日常

非日常の日常

「彼は成功したのでしようか?」


「しないわけがなかろう。我々は確証があってあの少年を狙ったのだ。これからの彼の活躍が楽しみじゃの。近いうちにここにも来るじゃろう。その時には最高のもてなしをせねばならぬな。そなたもそう思わんかね?」


「はい私もそう思います。さて、ここで一つ問いたい」


「儂に聞きたいことかの。珍しいことがあるものじゃな。よろしい言ってみなさい」


「あなた様は一体どこまで見越してあの少年に目をつけたのでしょうか?」


「そなたの思っていることが正解なのではないかな。いずれにせよ、そのうちわかること。焦るでない」


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「おはよう」


「あ、おはよう満也くん」


 俺は葬式も終わって何気ない日常を表向きには取り戻しつつあった。以前と変わったのは心配した幼馴染の伊吹悠里が朝、以前にも増して頻繁に俺と投稿するようになったことだ。正直、最初は鬱陶しいと思っていたが、今となっては俺の心の傷を埋める手助けをしてくれていてとてもありがたい存在だ。


「何、辛気臭い顔してるのよ。朝は明るい顔をするものよ!」


 そう言ってニカっと笑った。太陽だ。俺には悠里が太陽にしか思えない。


「そうだな。じゃあ今日と一日がんばろうかな」


「そうそう、その意気だよ」


 こんな風に言ってくれる悠里には本当に感謝してもし足りない。

 だが、俺の日常が取り戻せても完全な日常が戻るわけではない。その乖離をますます感じていた。


「もっと調べて勉強しないと」


「勉強って英語かな?」


 こいつ、俺が英語苦手なことを知った上で言っているのか。心憎い奴だ。


「いや、ちょっと違うかな」


 そう、俺が勉強しているのはハッキングやら情報を集めるために必要なこと。

 俺は悪魔たるサタンと契約した。犯人を特定して復讐するために。これは俺自身のけじめにするためでもあるし、何より犯人がどういう理由で母親と妹を殺害する必要があったのかを純粋に知りたい。だからなんとなく誤魔化した。


「パソコンだよ。プログラミング」


「そっかあ。なんかよく分からない言葉をカチカチとキーボードを打っている奴かあ。私には難しいかもなあ」


 悠里は笑った。よかった、誤魔化すことにはとりあえず成功したようだ。 


 いったん、悠里と別れて学校の人気のない場所に行った。


「サタン、今大丈夫か?」


「問題はない。しかしいささか不安のある場のように思える。その点は大丈夫なのか?」


「人は来ない。ここはもう使われていない部室棟の裏だからな」


「それは分かった。して、我を呼んだ理由は?」


「少し聞きたいことだがある。殺した犯人を知っているようなそぶりを見せていたが知っているのか?」


「いや、知らんな。だが一つ言えていることは我、というより悪魔をはじめとしたこの世界の外に住う存在を認知しているということだ」


「それはつまり、どういうことを意味する?」


 サタンはどういうわけか深妙な面持ちをしていた。もしかしたら何か良くないことなのかもしれない。できれば、この予想は当たって欲しくない気がする。


「奴らもこの世界の外の住人、つまり我のような存在と契約を交わしている可能性が高い。どんな人間が相手であっても一筋縄ではないかないということだ。用心することだな」


 いやな予感が当たってしまった気がする。簡単に倒すことはできない。だがらこそ情報が大事になってくる。


「聞きたいことがあったらまた頼む」


「あまりしないで欲しいが契約したから答えることは答えよう」


 サタンは疲れたといいながら姿を消した。やけにオヤシ臭い。彼は社畜のような存在なのだろうか。だとしたら少しかわいそうだ。


「不憫な扱いを受けることに関してはどんな世界でも平等ってことか」


 大人という存在の闇を見た気がする。しかし個人的にはみなかったことにしておきたいので、記憶からは消しておこう。


 真面目に考察をしよう……と思ったら、チャイムの音が聞こえてきた。


「ヤベ…… 一限目は移動教室じゃん。間に合うかな」


 とりあえず、全力で走った。あと3分はある。それだけあれば十分に間に合う。荷物が多いわけでもないし、今日は進度の関係で授業がほんの少し早く始まるということもないはずだ。もしあったら恨むぞ。


 というわけで、頑張った結果授業開始のチャイム時にはなんとか着席することができた。


「遅かったじゃんね。珍しい」


「やかましい。俺だって色々あるんだよ」


「そうやなんや。寝坊もほどほどにな」


 後ろから関西方面の言葉を使う怪しげな男は君野修斗だ。俺の後ろの席に座っている。かなりフレンドリーでかつ微妙なトラブルメーカーのようなところもあり、俺もその被害にあったことは数知れない。まあそれを差し引いても有り余るほどの人徳を持っているのは間違いない。


「うるせえ。前見とかないと、また何か言われるぞ」


「授業はじめるぞー」


 ちょうどいいタイミングで数学の教師が入ってきた。これで、一旦解放される。修斗は確かにイイヤツなのだが、授業前に絡まれると厄介なことこの上ない。


「えー、では今日はこの問題からだね。微積はグラフを書くことですよね。グラフも書かないでわからないなんていうのは怠け者のセリフ。だからグラフも書かないで私を含めた数学の先生に質問しに行くことなんて御法度だから気をつけるように。さて問題に戻ろうか」


 授業は通常通りに進む。この教師は分かりやすくて俺もその語り口調が好きなのだが、最近はちっとも楽しくない。どこかで事件のことを考えてしまっているのだろう。


「敷島よこの問題はどうなると思う?」

「えつ!? えっと……まず微分して接線方程式を出してからーー」


 危ない。突然当てられて焦ってしまった。自分の得意分野でなければ怒りの制裁があっただろう。だが、よかったと思っていないやつも約1名いるはずだ。まあそれはいい。


 授業終了後、修斗は案の定やってきた。


「あそこで答えられへんかったら面白かったのに。ワタシショック!」


 本当におめでたいやつだな。


「別にここでエセ外国人にならなくてもいいだろう」


「そうそう、あんまりからかいすぎると君野くんから人が離れていってしまうよ」


 悠里もきた。俺の肩を持ってくれているようだ。


「からかうってのは微妙な匙加減でな、やり過ぎても効果はないし、かと言ってヌルくすると面白くはないんや。そうやで俺はそこを考えて慎重かつ大胆にやっとるつもりやできっといや、絶対に大丈夫」


「ならいいんだけど」


 よくねえわ、と思いながらも心の中で確かにこいつの匙加減は絶妙であったことを思い出し反論できないことを確信した。

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