第14話

須藤杏が外国に行って行方を絶ったことも考えられるので、外務省に問い合わせると、親族からの正式な依頼がないと答えられないということだった。

私は須藤の母親に電話をして外務省に連絡を取ってもらうように話した。

「出国の記録があれば正解だということだな」

「そうなればどこの国に降りたかが分かるし、そうなれば現地の大使館から警察に照会してもらって事件に巻き込まれているかどうかも分かるかも知れないな」

「どれくらいかかるのだろうか」

「出国記録さえあればだけど、ヨーロッパやアメリカなら捜査体制がしっかりしてそうだから早いかも知れないけど、アジアの小国とかだったらどうかな」

「今はやりの韓流ファンで韓国に行ったんじゃないか」

「それもありうるな。韓国のドラマのロケ地に行く中年女性が増えているらしいし」「いつだったか、50歳くらいの女性が行方不明になったりもしたしな」

その日、私と山内は軽く食事をして別れた。

私は寝床に入ってもなかなか寝付けなかった。

私のあの日の思いだけで、山内や引地に迷惑をかけているのではないかということと、もし須藤杏に万一のことがあれば、私は自分が言い出したことなので仕方ないが、山内や引地に心の傷を与えることになる。

私が彼らを探さなければ知らずに済んだことなのだ。

心が鬩ぎ合っていた。

それから6日後、須藤杏の母親から電話があった。

「杏の出国記録はなかったようです」

須藤杏は外国には行っていなかった。

「杏さんの部屋の私物を調べたいのですが、よろしいですか」

「お願いします。警察はまったく動いてくれそうもないので」

私は山内に連絡して管理会社で直接待ち合わせをした。

管理会社から合鍵を貸してもらいアパートに行った。

須藤杏は勤めていた不動産会社の人の話によると以前から携帯電話を使用し、ここ数年はスマホも持っていたということだったから、手紙で人とやり取りをすることはほとんど無いだろうと予測したが、山内はこう言った。

「須藤は現役で働いていたからスマホなども操作できたのだろうが、我々の年齢ならまったくダメな人もけっこういる。だから手紙を受け取ることもあるんじゃないか。それに年賀状は今でも葉書で送る人は多いだろう」

部屋のなかを捜していると、菓子箱のなかに大量の葉書や手紙があった。

それをひとつひとつ見ていくと、職業上の知り合いの人のものではなかった。

多分職業上のそういう私信類は処分して、個人的なものだけを大事にとってあるという感じだった。

私は須藤杏の母親に電話をしてそれを持ちかえってもよいかどうかを確認し、承諾を得た。

「とりあえず、うちに来てこれをひとつづつ確認しないか」と山内に提案した。

「だったら引地にも来てもらったらどうだろうか」

「いや、彼女は主婦だし、旦那さんの手前もあるのでそれは避けたほうが良いんじゃないかな。これは引地にも関係ありそうだなというものが見つかったら連絡してみようじゃないか」

家に帰り、リビングのテーブル全体に手紙やはがきを並べ、同じ名前のものを揃える作業をした。

一番数が多かったのは宮島聡子という名前の女性だった。

ほとんど葉書であったが、半年前までのも含めて20通はあった。

内容は時節の挨拶から旅行に行ったこと、家族の話などが主なものだったが、かなり古くから親しくしていたような形跡があった。

引地に連絡をしたが、その名前に記憶はないということだったので、社会に出てからの知り合いだったことが伺えた。

そのほかにも20通近いやりとりをしている人物が上がったが、皆女性だった。

「まずひとりづつ当たってみることだな」

山内は葉書の1枚を手に取って私に聞いてきた。

「住所だけのものもあれば電話番号を書いてあるのもあるな」

「じゃあ、まず電話番号が書いてあるものから連絡してみるか」

私は、まず東京都練馬区に住んでいる女性に電話をしてみた。

その人は、須藤杏が最初に勤めていた会社の同僚だった。

手紙のやりとりは須藤が会社を辞めてから始めたもので、1年に数回は時候の挨拶に近況を添えて出しているもので、実際に会ったことはなく、電話で話したこともなかったという。

現在行方不明だと告げるとたいそう驚いた様子だったが、須藤の最近の様子を知ることはなかった。次に電話をしたのは、不動産会社に入る前に勤めていた会社の人で、この人は2年前に食事をしたということだった。

今は静岡県に住んでいて、夫との二人暮らしだということだった。

須藤杏に会ったときのことを聞くと、不動産会社が自分の最後の仕事にしたいと須藤から聞いたことと、自分は結婚しなかったのにはある事情があり、そのことは具体的には話さなかったということまでは分かった。


須藤杏の部屋から持ってきた手紙や葉書を整理していると、複数枚同じ名前の人から届いたものがあった。

そのなかからまず電話番号の書いてある人物に電話をしてみようということになり、まず宮崎聡子という女性に電話をすると、須藤杏は不動産屋を最後の仕事にしようとしていたこと。

そして、自分が結婚をしなかったことにはある理由があるということが分かった。電話だけでは詳しい話を聞けないからと、実際にお会いしたいと申し込んだら、ぜひお会いしたいということになり、宮崎聡子が住んでいる多摩まで足を運ぶことになった。私鉄を使って都心から1時間くらいかかってその町に着いた。

宮崎聡子は駅前から広がる団地に独り住まいだということで、直接部屋に訪ねることになった。

「それにしても団地ばっかりで喫茶店みたいなものも無いし、家に来てくださいと言われて助かったな」

山内は50分も電車に揺られていたので少し疲れたような表情をしていた。

「昭和に大規模開発された団地はどこも似たようなものさ。高齢化して消滅都市まっしぐらだな」

最近テレビで消滅可能性都市の話題が多い。

東京のなかでもここのニュータウンは典型的な高齢化の町だった。

駅前にはコンビニエンスストアが1軒あるだけで、他の商店はまったく無かった。6階建てのコンクリートの箱が丘全体にそそり立っているのだ。

「こんなに建物があるのだから相当な人が住んでいるんじゃないのか。それなのに商店が無いなんて、商売として成り立たないのだろうか」

「高齢者は買い物が少ないから客単価が低いんだよ。育ち盛りの子供がいるような家族が多くないと個人経営の商店、特に日常生活品を扱うような店はやっていけないということだろうよ」

「俺が小学校のころは八百屋、豆腐屋、総菜屋とかいっぱいあったけどな」

「もう時代が違うんだよ」

「そしたらここにいる人たちはどこで買い物するんだ」

「生協頼みだということらしいよ」

「そうかその手もあるな」

「うちでも毎週配達されてくるけど、新聞のような何枚もあるカタログに食料品から日用品まで何でも届けてくれるんだ」

「そうか、俺は知らなかった」

山内は驚いたような顔をした。

クルマを持っていない高齢者が増えているいるので、頼りは生協だけということになるとまるで離れ小島のような生活実態が首都圏でも始まっているということは2~3年前から話題になっていたのである。

宮崎聡子の住む棟は3-Aという5階建ての建物だった。

団地の入り口にある案内板で場所を確認して棟の下までたどり着いた。

そこで宮崎に電話をした。着いたら連絡して欲しいと言われていたからだ。

階数は3階だったので階段を上がる。

「ここにはエレベーターが無いのか」

「古い団地にはそんなものは無いよ」

「じゃあ高齢者は大変だよな」

「まあ、俺たちも高齢者だけどな」

「俺はまだ足腰は平気だぞ」

山内は確かにしっかりした足取りで階段を上っていく。

私は2階までは何でもなかったが、3階まで来ると少し呼吸が乱れた。

宮崎聡子の部屋のチャイムを押すと、ドアが開き宮崎聡子が現れた。

年齢は50歳台だと思われ、想像したよりも若かった。

髪の毛も染めているのか分からなかったが、しっかりとした黒髪で、それを後ろに結んでいた。

「遠くまでご苦労さまです」

「いやいやお時間をいただきましてありがとうございます」

挨拶を済ませると部屋の中に入った。

部屋の作りは2DKだった。

手前にキッチンとダイニングがあり、奥に和室が並んで2つある。

私たちは彼女に促されて和室の座布団に座った。

宮崎聡子は純和風の生活をしているようだった。

「須藤さんが行方不明って驚きです」

「私たちもこんなことになるとは想像もしていなかったのです。彼女を捜しているうちに行方不明であるということが分かりまして、須藤さんのお母様にも頼まれまして私たちが何とか彼女を見つけることが出来ればと思っている次第でして」

「警察は動いてくれないのですか」

「自発的なものか、何らかの事件に巻き込まれたかは分からないので、動きようがないということでして」

「未成年だったら警察も動くのでしょうがね」

山内が宮崎聡子を見ながら言った。

「何か嫌なことに巻き込まれたのでしょうか」

宮崎聡子は不安な目をしていた。

「もしかすると、長い旅に出ているだけという可能性もゼロではありませんけれど、お体が不自由な母親に何の連絡もないというのが不審でして」

「そうですね」

「ところでさっそくお話しをうかがいますが、須藤さんが結婚しなかったという理由についてのお話を伺いますか」

宮崎聡子は座りなおして背筋を立てた。

「20歳台後半に結婚しようという人がいたそうなのです。その人から相当ひどい仕打ちを受けて、それ以来男の人に対する不信感が根強くなったと言っていました。」

「それだけですか」

「そうです」

「でもたった1度だけ裏切られたからと言って、一生独身でいようということには何か飛躍しているような気がしますが」

宮崎聡子は私の顔を不思議そうに眺めていた。








#15に続く。











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