第10話 白

「お前最近あの子の話しねえな。」

「あの子って?」

「ほら、付き合ってる子いるって…。」

元同僚との飲み。行きつけの居酒屋で日本酒をちびちび飲んでいた時に急にそんな話になる。

「え…ああ…夕のことか。」

途中から誰の話か知ってたくせに、ああそいつのことか、とか。白々しすぎる。

「別れたんだよ。」

「え!あんなに仲良かったのに…喧嘩でもしたのか?」

「そう、喧嘩。」

「…。」

なんだよその目は。

「連絡先は。」

「取ってはある。」

「え、連絡しろよ。」

「やだよ。」

「なんで。」

「めんどくせえ。」

「はあ…?」

連絡が来れば2分以内に返してたやつが何言ってんのっていう目だ。

「お前はその目でいつも訴えてくるね。俺がどれだけ嫌な人間かということを…。」

「いや、別に嫌な奴なんて思ってないけどさ…。」

鈴目っていうんだと。こいつみたいなまあるい目は。

「ただ、リクにとって大事な人だったと思っててさ…。」

「もちろん。」

「…け、結婚も…さ?考えてたじゃん…?」

すごく言いづらそうに言う。

「婚約したら絶対結婚なんてわけじゃねえしな。」

「っ…。まあ、…そうだけど。」

更に言いづらそうに答える。

お前は良い奴だよ。人の痛みを自分の事のように受け止められるんだから。

「…ふぅ…。」

「リク…タバコ吸いすぎじゃないの?夕ちゃんと別れてからさ。」

「あいつだって吸ってるよ。」

「え!?夕ちゃんが!?」

「嘘ついてどうすんだよ。」

俺と同じメビウス吸ってるよ。今は銘柄変えたかもしれないけど。

「…おい、尚更連絡しろよ。と、言いつつ俺、夕ちゃんの連絡先知ってるんだよね。」

「は!いつの間に!」

「へへーん。俺、仕事できるやつだからさ。」

嘘つけ。夕のキャバクラに行っただけだろ。一瞬驚いた自分が馬鹿だったわ。

「電話しちゃおうかなあ。」

ふざけて夕のプロフィール画面を開く。付き合っていた時はアイコンがよく分からないポップなアーティストの画像だったのに、今は何を思ったのかタバコ満載の灰皿と一言欄にはライター無くしたと書いてある。

「おい、やめろって…。」

すると画面が着信に切り替わる。


ちゃらーん、ちゃらーん、ちゃらーん…。


こいつの独特な着信音が2人の沈黙の中に確かな存在を与えつつ空間に転がり出す。

「も!もしもし!夕ちゃん!!」

「あ〜もしもしぃ、コウジさん〜。」

懐かしい声が受話器から聞こえる。

コウジはこいつの名前だ。

「今日はぁ、お店に来てくれないの〜?」

仕事中の夕だ。キャバクラ仕様の。

「行く!!行くからさ!話がしたいんだよ!!」

「…ど、どうしたんすか。」

余りの勢いに思わず素になっている。

「いや!さ、あの〜なんだ、そのさ、プライベートというかさ、キャバクラの夕ちゃんじゃなくて、別のこと話したくて。」

いや、キャバクラの夕ちゃんにも会いたいけど…と、余計な一言を付け足す。やっぱこいつ行ってたんじゃねえか店に。

「え、ああ…いいっすけど…何時に来ます?」

「今から行くよ!!」

おい、俺との飲みは。

「わかりやした〜、じゃ、席作って待っとくんで。」

「ありがとう!まじで!」

流石の夕でも店にいるだけでこんなに感謝されることもないだろう。

そうっと切ると、電話出来て良かったあ…と天を仰ぐ。居酒屋の白熱灯がジリジリと頭を焼き付けそうに点っている。

「んじゃあ、行くわ!リクはどうせ来ないだろ?俺がちゃんと話してくるから!」

「…好きにしろよ。どうせどうともならないから。」

行くなと言ってもどうせこいつは行くだろうからもう止めないことにする。

思い知ればいい。夕の頑固さを。

「リク…また吸って…肺が黒くなるよ?」

「うるせえな。俺の心は純粋な白のままだよ。」

「うわ…何言ってんのこいつ。つい3年前まで女の子捨ててたくせに。」

そう吐き捨てて息を吐きながら居酒屋を出ていった。


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