御開
もはや噂すらも聞かず
かの有名な
ただ、義経の生存説は、当時源氏に仕えていた者達が源氏の力を誇示し続けるためについた方便だと考えられていて、誰も信じていなかった。
では何故、義経の生存説がわずかにでも残っているのか。
もしかするとあの男の存在もあったのかもしれないと思うのはきっと、彼を知る者ならば少なくなかっただろう。
◀ ◀ ◀ ◀ ◀
「面会時間は十分だ。時間厳守で頼むぞ」
江戸の巣鴨監獄所。
後に日本最大の刑務所となるこの場所に、佐天は投獄されていた。
例の近江屋事件にて彼の姿が目撃されていたことから、坂本龍馬暗殺の犯人の一人として拘束、監禁されている。
壊刀団としての功績と妖刀連合での悪事とを双方加味し、懲役十五年が言い渡された。
一般人の面会も、家族も含めて禁止されている。ただし普通ではない者ならば、話は別だ。
「あなたが面会に来られるとは、思っていませんでした」
「こんな形で、会いたくはなかったがな」
佐天龍之介の師にして、好敵手驚天童子――基、鞍馬九頭一の父、鞍馬天翔。
ここだけの話、壊刀団へ入団した彼の教え子は多く、壊刀団専属の剣士育成指導を務めてくれないかと、勧誘されたこともあった。
家族にも秘密にしていることだったし、佐天もこのときに初めて知ったことだった。
「とりあえず久し振り、と言っておくか。調子はどうだ。妖刀の悪夢は見るか」
「まだ、時折。ですが、あのときほどの苦しさはもう、この胸の中にはありません」
「そうか。で? 俺にまず、言わなきゃならないことがあるんじゃあないか」
しばらくの沈黙のあと、佐天が急に立ち上がって警官も構える。
だが佐天は一歩下がると両膝をつき、深々と頭を下げた。
「申し訳ございませんでした! あなたの教えを悪事に利用し、剰え、あなたの息子を手に掛けようとしたこと、深く謝罪申し上げます!」
ずっと胸の中に燻っていた。
十五年もの間、ずっと抱えるものだと思っていた。
ずっと謝りたかった。驚天には許して貰えたが、それでも彼の父であり、剣の師である人にずっと謝りたかった。
もしかしたらこの人を遺族にするかもしれなくて、恩を仇で返すことになるかもしれなかったから、ずっと謝りたかった。謝りたくて、ずっと苦しかった。
だから頭を下げたとき、佐天の目からは涙が溢れて止まらなかった。
「大馬鹿野郎だ、おまえは……韋駄の事件を見てたおまえが、なんで止まれなかった。あいつの気持ちがわかったはずだ。おまえの協調性は、あいつのために使って欲しかった。韋駄の心に同調して欲しくなんてなかったよ……佐天――娑婆に出たら、二度と義経流を名乗るな」
事実上の、破門宣告。
ずっと覚悟はしていたが、心構えをしていてもやはり辛かった。
それこそ家族から見限られたかのような、兄に殺されかけたあのときの驚天のような、孤独にされたのと同じくらいの寂しさに打ちひしがれて、佐天はさらに涙した。
だが、鞍馬は去り際に語る。
「そういや、伝言を頼まれてたんだ。佐天、おまえんとこの奴が言ってたぞ。『例え十五年だろうとも、私達はあなたを待ち続けています』だとさ。いい女を、嫁に貰ったな」
十五年。
そんな長い歳月をずっと、待ち続けてくれるのか。許してくれると言うのか。
いや、許してはいないのだろう。だから必ず戻る。戻って、ちゃんと面と向かって謝ろう。
例え家族の縁を切られることになったとしても、必ず――
十分の面会を三分足らずで終わらせた鞍馬は、面会室からそそくさと立ち去っていく。残りの七分弱、嚙み殺すように泣く佐天の男泣きが、静寂と化した面会室で響いた。
◀ ◀ ◀ ◀ ◀
その頃、京の都の鞍馬山にはとある噂があった。
刀を持って山に入ると、天狗に刀を奪われる、と。
実際、度胸試しで山に入った若者が三人、翌日山道の入り口で重傷で倒れており、腰には差していた刀がなかったというから、都の人々は刀を持っての入山を禁じていた。
が、それでも帯刀し、入山する者を鞍馬の天狗は待ち構えていた。
さも、五条大橋に陣取って刀を狩る弁慶の如く。
「ぅぅぅぅぅぅぅ……」
対峙した者はまず驚く。
天狗と聞けば、赤い顔に長い鼻で、葉団扇を持った妖を思い浮かべるものの、対峙するのは天狗とはかけ離れた獣だからだ。
猟奇的、かつ狂気的な眼光にて睨まれると戦慄し、脚が竦んで動けない。
直後、人間のそれとも獣のそれとも思えない俊敏性で一瞬で間合いを詰められ、剣士の意識は刈り取られ、腰からは刀が消える。
山道の入り口に剣士を置いてきた天狗は、颯爽と木々を飛び移り山奥へ。誰も使っていないような山小屋に着くと、周囲を警戒しつつ中に入った。
奪い取った刀を鞘から引き抜き、囲炉裏に炊いた火の側で見つめる。そして思い切り振りかぶったかと思えば、上半身を捻って隣の襖に投げつけ、突き刺した。
短い悲鳴が襖の奥から聞こえて、天狗は刀を抜いてすぐ、正体を確認するため襖を開ける。
「なぁにをしてるんだ? おまえらあぁぁっ!!!」
「「「すみません、驚天さん(先輩)!!!」」」
潜んでいた蔵臼、冷水、十六夜と四人で囲炉裏を囲む。
囲炉裏には、驚天が仕留めてきた獣と山菜が入った鍋が、食欲をまったく刺激しない茶色の出汁で煮えていた。
「で、何してるんですか驚天さん。壊刀団がなくなってから、突然いなくなって。俺達ずっと探してたんですよ」
蔵臼の問いに答える驚天は、一人茶色の鍋をかき込み、塊の肉に喰らいつく。腹が減っていたのか物凄い勢いで食い続けた驚天は、どでかい
「何って、決まってるだろう?! 妖刀の、回収だあぁぁっ!!!」
元日の作戦で妖刀連合を壊滅させたことで、確認されている妖刀のほとんどが回収、もしくは破壊された。
ただしそれでもまだ、この国には妖刀の存在が残っている。驚天は、それをすべて回収するつもりでいるらしい。
「妖刀の多くは都で生まれるらしいからなあぁ! ここで張ってれば、向こうからやって来ると思って山籠もりをしてるってわけだあぁぁぁっっ!!!」
「でも、もうすぐ廃刀の時代が来ます。そうなれば、もう妖刀なんて――」
「知るかあぁぁぁっっっ!!! 廃刀の時代?! 壊刀団の解散?! この先妖刀は生まれない?! だから、どうした! それが今、俺を止める理由になるのかあぁっ?!」
「それは……」
誰にも、断言などできない。出来るはずもない。
今までずっと戦い続けてきて、妖刀の巣窟を見つけたから解散と言われて、それで終わりだなんて言えるのかと問われると、言えない。
妖刀の本元を叩いただけで、妖刀はまだ、日本各地にいるのだから。
「俺はなぁ、忘れられねぇんだよぉ! 兄貴が俺を殺すため、振り上げた剣の怖さを! 難聴の俺にさえ聞こえた恨みの籠った怒号を! そいつらが俺の親友の人生滅茶苦茶にしやがった事実を! 忘れられねぇんだよおぉぉっ!!!」
心の奥底からの驚天童子――いや、鞍馬九頭一の咆哮に聞こえた。
実際に経験しているからこそ、見過ごせない。放っておけないのだ。それをやめさせるための理由もこじ付けも聞く耳を持たず、一心不乱に戦い続ける。それが驚天の選んだ道だった。
「龍之介が出てくる十五年後、あいつがもう妖刀に怯えねぇようにしてやるのが、娑婆にいる俺の仕事なんだよお! あいつの家族が、妖刀で悲しい思いをしないようにするのが、俺の役目だ! あいつが出てきたとき、蘭丸が妖刀のこともすっかり忘れてるような世間にしてやるのさ! そうすりゃあ、あいつは思いっきり抱けるだろ?! 自慢の息子をよおぉぉっ!!!」
「驚天先輩……」
と、十六夜は驚天の隣におもむろに座る。膝の上にあった手を取ると、自分の喉を触らせて声の有無を確かめさせながら、どもりつつも言い切った。
「お、お、お供、します。私、も……その道行き、に」
しばらくの沈黙。破ったのは、驚天の真正面で話を聞いていた蔵臼だった。
「十六夜に先、越されちゃったなぁ! でもそうですよね、迷う必要なんてなかった。俺もやります、驚天さん! 十五年後、佐天さんに見せてやりましょうよ! 妖刀の存在どころか噂すらない日本を! なぁ、冷水!」
「……えぇ、もちろん。先輩方を働かせておいて、自分だけのんびりなんて、できませんし。驚天先輩は放っておくと何するか、わからないですし」
展開に一番ついていけてない様子の驚天だったが、三人のやる気に満ちた表情を見て感覚的に理解したようで、大きく口角を上げて笑った。
「よくわからんが、付いて来るのか?! なら、しっかりついて来いおまえら! 壊刀団がなくなって湧いて出た妖刀に、ぎゃふんと言わせてやろうぜぇぇぇっっ!!!」
「ま、驚天さんの場合」
「はい、ぎゃふんと言わせたところで」
「聞こえ、ない、と、思い、ます、けれど……」
「そうと決まれば早速行くぞ! おまえら俺について来ぉぉぉいっ!!!」
◀ ◀ ◀ ◀ ◀
人の噂も七十五日。
鞍馬山の天狗の噂は、七五日とかかることなく忘れ去られたのかもしれない。何せその後の鞍馬山での出来事は、一切記録されていないし、噂にもなっていないのだから。
同時、日本の闇の世界から、妖刀の存在は消えて行った。
廃刀制度のお陰なのか、それとも鞍馬山の天狗がすべて掻っ攫ってしまったのか、はたまた元より妖刀など存在しなかったのか、ともかくこれより十五年後、妖刀の存在はもはや噂すら聞かれなくなっていた。
では、妖刀を撲滅しようと奮起した四人はどうなったのか。それもまた、噂すら聞かない。
余談だが、義経生存説には鞍馬の天狗の力を貰い受けた義経が、不死身となって今も尚生き続けているなどという、怪奇に満ちたものもある。
その話を仮に信じるのならば、天狗は妖刀の存在を未だ隠し続けているのかもしれないし、会ったところで話してくれないだろう。
きっと物凄い難聴で、聞く耳など持ってくれないだろうから。
――聞否者――聞く耳を持た否とも、友のために駆け抜けた者の
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