第13話
稽古の合間の衣装合わせでは新作のドレスに溜息がこぼれた、素晴らしい布地に惜しみない刺繍に天使の羽根も一新されており、珍しい渡り鳥の羽根らしく純白で軽い
細い腰に合わせて立体カットされたドレスは華美でもなく質素でもない
セレスティには三種類のドレスが用意されている序盤の質素なものと中盤の華美な物終盤の幻想的な物だ、どれもセレスティにぴったりにあつらえている
アイリッシュのドレスは豊満な肉体を覆うように作られている様で本人はほんの少し不満そうにしている
仮縫いされていたドレスをサイズ調整してから本縫いに入る段取りを終えた主演組のメンツは稽古場へ戻ると団員達が何やらざわめいている
その中央ではホークが団員達をなだめている様だ
「ホーク団長どうされたのですか?」
セレスティが問いかけるとホークは困った様子で手にしていた物を掲げて見せた
「さっき王宮から台本が届いたんだよ」
「台本ですか?」
なぜそんなものが王宮からだと皆頭を傾げている
「これを公演してほしいそうなんだがな、問題が色々あって…まず第一に内容がひどすぎる第二に公演してほしいのが一週間後しかも誰が何を演じるかまで指定されてる」
「ええっ何ですかそれ!」
おもわず声をあげたのはアイリッシュだ
「団長、それは無理難題ではないですか、現にわたくし達は『星が降る黄昏に』を公演予定です、しかも月に三回ですその合間に新しい台詞達周りを覚えるのは……」
眉間にしわを刻んだセレスティは唸りながら台本を一睨みする
団長も黒髪をわしわしとかきながらも続ける
「俺も丁重に断ったさ、もちろんな。けどな依頼者があのお方だとなるとなかなか難しいものがある、ユーリロンバルト殿下のご婚約者直々のご依頼…いやご命令といったほうが正しいくらいだが」
「クリスティーナ様直々に…」
一様に嫌な顔をしてみせる。確かに美しい造形をもつのは先日のパーティでよくわかってはいたが、どこか冷たい印象を持つ彼女は威厳と高慢を持って人々に接していたのをよく理解していた。その人が無理を言えばさらに印象は悪化する
「それは…例えばもっと諭してくれるような方からやんわりと諦めさせるような事はできないのですか?」
そう、例えばユーリだ
リゼットがそう言うほどホークの表情が険しくなる
「それも視野に入れていたんだが、どうやらこの小芝居は父君の生誕の祝いにしたいらしい『当日まで内緒ですわよ』って釘をさされているわけだから…んんん~」
「為す術なし…というわけですわね…」
「喚いても嘆いてもどうにもならんというわけだ、皆ここは踏ん張りどころだと思って頑張ろうじゃないか!」
渋々ながらも頷き始めた団員にかまわずアイリッシュがホークに詰め寄る
「それで、肝心かなめの配役はどうなっていますの??」
「お、おぉ」
鼻息も荒く迫るアイリッシュにホークは気圧されたように慌てて台本を開く
内容はさておき
「今回の配役は…──主役にアイリッシュ 準主役 フェリオ 」
一気に団員達に歓声と驚きの声があがる、それはそうだ男女ともに第一位の座が入れ替わったのだ 当事者のアイリッシュは目を輝かせながら今にも小躍りでも始めそうな雰囲気だ、フェリオはというと困ったように周囲からの祝辞に頷いている
セレスティとベネディクトは少し寂しそうではあるが後輩の選出を喜び合っている
一方のアイリッシュとライバルであるはずのリゼットは心ここにあらずといった様子でいる
「ライバル役 リゼット 王 ホーク 王妃 セレスティ 王弟 ベネディクト」
この辺りまで来ると団員達も何の芝居をさせられるか予想が付いてきた
「団長、まさかですけどそれって クリスティーナ様の物語ってやつなんじゃないですか?」
「ご明察」
「はぁ、ラブロマンスってやつですね」
「どのみち内容も幼稚なんだろうよ」
「こんなもののためにわたし達時間を費やさないといけないの?」
どの団員達も口々に不満をもらしているが団長のホークは淡々と役を発表していく
サポート役達がそれぞれに台本を手渡して行く、もちろん役を貰えない者もいるわけなので愚痴をこぼすなどもってのほかだ。
「ほら。リゼット」
「あ…ありがとうアイリッシュ」
台本を半ば強引に手渡される、薄っぺらいそれをまじまじと見つめていると
「やっぱり次のNO1はわたしってわけね」
「──そうかもね…」
「あんた熱でもあるの?」
「そうかもね…」
怪訝そうに、いやむしろ気味が悪そうにしたアイリッシュは話し相手にもならないリゼットをその場に残し、さっそく相方になるフェリオに向かっていく
リゼットは少し躊躇したものの、台本を一ページ、また一ページとめくっていく
「なにこれ………」
内容は、いかにクリスティーナとユーリが出会い、別れ、そして再会し、幸せになるか…
もちろんそこには二人を引き裂くライバル役が
「ライバルというよりこれは…魔女ね」
魔女の設定は王子に恋をした醜い娘、王子を我が物にするためにクリスティーナをあの手この手で貶める。というものだ
只でさえ今の自分を演じるというのに必死なのにさらに天使役に魔女の様な役まで
「これは女優人生の中でも一番過酷だわ……」
ユーリの手を逃れるだけで精一杯、復讐なんて──それに加えて二つの真逆の役柄
このままじゃどれも中途半端で終わる、それだけは嫌…だってわたしは女優人生に人生をかけてきた
それならどちらを優先させるかなんてはわかりきってる
「難しい顔、してる」
「えっ?」
ふいに眉間に圧を感じればフェリオが人差し指で皺を伸ばしていた
「もう解散だって、ちょっと時間もらえるかな?」
「ええ、もちろん…」
すっかり男になっているフェリオに言われるままに付いて行く、小道具が所狭しと並べられた一角に付くと周りに人が居ないのを確認したフェリオがふうと溜息をはく
「それで、わたしが朝に言った事についてだけど……」
「うん、本当についさっきまではフェリオに頼もうと思っていたのよ──だけど今回の役…それに天使役…この二つとさらにユーリの事までとなるとわたし中途半端になってしまいそうなの」
「まぁ確かにね、悪魔的な役に天使役」
「ユーリの事は、放っておく、何があっても他人を演じる。そして最後は何事もなかったようにここを去る、それで復讐として置く事にしようかと──」
「あら、弱気!」
意外~!といった感じで口に手を添えたフェリオがしなを作る
「だって、わたしこれでも女優なのよ、もちろん復讐がしたくて女優になったけど、こうやって天秤にかけたとき大きく傾いたのは女優への執着だったの、これって
おかしいかしら」
「いいえ、むしろそうあってくれてわたしは嬉しいわ
でも、わたしなら。
好きになった、フリくらいはするかしらねぇ~」
「好きな、フリ??」
「ええ、どのみち他人のフリをする演技なら、好きなフリをする演技の方が最後に去る時に殿下へはダメージが大きそうじゃない?」
整った顔でにっこりとほほ笑むフェリオの瞳がきらきらと輝いている
「フェリオったら──思いのほかこの状況を楽しんでいるようね」
「違うわよ~正直、リゼットの話をきいたときに殿下に腹が立って仕方なかったの
だからってわけじゃないけど、どうせやるならより大きいダメージのほうを選ぶのもありかなと」
「それって、わたしが今の話をしなければ、もっと他の方法を考えていたって事でいいのかしら?」
「期待してもらっていて正解だったわよ。」
「外見が良い人ほど怖い事を考えるの上手なのよね」
「褒め言葉ありがとう」
「もし躓きそうになったら助けてくれる?」
「もちろん!」
パシッとタッチをかわした二人は小道具部屋から出ると、城へ向かう馬車に乗り込む
リゼットはこの出来の悪い芝居が終わったら、フェリオに主役のお祝いをしなければと考えていた
フェリオの趣味にあったものを今のうちから考えておかなければね
今の流行りはスカーフだが、ネクタイだってきっと似合うはず、銀糸の髪をお揃いの色で結んでシックなスーツにネクタイをしたフェリオなら新聞の一面すら飾れそう
色々と想像しているうちに気分は幾分回復していくような気がした
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