力の実験
授業はその後も大きなトラブルはなく進んだ。時間は過ぎて放課後になったが、どうも俺にはこの時間は本当ではない気がする。
「そんな顔せんとはよ帰ろうや。女の子を待たせるのはルール違反や」
修斗の指差す先には悠里がいた。そうだなこいつらと一緒に帰ろう。ありがとう俺のわずかな平穏な日常。
「今日みたいな当てられ方したら私は心臓が止まっちゃうよ。よく満也くんは答えられるよね」
「たまたま、得意な分野が出ただけであれが微分じゃなくて空間ベクトルだったら手も足も出なかった」
「すごいなぁ。俺なんかはどれ当てられても答えられへんよ」
嘘はよくない。こいつなんだかんだ言っても答えるんだ。
「そうそう、そんなことよりも今度三人でどっか行かへん?」
「どこかって、候補とかはあるのかな?」
どこかへ遊びに行く…か。候補はたくさんあるだろうけど、俺が行っていいのか。俺がいることでみんなを危険に晒すことにはならないか。不安だ。でも言葉にしていうことは躊躇われるしどうしたものかな。
「おい、お前は何か案はあるん?」
「あ、ああごめん。少し考え事してた。それで、修斗と悠里はどこに行きたいんだ?」
「俺はキャンプとかやな。何にしても宿泊系のことがしたい。そいで、悠里はテーマパークとかアウトレットモールとかやな」
どっちもいいな。一つに選べって言われても難しいし、俺が出せ不安はないかもしれない。どうしようか……
「そうだなあ……釣りをして釣った魚をその場で調理して食べるとかはどうだろう」
「美味しそうだね。それに楽しそう」
悠里も気に入ってくれたみたいだ。ならもうこれでいいんじゃないか。いやいや、二人の案も素敵だし何よりも楽しめそうだ。平穏でありたい俺にはいいかもしれない。
「こうなると全部が魅力的で決められへん…… そうや、三人の行きたいことギュッとまとめてしまうのはどうやろ」
全部行くってそれはいいけど時間もないしどうする気なんだこいつは。
「ま、そんな訝しげな顔せんと少しは聞いて」
「ごめんなさい…… それでどうするつもりなの」
修斗の目線は完全に俺の方を見ていたし俺に対して言ったものとばかり思っていたけど、そうでもないのかな。
「えっとな、キャンプするにも釣りをするにも準備は必要や。シェラフとかは布団持っていくことで代用できるけど、それ以外の小物とかを買うのを含めて少し前にアウトレットモールに行く。それで当日は昼間に釣りをして夜はバーベキューとか夜景を楽しんでキャンプする。とまあこんなもんやけどどうやろ?」
思っていたよりも楽しそうだ。これなら確かに全員の要望を無理なく聞いている。
「道具を持っていってもらう車はどうするんだ?」
「多分、俺の兄貴が出してくれる。あいつ年中暇してるから大丈夫」
「その言い方は誤解を招くからやめたほうがいいぞ。お前の兄貴がニートとか引きこもりって思われる」
「間違ってはいないんやけどな。売れなくてしかも店が閉まっている日も多い喫茶店のマスターで投資やっているような兄貴やで」
「逆にすごいね。そんなお兄さん普通いないよ。そうだ、今度お兄さんのやっている喫茶店に連れて行って。修斗くんのお兄さんだからきっと優しいんだろうなあ」
こいつの兄が優しい? 何、寝言言っているんだ悠里は。ああ、悠里は会ったことがまだなかったんだった。
「それはちょっと保証できないかな。人の感性にもよるし」
「そっか〜、楽しみかも」
いや、楽しみにしなくてもいいよ。修斗の兄貴は結構、いやかなり頭のぶっ飛んだ人だからな。悪い人ではないんだけど…… ほら、修斗も微妙な顔をしている。否定も肯定もしにくいから大変そうだ。
「俺の兄貴は人格は破綻してへんし人様を不快にさせるような物言いもしないからそこは安心してええよ」
「見事なフォローだな」
笑うしかない。
「怒らせたら俺が大変なことになる!」
修斗の後ろからドンっ! という効果音が出てきそうな勢いだ。
「ま、まあそこらへんにしておいてさいつ行くのかな。アウトレットモールなら今週にでも行けそうだけどさ」
悠里が助け舟を出してくれた。助け舟を出したというか、話を前に進めてくれた。
「そうやな、うん。今週に行っちゃうか。キャンプはまた長期休暇……も来週からやな。ならちょうどいいか。満也は部活の方は大丈夫なん?」
「休むことはできるし、基本日曜日はないから大丈夫」
「なら今度の日曜日にアウトレットモールに行こうよ。それならわたしも都合がいいし。それでいい?」
「よしレッツゴー!」
「何がレッツゴーや。肝心の日程が決まってへんやろ。でもまあ、ええか。スケジュール確認して日曜日にすり合わせすればいいし」
修斗も同意してくれたようだ。これで少しは気が紛れる。家にいると辛いことばかり考えてしまって気が滅入る。考えたくないことも考えてしまう。もう負の循環だ。サタンにもらった力の運用法も考えないといけないけど、それどころではなくなる。
「おっと、俺はここまでか。じゃあな」
「満也くん! 何回でも言うけど不安なことがあったらいつでも言ってね」
そんな悠里の優しい声には俺の声で返すことはなく手を振るだけでおさめた。これしかできなかった。嬉しかった。何回言われても、何度言われようとも、これは嬉しい。心に響く声で俺の辛い気持ちを少しだけ、ほんの一瞬ではあるけど、軽くしてくれる。
やべっ……歩いているのに泣きそうだ。早く家に帰らないと変な人に勘違いされちゃうな。
少しペースを早めた。けど、目の前は霞んでくる。
家に到着したら急に霞はなくなった。家に着いた途端にこれだ。やっぱり、まだだめなのかもしれない。
「ただいま」
父さんはまだ帰ってきていない。手洗いうがいをして部屋のドアを開けて鞄をそこらへんに放って、ベットに飛び込んだ。天井が目を開けている限り際限なく、その単調な白い壁紙と電灯が眼前に映り続ける。
「サタンの力。自分の空間を作る能力…… 少し使ってみよう」
でもどうやったら開けるんだろう。すこしそれっぽい言葉を言ってみるか。
「空間開放!」
刹那、俺の目の前の空間が切り裂かれてそこから出てきた黒いモヤが俺ん包み込み、突然のことに目を瞑った。数秒して目を慎重に開けると、そこに見えたのは単調な天井ではなく、何もない虚無な空間だった。
「これが、俺の世界…… 何もない」
ここは俺の想像通りに全てを操れる世界のはずだ。今何もないのは俺が何も考えないでここを開いたからだろう。ということは、この砂に満ちた砂漠のような乾いた空間が俺の心なのだろう。平坦な砂地ではなく、丘とかがあるのはあいつらのおかげかな。
それにしても暑いな。温度を少し下げてみよう。
「気温を二十八度にして、ベンチをここに」
言ったらすぐにベンチが出てきた。気温も一瞬で下がり、快適になった。よし、ここまではいいようだから、次は心の中で考えてもそれが実現するか試してみよう。
ここに小屋を置く。
強く心の中で念じたら、目の前に8畳ほどの広さがある木造りの小屋が出来上がった。
「すげえな。そして、疲労感もなしか。これは俺の想像通りに全てが叶う空間らしいか。サタンは俺の想像通りの力をくれたらしいな」
今ならあいつのめんどくさそうな顔も納得できる。
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