雉も鳴かずば撃たれまい

 鳴無医院襲撃事件にて、母はまるで英雄扱いだった。

 患者達を守ろうと自らの体を盾にした偉大なる人。母の勇敢なる行動は、世間に美談として知れ渡った。

 けれど、父に次いで母をも失った兄妹からしてみれば、母の死に様など何でもよくて――いや、何でも悪くて、結局、母が死んだ、殺されたという事実は変わらないのだから。積もる寂寥の空しさも、変わることはなかった。

 だから母の通夜が終わった夜、残された鳴無が兄を求めたことも、兄がそれに応じてくれたことも、受け止めきれぬ寂寥を誤魔化そうとしてのことだった。

「……僕は、鳴無の家の男だ。そうでなくとも、年齢で言えば、僕は君より先に死んでしまう。そのとき、僕ではない誰かに頼らないといけなくなる。僕がそのとき、何か残せていればよかったのだけれど……ごめんよ。いつまでも、僕は情けない兄だな」

 そのとき兄に呟いた一言から、鳴無静閑は言葉を、声を失った。

 兄の名を最後に、声を出すことを喉にやめさせた。そうさせてでも、絶対に言ってはいけないことがあるのに、気付いたからだった。


  ◀  ◀  ◀  ◀  ◀


 大量の血が滴り落ちる。

 琴音を斬るためだけに作られた蓮羽の分身は、突き立てた刃の感触に恍惚に浸っていたが、次の瞬間、自らも血を吐き出した。

 胸に突き刺さった刃に滴る血を見つめたのを最後に、白目を剥いて力尽きる。

 同時、自分の手を貫かせて刀を受け止め、脇の下に味方の刀を通して貫かせた君嶋は、胸に抱き寄せた琴音に笑みを向けて、そのまま両膝をついた。

「怪我ぁないなぁ? よかった――っ?!」

 妖刀に貫かれた君嶋の右腕が蠢く。

 中に何か別の生物がいるかの如く、あり得ない方向に捻じ曲がりながら肥大化していく。

「なぁに勝手に助かった気になってるのでしょうねぇ。身勝手にもほどがありますよねぇ。そんな勝手なあなたはこちらの勝手で妖怪に変わって頂きましょうか? 自分の手で自分の護った子を殺す。その身勝手過ぎる自己満足を終わらせましょうねぇ」

「き、きみしま、しゃん……」

 その場でへたりと座り込み、妖に変えようとする妖刀の力に抗う君嶋を見つめて涙するしかできない。

 そんな琴音に君嶋は普段から見せている笑顔を見せると、左腕で琴音の目を覆ってから蠢く右腕を差し出した。

 直後、駆けつけてきた織田が腕を斬り落とし、戌亥が包帯を数秒と掛けることなく巻いて締め付け、止血する。

 斬り落とされた右腕は自切された蜥蜴の尻尾の如くしばらく跳ねたあと、沈黙した。

「自己満足のあとは自己犠牲ですか。満足されました? 見ているこっちは滑稽で滑稽で、本当に笑いそおぅですぅ」

 わざとらしく唇を尖らせ、笑いを堪えていますと見せびらかす。

 耐え切れなくなった鳴無が斬りかかるも、蓮羽はわざわざ振り返ることもなく受け止めた。

「何をそんなに怒ってらしてるのでしょう、か? 何も特別怒られることなんてしてないじゃあないですか。何も特別残酷なことなんて、してないじゃないですか。この世は弱肉強食です。弱い人は生きられません。生きる価値もありません。生きることすらできません。何より生かす意味がありません。ないじゃあないですか」

 そんなことはない、と反論の意を込めて打ち込む鳴無の剣撃は、すべて軽々とあしらわれて弾かれる。深く踏み込んだところで同時に踏み込まれ、首根を掴まれ持ち上げられた。

「弱い生き物をわざわざ生かすことに、なんの意味などあるのでしょうか。意味もなく、意義もなく、破ったとしても異議はない。だって皆、助けてって言ってない人も勝手に助けて、身勝手に達成感とか感じて、良いことした気になって、勝手に満足してるだけ。助けられた弱い人が、その後どうなるかなんて考えもせずに」

「「おおととななししをを、、ははななせせ!!」」

 牛越兄弟が台詞も揃えて斬りかかる。

 だが鳴無を盾にされるとただ側を通過するだけしかできず、再度斬りかかろうとすると蓮羽の分身が斬りかかってきて、二人は受けながらさらに後退させられる。

「考えたことあります? 助けたあなた方はそれで満足でしょうけれど、助けられた方にはその後があるんですよ。むしろ助けられた後の方が辛いんですよ? 一度助けられると、次に絶望と対峙したとき、助けて貰えなかった空しさは文字通り絶望的なんですよ。妖の絶叫が、まさにそれを表していますねぇ。今ここを襲っている中に、あなた方が助けた方もいるでしょうねぇ。彼らは今、どんな面持ちなのでしょう、どんな気持ちなのでしょう。助けて貰った感謝と助けて貰えなかった絶望感と、どちらの方が強いと思います?」

 足元に刺した妖刀の柄を肘より先を失った片腕で右へ左へ傾けながら、より鳴無の首を強く締める。

 徐々に抵抗するための力を奪われていくのを見て、焦る牛越兄弟は蓮羽の分身を押し切れず、焦燥から逆に追い詰められていく。

「弱さは罪です。弱いままでい続けようとすることも罪です。あなた方が身勝手に助け続けて、強くなることに怠けた結果、皆は死んだのです。弱いくせに強い言葉で死ねだなんて言うから死んだのです。自分では何もできないくせに、誰かに守ってもらってるという安心感があるせいで身に余る言動を起こし、自分を殺す。わかります? だからここで私が皆様を殺したところで、死ねと言われて死返ししたところで、なぁんも悪くありませんのです。はい、論破っ!」

 五指が首に食い込み、文字通り息の根まで止めに来て奪われていく意識の中、鳴無が聞いた声は、おどろおどろしい妖刀のそれではなかった。

 もっと幼く、拙く、でも、力強く。鳴無のことを呼んでいた。

「――ぇ……ぇ、ね……ね、ぇね……! ねぇぇね!!!」

 背を反らし、その勢いで脚を伸ばして自分の首を掴んでいた腕に絡みつき、両腕をも絡ませる。直後に背を反らし、全体重をかけた瞬間、腕を折られることを察した蓮羽が首から手を放し、腕から振り払う。

 距離を取った鳴無は深呼吸を繰り返して意識を混濁の中から取り戻し、薄明の下へ。

 一度刀を鞘に収め、体勢を、呼吸を整えた。

「ねぇねぇ!」

「琴音ちゃん!」

 また飛び出していきそうにな琴音を抱き締め、止める織田の肩越しに少女の泣き叫ぶ声が聞こえてくる。戦場に響くには幼すぎる絶叫が、鳴無の呼吸を宥め、視線を鋭くさせていく。

「子供に応援されて張り切っちゃいました? でもあなたが弱いことは変わらない。あなたが私に勝てないことは変わらない。どれだけ虚勢を張ろうとも、虚言で自分を鼓舞しようとも、言葉なんかでは掻き消せない現実が今、殺しに行きますけれどよろしいですよ、ね?」

 妖刀を拾い上げ、斬りかかる蓮羽の一撃を翻って躱し、軽やかに飛び越えた鳴無は走る。

 鞘に収めたばかりの刀の鯉口を切るものの抜くことはなく、蓮羽を絶えず視界に入れた状態で走り続ける。

「私を撒くつもりでしょうか、それとも逃げるつもりでしょうか? 死ねと言っておきながら敵前逃亡、ねと言われる前に逝くつもりですか? それなら逃げないで欲しいですねぇ。追いたくなるじゃあないですか。追いかけて追いうち、したくなるじゃあないですか!」

 乱戦状態の戦場を駆け回り、鳴無は妖の巨躯の陰に隠れて蓮羽の視界から消える。が、鳴無の手を先読みしていた蓮羽はすぐさまに手を打つ。

 鳴無の持つ妖刀の能力が音と気配の遮断であることは、以前やられた経験から推測している。だが消えるのは気配や音だけ、実際に見えなくなるわけではない。

 ならばこちらは視界を増やすまでのこと。

「“烏合の衆”!!!」

 鵜の目でも鷹の目でもなく烏の目。自身と妖刀を複製し、多方向から追いかければ気配が消えようとも問題ない。

 視界が共有できるわけではないが、誰か一人が仕留めればいいのだ。探さずとも殺せばいい。

「もういいかぁい!」

「まぁだだよぉ?」

「知らないよ」

「いぃま、行っくよ!」

 自問自答――もはや自問自答で合っているのかさえわからない、蓮羽同士の四人の掛け合いの後、同時に跳ぶ。

 それぞれが異なる方向から鳴無を探して走る。うち一人が、負傷した女性団員を庇って戦い、妖を斬り伏せる彼女を見つけて唇を舐め啜る。

 彼女に迫っていた妖刀使いの背後から、妖刀使いごと斬り捨てんと刀を振るい、味方を犠牲にしながらも躱される。

 だが弱肉強食の考えの根付く蓮羽の頭に、一切の憐憫もなく雀の涙ほどの罪悪感もない。

「逃走中を忘れて闘争に耽ってました? 随分と余裕ですねぇ」

 負傷した女性団員を庇ってか、鳴無は逃げる様子を見せない。

 蓮羽の嘲笑は、これ以上なく愉快に歪んで止まらない。

「さっきまで逃げていたのに、もうおしまいですか? あっけないですねぇ。あっという間どころか、あっという暇もなく終わりましたねぇ。最後に遺言か何かあります? 遺言の代わりに罵詈雑言でもいいですよ。もしくは遺恨でもいいですが、あぁそうだ。最後にあなたのお兄さんが残した遺言を、教えてあげましょうか?」

「――」

 兄の遺言と聞いて、鳴無の意識がわずかに削がれた瞬間、背後から蓮羽本人が襲い掛かる。

 複製のやっていることなど知らず、ただ隙が出来たから殺す。作戦も何もなく、背後から本隊が迫っていることに気付いていた複製も、自分だからそうするんだろうなぁくらいにしか考えておらず、遺言の話をしたのも気紛れであった。

 が、自分の背中を斬った女を背後から斬り殺す。これ以上の報復はあるまい。間違いなく抱腹絶倒。今夜の晩酌には最高の肴。

「鳴かぬなら、殺してしまえ、ほぉとぉとぉぎぃすぅっ!!!」

 背後から大振りで刀を振るう。剣閃は鳴無の細く白いうなじを斬り落とし、斬り殺した――はずだった。

「「はは??」」

 前後にいた蓮羽はそれぞれ、状況が整理できないと首傾げに、間の抜けた声を出す。

 何せ前方で気を反らしてた複製の腹には彼女の妖刀が刺さっており、背後から斬りかかった蓮羽の手からは妖刀がなくなっていた。

 気付けば、妖刀を握っていた手が手首からなくなっており、ずっと後方の瓦屋根に突き刺さった妖刀の柄をしかと握っていた。

 腹に妖刀の刺さった蓮羽が動こうとするが、よろけた隙に腹から刀を抜かれてさらに斬られ、背中から倒れる。

 そして背後から奇襲を仕掛け、失敗した挙句もう片方の手をも失った蓮羽は、未だ信じられないと言いたげな表情で固まったまま、鳴無の手で煙を噴く拳銃を見つめていた。

「け、拳銃まで無音って……?! 銃声くらいうるさく上げなさいよぉぉっ――!?」

 眉間に空いた風穴。蓮羽は力なく、銃声を発さない銃撃に撃ち殺されて死んだ。

 負傷した女性団員に大丈夫か、と言いたげに駆け寄る。

「大丈夫。戦えはしないけれど、死にはしないだろうから。でも、さすが鳴無さんの妹さんだね。妖刀をそんなにも自由に使いこなしてるだなんて」

『だでが、づがわれでぇぇぇええええ』

(静かに)

 妖刀・梟騎きょうきは押し黙る。

 使い手の気配、出す音、匂い、重量感までをも消し去る妖刀。死角から攻撃すれば一切気付かれることない不意打ちが可能。

 無論、一定の範囲内まで迫ると気付かれる欠点があるものの、それでも本当に至近距離なのでまず防御が間に合うことはない。

 そして、他人からは絶対に気付かれない欠点がもう一つ。

 梟静の能力範囲には、使い手である鳴無も含まれているということ。すなわち鳴無自身、能力を発現している間は己の呼吸も物音も聞こえず、衣服が燃えていたとしても熱も臭いも消えているので気付けない。

 なかなかの欠点であるが、此度に限っては背後からの奇襲に対して背後を振り向くことなく後ろに拳銃を向けて銃撃できたのは、能力あってのことだった。

 本来なら銃声で耳が壊れてもおかしくないところ、音が消されたがためにできた芸当だった。

「死んじゃ、ってる、よね……?」

 怪物じみた強さと頭の螺子の外れ具合から、眉間に風穴が空いた程度では死にそうに思えなくて、死体相手におそるおそる近づく。

 無論、死体なので動くことはない。だが光を失って死んだ目でさえ、見つめられている気がして怖かった。

「と、とりあえず。敵にどんな妖刀があるかわからないし、私がこの死体をどこか隠しておくから、鳴無さんは――」

 女性団員に跳び付いた鳴無の髪が両断される。

 だが髪の毛ではなく首を斬ったつもりのそれは、それこそ螺子が外れた絡繰り人形のように震えながら猟奇的な笑みを向ける。ただし瞳の奥は、まったく笑っていなかった。

 それ――蓮羽歌玄の複製は大量の血涙を流し、本人の手が未だ握ったままの妖刀本体を握り締め、悲鳴のような笑い声を響かせた。

「いやぁよく殺せましたねぇ、この私を! よくぞ殺してくれました! そしてよくも殺してくれました! お兄さんの敵討ち、できてよかったですね。爽快でした? そうですか! なら私も自分自身の敵討ち、させて頂きますがよろしいですよねいいですよね反論なんてないですよね?! あぁ、あなたはそもそも何も喋りませんでしたっけねぇ?!」

「そんな、まだ……」

「複製された私達は、いわば妖刀が本体。妖刀・烏合がある限り、私達は無限に作られ続け、生き続け、殺し続ける」

「私を殺したからって終わらない。次は私が殺し返す。その私を殺して、それをまた別の私が殺して……わかります? 殺戮と恩讐は永遠に続くもの。輪廻永劫、永遠にねぇ」


  ◀  ◀  ◀  ◀  ◀


「僕の名前は凛音りおん。だけど、読みようによってはとも読める。父さんは、鳴無の男が持つ短命の因縁を、断ち切りたかったんだと思うんだ」

 いつだったか、夜の寂しさに耐えきれずに兄の布団に潜り込み、一緒に寝ようとしたときに兄がした話だった。

 兄の手が優しく頭を撫で、胸の鼓動が子守唄のように眠気を誘ってくる中で、兄は優しい声音で言う。

「でも、僕は今や戦いの中に置いてる身だ。僕から子供が生まれることもなく、死んでしまうかもしれない。でももし、もしも僕の子供が、僕の愛する人の中に芽生えたなら。その子供がもし、男の子だったなら……そのときは、その子のことを頼んでもいいかな」

 兄の胸に頬を擦り付け、了承の意味を込めて頬に吸い付く。

 兄は優しく抱き締めて、より一層の愛情を籠めて頭を撫でる。目頭から、熱の籠った涙がこぼれ落ちた。

「ごめんね、

 兄は妹、鳴無春歌はるかを抱き締める。

 翌日、妹は名を静閑と改めた。

 鳴無の因縁を語らぬように。後に生まれてくる兄の子に、悲しい思いをさせないように。

 


  ◀  ◀  ◀  ◀  ◀


「あらあら、どこでやる気が出たのでしょうか?」

 兄の思いを受け継げるのは自分だけ。鳴無の因縁を知るのはもはや自分だけ。

 生まれてくる子供には、悲しい思いをさせたくないから、自分は黙る。静かに、その子の成長を見届ける。

 未来永劫とはいかずとも、ずっと、見守り続けると決めたから。

 こんなところで、死ぬわけにはいかない。

「抗う気ですか。死ぬわけにはいかないと、自分には生きる理由があると。そうやって自分を美化して気持ちよくなって、死んだそのとき空しくなって、悲しいですねぇ。今のうちに教えてあげましょうか。人間には……最初から何も詰まってなんかないんですよぉぉだ! はい、論破ぁぁっっ!!!」

「そんなこと、ない!」

 側方から織田が斬り込み、躱した蓮羽に鳴無が詰め入る。

 向けられた拳銃を刀で払い落とした蓮羽の懐に入ると、彼女の胸に全体重をかけて飛び込み、刃を突き立てた。

 吐き出される粘着質のある血を浴びるものの、鳴無はさらに深く刃を突き立てて離れない。

 が、蓮羽も離れるどころか鳴無を抱きかかえ、拘束した。いつの間にか、妖刀がない。

「死ねという言葉の重みも知らないで、死ね死ねと連呼する人間のどこに、何が詰まっていると、言うのです……? いいえ、何も詰まってません。だから人間はつまらない。弱い癖して、言葉ばかり一人前を気取って、気取るばかりで、何も得られない。空しいばかりの、生き、物……だから、あなたはここで死ぬ――私に、何度も死ねと言った報復です」

「静閑ちゃん! ――?!」

 すでに複製されていた蓮羽が鳴無と織田と、女性団員を取り囲む。

 十人は軽く超えているだろう圧倒的人数差。元々一人でも狂気的強さを誇る蓮羽がこれだけいれば、三人などひとたまりもない。

「『弱り切ったところを集って殺す』。妖刀・烏合限定奥義――“集中強烏しゅうちゅうごうう”!!!」

 死に掛けとはいえ、複製とはいえ、自分事殺す気だ。

 三人を相手に、数十人で一斉に斬りかかる。

「存分に後悔して、悔恨を残して死んでくださいね!」

「……雉も鳴かずば、撃たれまい」

「は?」

 ふと、聞いたことのないか細い声が聞こえて、斬りかかる中で蓮羽は思わず反応してしまった。その反応を返した唯一の個体に、五つの風穴が空いて倒れる。

 見ると、もう死んだ蓮羽の複製を目隠しにして、陰から覗く銃口が煙を噴いていた。

 単純な話であるのに、蓮羽は理解できなかった。ただ鳴無が持っていた拳銃が一丁じゃなかったというだけなのに、理解に時間が掛かる。

 そして何より、複製された数十人の蓮羽が固まった理由は、今の銃撃で蓮羽の一人だけでなく、

 妖刀・烏合が砕けて、四散する。

「あぁ、あぁ……あぁあぁぁあぁぁぁぁ!!!」

「この……くぉの、小娘が――?!」

 油断も然り、冷静さを欠いたのも要因の一つ。

 だがだとしても、実にあっけないものだった。数十人も複製された稀代の辻斬りが、次々と隙を突かれて斬られていくのだから。

「ちょ?! なんで私が斬られるのです!? 私の方が強いのに! あなた達なんて、あなた達なんて……!」

「『弱り切ったところを集って殺す』その考え方こそ、強がってるだけで本当は弱い、人間の考え方……あなたも、結局、強くなかった。ただ、それだけ。自分が強いからと、自分の罪を正当化したかった。ただ、それだけ」

「なんですか、急に流暢になって。形勢逆転したのがそんなに嬉しいですかそうですか。勢力が逆転したので強く思えて仕方ないですかそうですか。私の妖刀を破壊できたので舞い上がってるのですねそうですね。ではそのまま、お兄さんのいる天国まで舞い上がってくださ――」

 いない。

 目の前に今の今までいたはずの鳴無がいない。

 気付いたときには後方で妖刀をゆっくりと滑らせ、鞘に収めようとしているところだった。

 気配もなく、音もない。蓮羽ほどの手練れならば斬られる瞬間に気付けただろうが、今の乱れに乱れた状態では、鈍っていても仕方ない。

 故に回避など、できるはずもなかった。音もなく、気配もなく、、妖刀・梟騎の限定奥義。

「“無音抜刀むおんばっとう……梟爪きょうそうきょく”」

 音無しの抜刀術に気付いた瞬間、蓮羽の体も傷口に気付いてそれを開ける。大量の鮮血を派手に撒き散らした蓮羽は、鳴無の方を一瞥し、そのままうつ伏せに倒れて力尽きた。

「……大して中身がないのは、お互い様、だったね」

 蓮羽が倒れて、周囲から歓喜の声が上がる。

 事実最強の敵を倒し、飛躍的に士気を上げた壊刀団は残党の殲滅及び捕縛に奔走した。

 が、その喧騒の中、鳴無は座り込んだまま動かない。未だ続く戦火の中、聞こえてくるのは一人の女性と、一人の少女の声だけだった。

「ねぇね、ねぇねぇ!」

「静閑ちゃん!」

 泣きじゃくる妹同然の少女を抱き締め、「よかった」と何度も呟きながら涙する義姉に共に抱き締められるのもまた少女。

 ずっと自らを縛り付けていた緊張が解けて、鳴無静閑はこのときだけ、鳴無春歌に戻って泣きじゃくったのだった。

 以上の経緯で以て、本部襲撃事件は終結。

 妖刀使い十一名を捕縛。蓮羽歌玄含める七人を討ち取り、妖もすべて斬り捨て、多くの犠牲を払いながらも本部を死守し、そこから外へ被害が拡大することもなく守り切ったのであった。


  ◀  ◀  ◀  ◀  ◀


 時は一八六八年、十月二三日。

 新たな天皇の即位により、日本は明治と名を改め、新たな時代へと入る。

 役目を終えた壊刀団は解散し、団員らは各々の道へ旅立っていた――

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