第3話 19歳の

「誕生日、おめでとう。」

うーん…普通だな。

「誕生日、おめでとう。これからもよろしくな。」

いいけど、俺らしくない。

「誕生日…。」

「なんだ息子よ。うるさいぞさっきから。

「す、すまん。」

隣の部屋からルーサーが怒ってくる。

彼女の誕生日が迫っている。

俺と1週間違いの誕生日のため、早めに用意しないと。プレゼントを渡す際の言葉を考えてシュミレーションするが本当に語彙力が乏しくて泣けてくる。

前の職業をしていたときは全然違和感なく女の誕生日を祝えたし、甘い言葉をそれなりに言っていたはずなのに、彼女を目の前にするとこうもぎこちなくなるものだろうか。

たまには…名前を呼んでみるのもありだろうか。

「…。」

だめだ。勇気が出ない。

いつも向こうはもりさん、もりさんと呼んでくるが、向こうも俺の名前を呼んだことはない。そもそも教えていない。意外と甘えんぼで、いつもちょっと離れるだけで寂しそうにして、くっついてくる。小さい手で一生懸命に、俺の広い背中に大事なんだよ、と伝えるようにしがみついてくる。

獲物を獲るタコみたいにびょーんと伸ばしてくるものだから可愛くて愛でてしまう。

俺は可愛いとも言わずに、ひたすら

なんだよ、とあしらってしまう。

そんな自分が好きじゃなくて、素直に愛でてやりたいと思っているのにできない。誕生日くらいは優しくしてやりたい。


誕生日を迎えた。午前の12時ちょっきしにメッセージを送る。

"誕生日おめでと。"

すぐに返信が来る。いつもはもう寝てる時間のはずだ。

"ありがとう!もりさんといるといつも楽しくて飽きんや。"

眠い目をこすって返信くれているのだろうか。

"俺の彼女でいてくれてありがとう。俺の方こそ幸せなんだ。"

"なあに?それ笑"

笑われた。

文字だと顔が見えないから好きじゃなくてメッセージなんてほとんどしなかったのに、彼女だとこうも楽しくて続いてしまう。

くすっと笑いそうになるとルーサーの寝息が聞こえてきて、我慢をする。

そう言えば、ルーサーの明日の出勤時間を聞いていなかったことを思い出す。

首の筋肉をそこそこに使って頭を半分起こし、聞こえそうな音量で息とともに音をのせる。静かな部屋の壁に音がぶち当たって伝わる。

「ルーサー、明日何時だ。」

ルーサーは、重たい頭をずりん、とこちらに向け、なんか言ったか?と尋ねる。

「明日、何時に送っていけばいいんだ。」

「あ、そのことだけど。」

「おう。」

「お前転職して、昼に仕事になっただろ?だから、これから電車で行くよ。もう少しで車も買うし。」

「そうか。」

そうしてくれると大変助かる。

仕事の為に朝早く出ることに慣れてなくて朝日が目を突き刺すなか出勤して、帰ってきたらルーサーが元気に仕事行ってくるぜ!と犬みたいな目を向けてくるし、中々メンタル的に辛いものがあった。

「通知が鳴ってるぞ?」

ルーサーに寝ぼけたままふにゃふにゃ言われる。

そういうば彼女に返信をしていなかった。

"ともかくだ。いい1年を過ごせよ。もちろん俺とな。"

"わかったよ笑"

"お前が19になったから、毎日そばにおって欲しいくらいだわ"

それに対する返事はなかった。

彼女への唯一の疑問というか、不安なところは、将来が見えないところ。

それは一般的には彼女が彼氏に言う言葉であって、俺みたいな男が彼女に女々しく言うものでは無いことはわかっていたが、濁ってきた曇り空もその事を暗示しているようだった。



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