」


「ああ……そんな事言ってたわね。はぁ……幸さんの事が大きすぎてすっかり忘れていたわよ」


 母さんはため息をつきながらそう言った。


「そりゃそうさ。浮気された本人がそうなんだから」


 そう言って俺も笑ってしまうのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る