第4話 約束

「リクさん…。」

まただ。多分これは夢だ。俺の頭を撫でてくれる夕がいる。

がしっと腕を掴む。

今度は逃がさないぞ。

夢では終わらせない。

そう思っているのに、綿菓子みたいな肌の夕の手が霞んでいく。

「夕。俺、お前と結婚がしたい。」

寝ぼけながらも必死に思いを伝える。


昼下がり。夕日が、俺と夕の顔に当たっている。

色っぽく影を作る。あのときの夢と同じ。

だけどひたすら夕は微笑むだけで、俺に答えてくれない。

答えを教えてはくれない。

夢から覚めて。

額に手を当てて夢のことを思い出す。俺はかつて元カノと結婚したいと思っていた。ただ、それは俺だけで、向こうは何とも思っていなかった。仕事をして、俺と付き合って、趣味も大事にして。俺を経験値として使い倒し、結婚相手は別で作って、早々にその男と結婚してしまった。

そんな後悔があるからこそ、夕の本性、というか、今度こそ大事な人を逃したくない、と勝手に思っている。将来を約束したわけでもない。普段から好きだと言ってやってるわけでもない。それなのに離れていくな。というのも贅沢な話で。


俺と夕が付き合ってから半年が経っていた。

夕が彼女なんて、なかなか実感かわかなくて、同僚にも親にも彼女のことは教えていなかったし、同僚にバレてからも名前は教えていなかった。

軽々しく夕ちゃんとか誰かに読んで欲しくなかったとかいう訳の分からない独占欲とか、そういったものが俺のプライドを高まらせていた。

抱くときも、どんなときも、夕は俺をもりさんと呼び、俺は名前すら呼ばなかった。

出会ってもう1年くらい経つし、いい加減お互いのことをわかっているはずだと思っていても、夕が何を思っているのかを推し量れない。

夕の心は?真意は?そう思うだけで疲れてしまって、もう考えないようにしている自分がいる。

今すぐ聞きたいと思ってしまったら電話せずにはいられなくやり、出ないだろうとわかっていながら呼出音を響かせる。

広い部屋に響き渡る。

「…もしもし?どうしたの?」

夕の優しい声はルーサーにも届く。

「なんだ、電話か?」

ルーサーに黙れ、という合図をした後にあっちいってろ、と手をブンブンする。

「夕。話がある。」

「ん?うん、どしたの。改まって。」

「こういうことは直接聞いておいた方がいいと思って。」

「うん。」

夕はとっくに俺の気持ちがわかっているはずだ。ずっと一緒にいたい。そういつも目や態度で訴えている。

「まだ若いし、大学生だもんでこれから就職したり、色んな世界を目の当たりにすると思う。」

「あー、そうすね。」

どうでも良さそうに流してくる。お互い話したいのはそこじゃないことをわかっている。

「俺、それでもお前を嫁にしたいと思ってるよ。お前は違うか?」

「…。」

「正直に答えてほしい。」

「私…。」

その後が続かない。

「私ね…。もりさんが思っとるほどいい子じゃないす。」

「は…?なに急に。俺がお前がいいと思って付き合ってるんだけど、それの何がいかんわけ?」

思わずヒートアップする。夕でもそれら言ったらいかんと思った。

「私の家が色々あるのは言ったと思うけど。それ以外にも言ってないことがある。結婚に関わることもそうかもしれないけど。」

「なんだよ、言ってくれよ。」

気になるし、夕のことを知っておきたい。夕は全部知られたくないと思っているのだろうか。

「言いたくないす。ごめん。思い出したくないんすよ。はっきり言うと、結婚は一生しないつもり。」


一生。


「どんなにいい人でもか。」


「うん。」


空気が張り詰めている。

俺は夕のことを何もわかっていなかったのか。

デート中に会う子供を可愛がったり、仲睦まじい家族をいいね、って羨ましがったり。

そういったことで夕は早いうちに結婚するのだろうと勝手に思っていた。

約束なんて何も無かった俺達が、言葉をちゃんと伝えようともせずに、わかってくれ、察してくれ。なんて。違ったのかもしれない。


「頼む。なんで結婚したくないか話してくれ。」


ごめん。


彼女はそういって、電話は切れた。



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