バレンタイン・シンドローム

暁 みなと

第1話 入学式

『大きくなったらね、あゆ君と結婚するの!』

『僕も! ちーちゃんと結婚するよ!』

『――約束だよっ!』

 そう言って優しく微笑んだ幼馴染の笑顔は、眩し過ぎる程に輝いて見えた。




 ……今朝、懐かしい夢を見た。

 ずっと昔に交わした、幼馴染との無邪気な約束。今更あんなものを見るとは思わなかった。正直、とても気恥ずかしい。

 まあしかし、ああいう小さい頃の約束なんてあってないようなものだ。向こうだってもう忘れてるか、覚えていたとしても黒歴史認定されていることだろう。

 だから、こんなくだらない約束なんてさっさと忘れてしまって、華の高校生らしく素敵な彼女でもつくってしまうのが正解な筈だ。……それが出来れば苦労しないが。

 学校の校門に着くと、『入学式』と書かれた看板が新入生を迎えるべく立て掛けられていた。

 恋ヶ崎こいがさき市立恋ヶ崎高等学校、今日から僕が通うことになる学校の名だ。

 駐輪場に自転車を置き、指定された教室に向かい、担任となるであろう男教師の指示に従って体育館へ向かう。校長先生の子守り唄のような祝辞が終わり、程なくして入学式は幕を閉じた。教室に戻ると、ガヤガヤと賑わい始める生徒達にそこまでだと印籠いんろうを見せつけるかのように男教師が話し出した。

「えー、改めて入学おめでとう! 今日から君達の担任となった岡田だ。よろしく!」

 褐色の肌に切り揃えられた短髪、誰が見ても一目で体育教師とわかるだろう岡田先生は、自分が陸上部の顧問をしていること、運動部でも文化部でも部活は入った方が良いということを力説し終えた後に、生徒達に自己紹介を促した。

「じゃあ、出席番号一番のやつから頼む」

 そして、教室の右端から順に自己紹介が始まった。ほとんどの者が、名前、出身中学、趣味・特技、最後に一言、といった具合で進めている。

 頭の中で構成を練っていると、前の席の男子生徒が挨拶を済ませ着席した。いよいよ僕の番がやってきた。緊張の一瞬だ。立ち上がり、一呼吸して。

亀梨かめなしあゆむです。松井中学出身です。趣味はスポーツで、国語が得意です。よろしくお願いします」

 言い終え、パチパチと拍手を受けながら着席する。良かった、噛まずに言えた。

 ホッと安堵の息を漏らしたのも束の間、

佐藤さとう千鶴ちづるです」

 その声に僕は即座に振り向いた。僕の列の一番後ろの席に、彼女はいた。

「松井中学出身です。趣味は読書です。特技と言う程ではありませんが、料理と裁縫は一応出来ます。どうぞよろしくお願いします」

 お手本のようなお辞儀。

 直後、一際ひときわ大きい拍手――主に男子によるもの――を送られて、彼女は席に着いた。すぐ近くから、「なぁ、あの娘めっちゃ可愛くね!?」「あぁ! 同じクラスになれてラッキーだぜ!」……などといった会話も聞こえてくる。

 どうやら、佐藤は中学から引き続き高校でもクラスのマドンナ的ポジションを獲得したようだ。

 佐藤千鶴。才色兼備の四字熟語を体現したかのような少女だ。

 腰まで伸びた黒髪はつややかに輝き、枝毛一本見当たらない。整った眉毛に長いまつ毛、赤みがかった瞳はルビーの如く美しい。形の良い鼻に桜色の唇。そしてスラリとした手足に、豊満な胸部。非の打ち所がない完璧な容姿である。しかもそれに加えて、勉学においては中学三年間学年一位と、頭脳明晰っぷりを遺憾なく発揮していた。

「こらお前ら、少しうるさいぞ」

 盛り上がる男子生徒達を、岡田先生がたしなめる。

 流石と言うべきだろうか。既にクラスの大半の男子達は佐藤に目が釘付けだ。

 その後も自己紹介は進んでゆき、全員終了したことを確認した岡田先生は、最後に軽い諸連絡を行い、今日はお開きとなった。

 午前中に家に帰れることにわずかながらの幸福感を覚えながら、大して中身の入っていない鞄を持つ。教室を出る間際チラッと見えた廊下側の最後尾の一角には、男女比七:三くらいの軍勢が佐藤を囲んでいるのが見えた。

 入学初日からモテモテなこった。美人も大変だな。

 その時、不意に佐藤と目が合った。

 赤い瞳が真っ直ぐ僕に向けられている。

 突如として気まずさに襲われた僕は、目を逸らして教室を後にする。

 

 それから家に帰るまで、佐藤の揺れる赤い瞳が頭から離れてくれなかった。

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