【契約】

 その後も結局、肉付の部分が見定まらないままその日が来た。まだ実感のないものが実感として完全に、書類以上に現れる日。

 父さんは気力だけでもっているようなものだからこの後どうなるか本当に心配だ。あの日、一日休んだ父さんはどうにか当面の精神力は回復させることができたらしく、今に至る。


 葬式の日だ。


 雨は降っていない。


 二人の遺体は綺麗になっていた。


 遺体は当然、棺に納められていた。


 祭壇には大量の花。


 明るい花で飾られている。


 歩みを進め、二人の顔を見てみると、穏やかになっていた。殺されたとは思えないほどに。この顔を見てしまうと、なお一層悔しさが滲み出る。


 この二人はもっと生きて入られたのに、突然死ななければならなかった。その無念さを思うと、今はもう届かないこの手を伸ばしたくなる。


「虚しい……」


 そう、俺のやっていることは虚しい。虚しすぎて……虚。

 今ここで起こったことを嘘と誰かに行って欲しい。それが神であろうと悪魔であろうとどんな存在だっていい。犯人にこの悲しみを、絶望を植え付けるために。

 虚ろ、虚ろ虚ろとは一体何なのであろうか。俺にはわからない。

 虚ろがこれほどに辛いものなのか。ならばーー


「満也くん……」


 聞き覚えのある声。いつもは軽快なのだが、場所が場所だから沈んだ声だ。


「別に慰めはいらない」


「満也くん何か悩んでるよね?」


 勘がいいのか、それとも長年の付き合いで分かるようになったのか分からないが、流石に悠里には隠し事はできないらしい。


「悠里は知らない方がいいことだと思うし、できるなら知らないで欲しい」


「私が信頼できないからじゃなくて?」


 やはり疑っている。ごまかしや嘘はすぐにバレてしまう。ならば、どうしたらいい。


「信頼できないからじゃなくて、その結構込み入ったことだからあまり離したくはない」


「そう、なんだ。辛くなったら私を頼ってもいいんだよ」


 優しい。天使に見える。


「その時には頼らせてもらうよ」


 天使の顔は歪んでいない。よかった、機嫌を損ねずには済んだようだ。天使こと、伊吹悠里。俗に言う幼馴染というやつだ。仲は悪くないと信じたい。付き合っているわけではないが、お互い一緒にいる時間も長いし、なんだかんだ言っても一番信頼できるやつだ。


「満也くんが悩んでいるなら私すごく気になっちゃうからさ、あまり心配させないで欲しいな」


「ぜ、善処するよ」


 いや、全く怖い。何が怖いかって本当に俺の心の中が読まれているようで怖いんだ。多分俺は悠里には一生勝てない。それは学力、力、社会的地位、社交性といった部類のものではないもので勝てないということだ。


「悠里はどんな願いでも一つだけ叶うと言われたら、どう答える?」


「どうしたのかな。あまりそういう超常現象的なことを信じない満也くんがそういうのに興味を持った?」


「いや、そういうわけじゃないんだけど。そんな力があれば二人は今こんなことにならずに済んだ、かもしれないと思って」


 そう、これは本心だ。二人を守れる力があれば今も日常を失わずに済んだ。あんな辛そうな父さんを見ることもなかった。苦痛に喘ぐ表情をして倒れた母さんと月乃を見ることもなかった。


「私は記憶を操れる力が欲しいかな」


「理由は何?」


 月乃も嫌な顔をせずに答えてくれた。だが、意外な答えではある。記憶をいじれるなんて確かに便利な力だ。


「一つには勉強の面。記憶操作で自分に知識が入れることができれば私の成績は上がる」


「そ、そんなゲスいことを」


 理由としては欲にまみれたものだった。だが俺も欲しい。そんなものがあれば、不正行為カンニングをしていないが不正チートのようなものだ。

「……もう一つはさ、辛いことには蓋をしようということよ。つまりね、辛いことがあって、それが耐えきれないほどのものだったら記憶から消してしまいたい。私はそう思うのよ。この世には知らなくていいこともたくさんあるから」


 中々にリアリティのある話だ。悠里も遠くを見ているし、過去に何かあったのだろうか。多分これを聞くのは無粋というものだろう。

 掘り起こしたくない記憶なのかもしれない。いや、間違いなくらそうだ。

 じゃなきゃ、明るい悠里がこんなにも悲しそうな表情するわけない。


 人には色々ある。たとえ関係のとても深い幼馴染でも知らないことは沢山ある。知らない方がいいことも沢山ある。それがよく分かった。


 葬式が終わったら契約しよう。俺自身のために。それはきっと恐ろしいことなのかもしれない。それでも俺は許したくはない。

 何かをしたい。



 だからーー


「サタン契約だ」


 葬式はあっという間に過ぎ、全てが終わった。涙が出なかったのはどうしてだろうか?


「とうとう決めたのか」


「頼む」


 サタンとはおそらく長い付き合いになりそうだ。


「して、貴様はなにを願う」


 俺の願い。俺の望み。それはーー


「俺が全てを決めることのできる別空間を作る力が欲しい」


「それで良いのだな?」


「ああ、時間、広さ、物体、全てだ。つまりは俺がその空間における絶対的存在になり得る。そんな空間を作る力が欲しい。そしてその空間には他者を入れることも可能だ。そんな力を求めることは可能か?」


「前に貴様が我に聞いた時よりも贅沢になっているな。しかし、願いそのものは一つだ。よってその願い承った。貴様の願いは叶えられる」


 俺がサタンに聞いていたのは、別の世界を作る力を得ることは可能かということだ。そこに俺は全てを操る力を肉として考えた。そこは自分の頭で考えていることが具現化することのできる世界ということになるはずだ。


「もう、力は授けられているはずだ。あとは自分で色々と試してみるといい」


「俺に力が。奴らをどうにかできる力が」



 ーーーーーーーーーーーーーーー


「ククク、面白い実に面白い。やはり、奴は我を楽しませてくれそうだ。これからの成り行きを楽しみにするか」


「あなたばかりずるいわね。私にも何か刺激的なことが欲しいわあ」


「ならば貴様も面白そうな人間を捕まえればよかろう」


「それがそうもいかないのよ。中々私の目に叶う人間がいなくて…… 探してはいるんだけど、どうしても私の与えられる力となるとそれを得られる人間なんて限られてしまうから」


「そういえば、お前の能力はそうだったな。お前の力は本当に面倒な側面も多い」


「そんなこと言われてもしょうがないじゃない。生まれてきた時からこの力を帰ることはできないんだから」


「お前は我が楽しんでいる横で地団駄を踏んで悔しがっているといいさ」


「あら、そんなこと言っていていいの? 私だって逸材を見つけるかもしれないのに」


「ほう、期待はしておこう」


「二人とも随分と楽しそうな話をしているな。私も混ぜてはくれまいか?」


「なんか、綺麗なやつが来たなあ。我には眩しすぎる」


「私も。でもこんなところにくるなんて珍しいじゃない。どうしたの?」


「一つ用があってな。実はーーー」


「あなたは世界をどうしようというのかしら?」


「見ていればわかるさ。長い時を生きる私たちにとって少しばかりの時間を待つなど造作もないことではないのか?」


「我はやっと暇つぶしができる逸材を見つけたのだがな」


「彼もいい働きをしてくれそうだと私は踏んでいるよ」



 謎の三体の会話はこうして進んでいくのである。





————————————————

『後書き』

さて、ここで一章という名の物語としてのプロローグが終わりです。実を言うとプロットを作らずここまで来ています。なのでそろそろプロットと今後の展開をきちんと練る時間が必要ですのでしばらく時間が開くと思いますがご容赦ください。

藤原俊樹

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