第20話

部屋に戻ったそうそうに、ホークがマラビスバの従医を連れてくる

「見てやってくれ」

「ふむ」

ソファにつっぷしたリゼットに駆け寄るとホークは従医を急かす。

「どれ、どこがどうした?」

「……!」

喉に詰まった物が出そうになり思わず手をあてがう。

「よくない─いや、いい。吐き出しなさい、身体が外へ排出しようとしているのだから身体によくないものだ」

そういって、リゼットの口に手を広げる

えっ…ここに吐き出せって事なの…

「……ドクターさすがにそれは、いかがと思うぞ」

「そうか?」

「リゼットさん、これに……」

タオルを差し出されるので、口の中に広がっているどろりとしたものを吐きだす。すかさずタオルを奪った従医が素手でそれをぐねぐねとこねくりだす、これにはホークもサニスも引きつっているが

「ふむ、これは見覚えがある。」

「何なんだ?一体リゼットはどうしたんだ?」

「毒だな。この毒は喉を焼き身体を麻痺させ心臓を停止させる効力がある、よく口封じに使われた物だ」

「……!?」

おもむろにリゼットの口に指をつっこむと興味深そうに診ている。

「今回はその症状も薄いようだから、時期に良くなるだろう。ただ、喉からの出血が治まるまでは使ってはならん。」

「それで──治るまでの期間とは?」

「この状態だと二週間はかかるだろうな。」

二週間!?

マラビスバがリンドリルグで行う公演はまだ二回残っている、二週間などという猶予もない。険しい顔をして何か考えていたホークが、リゼットの前に屈んだ状態のまま

「……代役を決めないとな。」

「ホーク団長、わたし出来ます!!」

思っている以上にかすれた声になってしまっているが叫ばずにはいられない

「無理だ。」

縋った手もあっけなく振り払われると、今度は立ち上がったホークに膝まつく

「おね…いです!必ずなおしますから…っ」

「くどい!リゼット!仮に治せなかった時はどうする?出来ませんでした、取りやめます。というわけにはいかないんだぞ」

サニスも同意しているのだろうか、黙ってホークの決断を聞いているだけで何も言ってはくれない、従医は革カバンから薬を取り出すと、サイドテーブルに並べていく

「これは痛みどめ…これは化膿止め…こちらは」


これは悪い夢かしら…もう何も残ってないの?どうやって生きて行ったらいいの?


「なあリゼット、治るまでの辛抱だ。今無理をしておまえの声が元に戻らない方がおれはつらい。」


嘘だ!そうやってわたしを捨てるのでしょう!?みんな平気な顔をして裏切る!


「……代役にはぼくも立候補しても問題はないのでしょうか」

「なに!?」

あまりに場にそぐわない質問に、リゼットの思考も停止する。

「ぼくなら、リゼットさんと背丈もかわりませんし、その細いので衣装も間に合うかと…

それに歌なら自信があります」

膝まついたままのリゼットを起こすとサニスは

「問題──あるでしょうか?」

「大ありだわ!!」

ホークの怒声が響き渡ると従医の愉快そうな笑い声が続いて響いた。


「団長!!」

大きな音を立ててアイリッシュが部屋に乗り込んでくる、興奮したように胸を上下させている。

「聞きました!代役ならわたしが妥当ですわ!!」

「アイリッシュ何を突然、お前の役はどうするんだ?」

「それなら問題ありません。ルノーからでも選出したらいいのです!」

嘘だと信じたい、けれどこういう世界なのだ。 空席になれば誰かがそれを埋めようとする…それが誰の席であっても。暗い感情に飲みこまれていく

「リゼット!いいわよね、わたしで不服は無いはずよ──でも確かにわたしの準主役の席にも未練があるし……いいわ。もしその喉が治ったら考えてあげてもいいわね」

「……?」

「もう、アイリッシュたら…素直に言えばいいのに、リゼットの席を他の誰かにまかせたくないってね」

アイリッシュの後ろからひょいと顔をのぞかせたセレスティが困ったように笑うとリゼットの頭を軽くなでる

「頑張ったわねリゼット、よく歌いきったわ。それでこそわたしのカフォリペツォ…今はアニーサですけどもね。

それでも空席は埋めなくてはいけないのはわかるわね。アニーサとしての矜持があるならば取り返してごらんなさい」

穏やかに諭され、自分がいかに甘やかされているのか思い知らされる。こくりと頷くとホークも一安心したのかゆっくり休めと言い残し部屋を後にした、サニスは詳しく薬について従医に聞いていて、アイリッシュとセレスティはリゼットの着替えを手伝うとベッドに押し込めて眠りにつくまで側にいた。

どれくらいの間眠っていたのか、目覚めるとフェリオとセレスティが寝台の横でうたた寝をしている

「……」

まったく声が出ない、時が過ぎて悪化したようにさえ感じる。どうしても喉が渇いたのでサイドテーブルの水差しに手を伸ばそうとして身体も重い事に気付く、起こしたくはないが仕方がない…一番近くにいたフェリオのシャツの裾をひっぱる

「……ん…」

「……」

「…おはようリゼットまだ寝ていたらいいのよ…」

向かい側で寝ているセレスティを起こさぬようにひっそりと話すと、ボリュームのあるカンアフターを引き上げる

『喉が渇いて…水は飲んでもいいのかしら?』

空口で伝えると、一つ頷いて水をコップに注いでくれる、一瞬毒の事を思い出して躊躇したのがわかったのか、フェリオが一口含んで見せてくれる。

「大丈夫よ、さ飲んで」

『ごめんなさい…』

身体の下に手を差し込むと、上半身を起こしてくれる。水が喉を通ったとたんに痛みが走る

ゆっくりとベッドに戻すと

「熱が出てきたみたいね……薬をもってくるわ」

『いいの、それより二人とも休まないと…明日も稽古はあるのよ』

「ばかね、わたしは甘やかすといったでしょう?それにみんなリゼットの事が好きなのよ、ここにいさせてあげて」

ごめんなさい。というには違う気がする、きっとこんな時は素直に

『ありがとう』

言葉に音を乗せる事は出来ないけど、思いをのせてそう伝える。

嬉しそうに笑ったフェリオが隣の部屋に移動していく、傍らのセレスティがこっそり微笑んでいたのは誰も気付かずに。



燭台の灯りが明々と照らす一室に用意されたテーブルには真っ白なクロスがかけられさらにその上から紅いクロスが重ねられている。並べられた数々の皿の上には湯気をあげる食べ物が乗っている。焼き立てのステーキに海老のソテー、食花が添えられたサラダ ワイングラスには芳醇な香りのワインが──

向かい合う二人は相手の出方を伺っているようだ。すでに人払いが済んでいるのか広い部屋は静まり返っている、先に口を開いたのはクリスティーナだ。

「こうやって、ユーリロンバルト様と二人きりの食事など初めてですわね」

おもむろにワイングラスを手に取ったユーリは無言で微笑んでいる。

「そういえば、お父様がわたくし達の結婚式はいつにするのかと言っておりましたのよ」

くらくらとグラスを揺するユーリにクリスティーナは頬を高揚させてまくしたてる。

「わたくしお父様に言われていたのですが、やはりお母様のウェディングドレスより今の流行をとりいれたものを新調したいと思っておりますの、ユーリロンバルト様はどう」

「きみの母はすでに死んでいる。」

「何をおっしゃっていますの…?母は存命ですわ、今頃避暑地で──」

「実の母親ではない、血のつながった母は死んでいるとそう言った」

ワイングラスを置くと、ユーリは両肘をテーブルについて手を組む

「きみの母親はね───」



驚愕で目を見開くとクリスティーナは手に持っていたフォークもナイフも床に落とす。


「わたしを驚かしてくれたお礼に、もうひとつ教えてやろう。きみが最終的に生むであろう子は───だ」

「嘘です!!!」

「なぜ嘘だと?」

「わたくと結婚したくないからでは…!?あの女なのでしょう!?あの下品な!」

わなわなと震える身体は怒りからか、それとも衝撃的な話しのせいか判別は出来ない。

「きみがそれを言うか。存在自体が穢れているにもかかわらず。

お前になど価値は無い。

愚かなだけであったなら捨て置いたものを」

立ち上がったユーリの手をクリスティーナが咄嗟に掴むが、掴んだ手に痛みが走る。

「触るな。」

汚物でも見たかのように、眉をよせたユーリにクリスティーナは衝撃をおぼえる、まるで頬をうたれたようにくらくらしてくる。今、この瞬間までクリスティーナに心を向けていと思っていた、それがどうだろう───ずっと父親の醜態も歪んだ真実も知りながらクリスティーナの横で笑っていたのだ。

この人は…わたくしをどうしようとしていたの……?

「ユーリロンバルト様……!」

ばしっとテーブルに白手袋が投げつけられる

「捨てておけ、穢れた」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

天然たらし王太子にわけあり娘が復讐します 波華 悠人 @namihana

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ