第09話 忘れていた嫌なこと。
「まだ時間があるから……1社に独占させてもいいわね。上手く行けばコネが出来るかも……時間は交渉次第だから……」
如月さんはひとりぶつぶつと言いながら考えていた。その結果を待つ間、俺とコウさんはサンドイッチとコーヒーを頂きながらふたり会話をしていた。
「ほんとにいいの? 引退して。せっかくここまできたんだろうに」
「いいんだよ。何が私にとって一番大事なのかわかってるつもりだから。その上で引退を選んだんだよ。突拍子もない事だと周りは思うかもしれないけれどね」
そう言って笑うコウさんは本当に迷いのないそんな顔をしていた。
そういえばコウさんと会ってから彼女のことなんて吹っ飛んでいたなと今更ながら実感した。コウさんのすることすべてに驚いてしまって他のことなんて考える暇がないそんな状況だったなと。昨日はあんなに落ち込んでいたのにと俺はなんだか笑いが出てしまった。
「ソウくんどうしたんだい? 」
そんな俺を見てコウさんは尋ねてきた。
「いや、コウさんと会ってから事あるごとすべて驚きと困惑することばかりだったなあって。そのせいかさっき如月さんの説明の中で彼女のことが出てこなかったら多分忘れていたのかなって思ったら笑えてしまって」
俺はそう答えるとコウさんは
「はははっ。そんなに驚いて嫌なことを忘れることが出来たのなら私としては行動して良かったなと思うよ。ソウくんのためになったのなら……ね」
と言ってニコリと笑い返してくれるのだった。
「お待たせしてごめんなさいね。幸の条件飲むわ、それで行きましょう。なら私は引退会見の準備に走り回らないといけないから急いで戻るわ。幸はえーと……明日の朝に来てもらえればいいわ。そうね。朝6時には来てもらっていいかしら? 打ち合わせはしないといけないでしょうから」
如月さんは答えが出たようで即座にコウさんに話をした。
「わかったよ。さて決まったならさっさと帰って。会って初めてのソウくんとの時間なんだから」
コウさんは如月さんをこういう理由ではやく帰したかったのかとわかり俺は笑いが出そうになる。
「はいはい、わかりましたよ。じゃお邪魔虫は帰りますよ。そうそう想い人さんもまたね」
そう言って如月さんは立ち上がり玄関へと向かい帰っていった。
「コウさんはなんだか如月さんに冷たくない? 」
俺はちょっと感じたことをコウさんに聞いてみると
「いやこれが普通なんだよ、私と社長の関係は。私みたいないつ引退するかわからない人が馴れ合っちゃいけないって思ってたから。社長もわかってくれてると思うよ」
そう言って笑うコウさん。
でも俺は思った。見た目やり取りが冷たいように思えても実際には仲が良いんだよとコウさんが発する言葉にはそう込められているように俺は感じるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます