第14話
「まぁ、お父様が?すぐにお入れしてちょうだい!」
「はい、クリスティーナ様」
薔薇色のドレスを着たクリスティーナは父の来訪を聞くと、すぐさま立ち上がると父が入室してくるのを待った
「おぉクリスティーナ!今日も一段と美しいぞ」
「お父様!」
軽くハグをすると、クリスティーナは椅子をすすめ、自分も椅子に座る
侍女はそれを見逃さず、すかさず紅茶や菓子をテーブルに並べていく
「さすがわが娘だ、よく侍女を躾けておるな」
「もちろんですわ、お父様。侍女は甘やかすとすぐ怠けますから」
「あぁその通りだとも。」
そういって床に視線を落として立っている侍女に視線を這わす、蛇の様な視線に黙って耐えるしかない侍女達がぞくりと身体を震わす
「それで、お父様、今日はいかがなされましたの?」
「いや、何…ユーリロンバルトとの仲はどうなっているかと心配でな」
「ふふっそれならご心配には及びませんわ、どうやらユーリロンバルト様はわたくしにとてもご興味がおありのご様子なの、でも正式に結婚するまでは──」
「そうかそうか。それならいい…何せお前とユーリロンバルトを婚約させるにあたって相当に手回ししたのでな、よからぬ邪魔がはいっていてはかなわんからな」
紅茶を一口飲むと、ソーサーに優雅に戻したクリスティーナがにんまりと笑う
「だって、お父様、ユーリロンバルト殿下は本当に素敵ですもの
わたくし一目見て好きになってしまいました───けれどもそれまでは急に見た事もない王太子と婚約させたからあんな田舎くさい所まで行けと言われた時は絶望いたしておりました」
「今はどうかな?」
「もちろん。感謝しておりますわ」
王弟にあたるクリスティーナの父はその裏にある物を隠しながらも見事我が娘を王太子の婚約者にまで成りあがらせたのだ
渋々、父の命令でユーリの住むという村まで行ったは良いが、身体の弱いと噂の皇太子などはなから興味などなかったクリスチィーナは直前まで馬車から出るのを渋っていた
だがふたを開けてみれば、質素な家の前においても燦然と輝くユーリがいたのだ、すかさず馬車を降りたクリスティーナは意気揚々とユーリの胸に飛び込んだ
『淑女たる者が騒ぎ転ぶなど恥ずかしい行為だとは思わないかい?それともこんな場所で皆の注目を浴びたいのかな?』そう耳打ちされてもクリスティーナの胸が鎮まる事は無かった。むしろクリスティーナはユーリが婚約者だということに舞い浮かれたその勢いでユーリに自分からキスしたのだ
一瞬でユーリの目が険しくなったのも気にならずクリスティーナは天使の様な顔を綻ばせた。ユーリはさっとクリスティーナの首を掴むと『はしたない女性は好きではない。わたしの婚約者でいるつもりなら今後一切わたしの許可なく触れるな』この言葉にクリスティーナは羞恥で真っ赤になったわけだが、毒を吐いたユーリは周囲にそれを気取られることなく爽やかに微笑んだ
これがさらにクリスティーナの気に行った所でもあるのは間違いない
「さて、わたしはそろそろ兄上のご機嫌でも伺ってくる事にしよう」
そういって立ち上がった父にクリスティーナが回想から意識を戻す
「いってらっしゃいませお父様、是非宜しくお伝えくださいませ」
「ああ、わかっている」
侍女が恭しくドアを開けると廊下に出る際にふと立ち止まりクリスティーナを振り返る
「先日のパーティでのあのドレス似合っておったぞ、さすがわたしの見立て通りであった!」
そのままに父が部屋を出て行ったあとも、呆然と広い室内で立ちすくむクリスティーナの身体はしだいに力を無くして椅子に倒れ込んだ
クリスティーナの天使の顔は次第に歪んでいく
それを見ていた侍女の冷ややかな侮蔑の眼差しにも気付く事がないクリスティーナは
思い切りテーブルの物を床にまき散らした
「ユーリロンバルト様が用意してくださったドレスではなかった…!」
怒りと恥辱でもってクリスティーナは立ち上がると部屋を飛び出しユーリの政務室へ駆けだした
廊下でクリスティーナを避ける侍女や使用人達が何事かと様子を伺っている、いつも優雅にしている姿しか知らないのだから驚くのも無理はない
「いまのってクリスティーナ様で間違いないわよね?いつにもまして怖いお顔をなさっておいでだわよ」
「しっ…!お耳に入ったら只ではすまされないわよ」
「あのご様子じゃ聞こえやしないわよ」
「…確かにね…でも、この先はユーリロンバルト殿下の…」
「私達はおいそれと近づけやしないけど、ご婚約者様となると違うのかしらねぇ」
「そういえば!しってた?」
「何を?」
「随分前にユーリロンバルト殿下のお部屋付きだった侍女よ!」
「あぁ~…確かよく出来るってユーリロンバルト殿下のお部屋をまかせられた」
「そう!あの子……へまをして暇を出されたらしいのよ!」
「ええ!───どんなへまをやらかしたかは知らないけど…ユーリロンバルト殿下も──」
噂好きの侍女達が囁き合うその先では、ずいぶん小さくなったクリスティーナがユーリの政務室の扉を叩いていた
いささか強く叩かれた扉を拳一つ分だけ開いて対応したレオンはそこにいるはずのない人物を見て驚く
「クリスティーナ様──どうかされましたか…?」
「今すぐにユーリロンバルト様にお目通しを。」
レオンはクリスティーナの様子を下から上まで観察する、薔薇色のドレスの過度の揺れは胸の上下に合わせているようだ、髪のほつれもらしくない。じんわりと額に汗ばんでいるのはここまで随分急いで来たようだ
「クリスティーナ様、只今 ユーリロンバルト殿下はご政務でお忙しく…時間を改めてこちらから使いを出しますのでお戻りください」
「お黙り!!たかだか召使の分際でわたくしを蔑にするなど許されませんわよ!」
「……ご叱責もごもっとも…しかしながらクリスティーナ様はこちらには立ち入ってはならぬとのユーリロンバルト殿下のご忠告をお忘れになったわけではないでしょう」
無表情でそう告げるも、それすらさらにクリスティーナの激情に油をさしてしまったのか顔を真っ赤にしたクリスティーナは
「ユーリロンバルト様!そこにいらっしゃるのでしょう?わたくしどうしてもお聞きしたい事がありますのよ」
「レオン、彼女の入室を許可する。」
「はっ…!」
ユーリの一言で開いた部屋はクリスティーナが初めて見るものだった、清潔にされた室内には一揃えにされた家具にガラス板が特徴のローテーブル、壁際によしかかるようにある高い書架にはびっしりと蔵書がたてられている。グレーのカーテンがかかる巨大な窓扉の前には重厚な机がクリスティーナが横たわってもまだ広いであろうその机の上には紙束の山や秤、天球儀、が乱雑してはいるものの計算して配置されたかのような美しさがある。その机に向かってペンを走らせているユーリは顔も上げずに政務をこなしている
柔らかな金の髪は邪魔になるのかなでつけられ美しい額があらわになっている
「それで何用かな?」
「……!」
ユーリに見惚れていたクリスティーナが自分が何をしにきたかと我に帰る
「ユーリロンバルト様……さきほどわたくしの父が…父と会いましたの」
「あぁ、伯父君か。」
ペラリと書いていた物を左に流すと、右手で紙山から一枚取り出す
「それで、あの色々と話をしましたの…」
「………」
「おかしな事を父が申しましたのよ、先日のパーティでユーリロンバルト様が選んでくださったドレスは父が贈った物だというのです、おかしいですわよね」
シャッ ユーリは書類にサインをする音が室内に響くと、クリスティーナはびくりと身体を固まらせた
「伯父君はおかしくなどないよ、君の着用した……いや正しくはあの時部屋にあった物でわたしが贈ったものは一つとしてない」
「え……?」
「話は以上かな?今後はわたしの言いつけを守りたまえ。」
「そんなっ…どうしてですの!?わたくしを辱めたいのですか!」
一歩一歩ユーリに近づくクリスティーナを止めるべくレオンが二人の間に割り込む
「どうぞお引き取りを───」
その瞬間、乾いた音がレオンの耳に響く、手を上げたクリスティーナは息を荒くしながら目を血ばらせている、頬にじんわりと痛みを感じるそこは叩かれた拍子に長い爪のおかげで一筋の傷がはいり血が滲んでいる
「おだまり!!この犬が!!わたくしに命令する気!!お前ごとき消すのは簡単なのよ」
「………」
「そこをおどき!」
レオンが困ったように口を噤んだのを、怯えた物だと勘違いしたクリスティーナはさらに手を振りかざす
「クリスティーナ」
「!!」
「きみはとんだ思いちがいをしているらしいね、レオンはわたしの忠実なる家臣であり騎士だ。もし彼を貶める気でいるなら──
わたしも誰かを消す事になる」
「ユーリロンバルト様……?」
ペラリ また一枚左に紙が流れる、ユーリの視線は一度も目の前の人間達には向かいない
「わたしは聡くない人間は、特に嫌いだ。君がそうでない事を 祈っているよ」
「部屋までお送りしろ、レオン」
「御意に」
バタリと閉められた扉を背にクリスティーナは何がいけなかったのか、何かがかみ合っていない気がして、何か大事な事を見落としているのではないかと考えていた
そういえば…ユーリロンバルト様はご病弱で静養のためにと田舎へ行かれてはいたけれどそれまでの彼を知らない…それに今ではご病弱など嘘の様にお元気で──そう嘘の様に…
初めてお会いしたときも凛々しい限りで
もし…ご静養だとしてもあの簡素な宅はあり得るのかしら…仮にも一国の王子それに従者もレオンだけ…そもそもご静養事態が嘘だったら…あんな辺鄙な場所で何をなさっていたの?そういえばあの時、わたくしが事前に来る事など知らないはずなのにユーリロンバルト様は白い礼服を────
「他に女が──」
「何かおっしゃりましたか?」
レオンが後ろを振り返り、クリスティーナの呟きに問いかける
「何でもないわ。あとはわたくし一人で結構よ お下がり」
足早にレオンを通り越すと急ぎ早に私室へ向かうクリスティーナをレオンが眼光鋭く見ていた事に気づくはずもない
「聡く……ですよ…クリスティーナ様」
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