第16話


「レオンどうかしたか?」

はっと意識が浮上する、邂逅に浸っていたのだ。

「おまえでもそんな顔をするんだね、何か楽しい事でもあったのか」

「はあ…そんな顔ですか?」

「ああ、ものすごくだらけていた顔をしていた、いやいや今日はたのしいものばかり見る日だ」

「それは…結構な事です…」

半目になったレオンをさらに愉快そうに笑うユーリにさっと一礼するとレオンは黒いうさぎに指示を出すために部屋を出て行った。



 広々とした部屋に長テーブルが何台も置かれている、真っ直ぐに部屋の出入り口から隅までのびるそれは一見するとムカデを連想させる、7列ほど並んだテーブルには大勢の劇団員が談笑しながら昼食をとっていた、その一角に座ったリゼットの前にはテーブルをはさんでアイリッシュがその隣にはセレスティがいる、いつもは同じ席に座る事のないフェリオはリゼットの隣に座っている。

 なぜかといえば、復讐劇のためにつきない、ユーリの気持ちをより引きつけるためなのだとフェリオは笑って告げた。訝しげなアイリッシュが二人を無遠慮に眺めてくる。

「ねえ、ちょっとわからないのだけど、なぜフェリオがここにいるのかしら?」

「なぜって、フェリオは──」

「実はリゼットに告白したんだ。けどあまりにつれないからこうして側についてまわってるって言ったら笑うかい?」

あまりに淀みなく言い放ってくれたおかげで、ほんの一瞬全員の時間が停まる。

セレスティもにこやかに笑ったまま、スプーンの手が停まっているではないか、そろりとリゼットが周囲を見渡すと、視線に気付いた団員達はいかにも何も聞いてません、見てませんといった感じで動き出す。

「……フェリオあなたって…そんな感じだったかしら」

アイリッシュが顔を引きつらせリゼットに目配せする

あんた何考えてるの!ストーカー発言されてても平気なわけ!?

あぁ、わかる。アイリッシュの考えが手に取るように、半ば放心しながら隣で麗しい視線を投げつけてくるフェリオに向き直る

「だって、フェリオはわたしにはもったいないでしょう?きっと他に良い人が──」

「リゼットしか見えないんだ、君しか映さないこの目が悪いというなら抉ってみせるよ」

ガシャン、カラーン、ガタン…色々な方向から雑音が聞こえる。前に座っているセレスティでさえスプーンを落としている、ただ優雅に笑った顔だけはそのままだが…

「やだフェリオったら…皆驚いてしまっているじゃない…ちょっと向こうで話ししましょう!」

がっしりとフェリオの腕を掴むと席を立たせる。

「二人きりになりたいのかい……襲わないと約束してくれるなら…」

そういって頬を染めるフェリオにリゼットの背筋に嫌な汗が伝う。やりすぎよ!!

「襲われたくないなら早く立つっ」

「勇ましいリゼットも…」

さらりと銀の髪を揺らして恥じらうフェイオに白目をむきそうになる、衣装部や製作部の女子等が悶絶している姿が見える、彼女等は表舞台に立たないがこういった恋愛事は大好物、たまに演技の糧にしてほしいときわどい小説や週刊誌を進めてくるくらいだから、こんなフェリオを見たらそれは悶絶しても仕方ない…あ、今一人鼻血出したわ…

 立ち上がったフェリオをもっとも目立たないであろう劇場の裏口へと引っ張り出すのに成功する。

「フェリオ!やりすぎよ」

「あら、あれくらいやらなきゃ」

まったく悪びれないフェリオはリゼット唯一の協力者なので強く出れないということも二人ともよく理解している。

「殿下がいらしてたら、キスの一つでもしてるとこなんだけど」

「──なっなんてこと言うの…フェリオはちゃんと、そう好きな男性と、そういう事は」

俯いて顔を真っ赤にさせているリゼットを思わずフェリオは抱きしめる

「ああもう可愛い、ほんとうにリゼットは子猫みたいでほっとけないわ~~!」

「獣扱い!?」

もぎゅもぎゅともみしだかれるフェリオの胸からやっと顔を出したリゼットの視界の端に見た事のある人がこちらを正視していた。

「レオンさん…?どうしてここに」

距離があるので何を言ったまではわからないはずだが、レオンは足早に去って行った。

それと入れ替わるようにどこか陽気な声が響いてくる。

「リゼットー!リゼットーリゼットはいるかー?」

テンポ良い音にのせて呼んでいるのはホークだろう、裏口の扉を開けてひょいと顔を覗かせると、何か考える素振りを見せながら

「あー…お邪魔だったなあ…でもなあ…どうしても今がいいんだけどなあ」

ちらりと横目でホークが気付いてといった風に視線を泳がす

「あ」

やっと気付いた二人はぱっと離れる、そうだった…わたし達二人のじゃれあいは特に珍しい事でもないので気にも留めなかったが、フェリオの好みが男性だと知らなければ周囲にはどのように見られるか…

「だ、団長どういった用件ですか?」

慌ててリゼットが答える、ホークからなんとも微妙な視線を受けるがそれは流しておく。

「リゼットのカフォリペツォを紹介するぞ」

「──付き人、ですか…」

 カフォリペツォとは流れる星を意味している。マラビスバでは男性、女性に称号が与えられている。上からパラガ≪太陽≫ステヌラ≪月≫アニーサ≪惑星≫の三冠がありこれは実力に準じて与えられる、それに続き、この三冠を担う者として、ルノー≪星≫さらにルノーの席を狙うメノール≪星屑≫がある。メノールはパラガ・ク・メノール、ステヌラ・ク・メノール、アニーサ・ク・メノールと別れている。恐ろしい程の実力主義こそがマラビスバだ。

リゼットは三番目のアニーサを冠している。フェリオはステヌラだ

「ほら嫌な顔するな、本来ならもっと早くに付き人が付くはずがお前がごねるから先延ばしにしていたが…ほらアイリッシュが今回主役になっただろう、新しい風を吹き込むなら今だと思ってな」

壁に半身を預けて腕を組むとホークは挑むようにリゼットの反応を待っている。

わたしが本当の意味で女優になるためには必要な事かもしれない…付き人を持つ事で責任感もつく…。

「もちろんです、新しい風を育てられる自分を誇りに思います」

「よし。では行こうか」

「おめでとう、リゼット」

コクリと頷くと祝福してくれたフェリオに目配せしてホークの後を追う。

稽古場で待っていてたのは、歳の頃は12,3歳だろうか、後ろ姿はまだ幼さが残る。

「またせな、サニス」

ホークが声をかけると、サニスと呼ばれた少年がゆっくりと振り向く、その途端に感嘆の声が漏れる。

 漆黒を思わせる髪はなだらかに波うち、紺碧の瞳を彩るまつげは長い影を落としている、薄めの唇はアプリコットを思わせるように瑞々しい、陶磁器のように白い頬はほんのり色づいている。リゼットを見てさらに頬が染まる一瞬にして人を虜にする人間だ。

「こんにちは…初めましてはおかしいかしら?」

「はい、リゼットさん、ぼくは良くあなたを知っています…でもぼくの事をあなたが知らなくてもそれは当然のことです」

いつのまにこんなに愛らしい子が入団してきていたのかと不思議に思う一方でいかに自分の事しか考えていなかったのかと恥ずかしくなった。

「ごめんなさいね、わたしってば自分の事ばかりで…これからはちゃんと外にも目を向けていこうと決めたの、こんなわたしのカフォリペツォでもサニスはかまわないかしら?」

「───もちろんです!」

恥ずかしそうに視線をそらしたサニスの背をホークが軽く叩いた。

サニスは三年前の入団試験に受かっていたらしいがどうも一前に出るのが苦手らしく、小道具作りを任されていたらしい、今回選ばれたのは飛びぬけた容姿の事もあるがどうやらサニスは絶望的に不器用らしい…とうとう製作部からも追い出されてしまったという補足もあった。

 歳はなんと17だという、若く見えるのはとても優位だ。これからについてホークから説明を受ける間サニスはちらちらとリゼットを覗き見ていたが視線をあわすとさっと俯いてしまう。これは手がかかるかもしれないという気持ちと同じくらいどうやってもこの子を舞台に立たせてみたいという気持ちが湧いてくるので不思議な物だ。

 なんだかとても愛しく思えて、リゼットはサニスの柔らかな髪を撫でてみた。サニスは目を見開いて驚いていたが結局はリゼットのすきなようにさせてくれていた。帰城のときにもサニスは同じ馬車に乗り込み、リゼットの部屋の前まで荷物を運んでくれた。そこまではと言いかけて、そういえばリゼットもセレスティの付き人になったときはそうしていた時期もあったと思い起こす。

「ありがとう、サニス。また明日ね」

「はい、リゼットさんお疲れさまでした」

ぽっと色づいたサニスはそそくさと帰っていく

「可愛い……」

いまやっとセレスティやアイリッシュに肩が並んだような気がした。

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