第7話 綺麗事
「ちょっと。夕、話がある。」
俺の部屋にほぼ無理やり連れてきてソファに座らせる。
「…どしたの、イチャイチャしたくなったの。」
「そうじゃない。いいから、座れ。」
珍しく冷静に答える。本当は焦っている。
「そいで、なに。」
つっけんどんな態度の夕に手を重ねる。夕は思わず手を払う。
「やめよ。もう。あのね、もりさんは別の人と付き合って欲しい。話はそれだけ。」
行き場のない腕をかたかたしながら不器用にない足の筋肉を使って立とうとする。
「俺は子供が欲しいとは思ってな…」
「あのね。」
そういうのは聞き飽きた。
そう言われてるようだった。
「綺麗事はよして。結婚したら、欲しくなる。私はいらない。そりゃ、スーパーとかっ…デ、パート、とか。見てて、そりゃあね、可愛いとは思ってるよ…。」
「綺麗事言ったつもりはねえけど。」
嘘つけ。
っていう目をするな。
「中絶した。」
さっきまで怒ってたくせに涙を溢れさせて口の筋肉をほころばせる。
「あたしっ…。さいっ…てーな…ことっした…。」
水吸いの悪そうな夏ニットに涙を染みさせる。立つのが辛そうにその場に座る。
「はあ。もう…やめてよ…感情とか…もう起こしたくないんだって、みっともない…子供みたいに…。」
「泣けばいいじゃねえか。俺はあいにくデリカシーを重要視した言葉は選べないんだよ。」
その言葉にイライラしたように拳を太ももにとんとん…とする。
「私の、何がいけなかったの。あんな…可愛げなんて、ないよ。だからなの?だから、あの人は、あの女を選んだの。派手で、明るくて、可愛くて…。」
独り言をぶつぶつと呟く。まだ、あいつのことを忘れてなんかいない。
「そいつは…だらしなかっただけだろ。お前と付き合ってるのに他の女とやるからそういうことになるんだ。」
「あ、そう…。」
「お前は可愛くはねえけど、十分しっかりしてるし、いいとこは他にあるんじゃねえの。」
「なにそれ。全然嬉しくない。」
「綺麗事は嫌なんだろ?」
「…もりさんのそういうところが好きでもある。」
「綺麗事言えないところ?」
「…そう。ぜんっぜんモテなそうなところ。」
「ぜんっぜんは余分だろ。お前こそデリカシーないな。」
「お前って呼ばないで。」
「…。」
癖を指摘される。よっぽどお前と言われたくないらしい。
「…元彼もお前って言う。」
「じゃあやめる。」
速攻。
「もりさんのことは好き。でも子供はつくらない。」
強い眼差しで訴える。
「それで足りないなら他の人と付き合って。可愛くもないんだから。可愛い女と子供作りたきゃ今すぐ別れて。」
珍しくヒステリックなこいつも悪くない。そう思う余裕が自分にあることに驚いた。
「別れねえよ。たしかに、お前より可愛いやつはごまんといるし、子供だって作りたい男はいるだろうけど。」
けど、何よ。
そう言いたげだ。
「俺にはお前がいいかなあ。多分。」
「多分〜〜?」
ほんと、綺麗事のひとつでも言ったら。
そう、彼女は笑った。
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