契約1

 どれくらいの時間が経っただろう。サタンにはあの後も少し愚痴に付き合ってもらった。色々と話してみたが、あいつの素性は全く分からなかった。

 でも気持ちが少しでも晴れたから今はそれでいい。そう思った。


 公園の時計を見てみると、針は12時を示している。


「帰らないと」


 もうお昼時だし、いい加減戻らないと今の状況においては父さんだって心配してしまうだろう。


 足取りは重い。しかし、来るときに比べたらずっとマシだった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーー


「ただいまー」


「お帰り、昼ごはんどうする?」


 父さんも少し落ち着いたように見える。が、これからのこともあってか、スーツを着ている父さんはどうも違和感がある。いつも仕事で着ていると言っても、会社まで走っていくような脳筋で、家に帰るときは基本ジャージだ。雨が降っていたらライダースーツを着てバイクで出社するというなんとも言えない父親なのだ。

 そんな父がピシッとスーツを着ているわけだから違和感があるのも納得してほしいものだ。というか、これを誰かと共感したかった。


「おい、昼はなに食いたいんだ?」


「お、ごめん。スーツ姿がすこし新鮮でさ」


 父さんはそんなもんかと首を傾けた。


「昼はさラーメンが食べたい。二人でスタミナの付くもの食べに行こうよ」


 今、食事が喉を通らないとしても、多少無理をしてしっかり食べるべきだ。でなければ、一連のことが終わった時に気力、体力共につけ動けなくなってしまうだろう。


「行こうか」


 渋るかと思ったが、思いの外乗り気の父がそこにはいた。そこで俺は思い出した。この父親が超が付くほどのラーメン大好き人間であったことを。


 そして、車でそんな父さんのおすすめラーメン屋に向かう道中のことだ。どしても聞いておきたいことがあった。


「父さんは恨んだりしない?」


 何をとは言えないし言いたくもない。


「……恨むさ。なぜ私を狙わなかったのかとね。殺される原因があるとしたら私しかいない。私があの二人を殺した犯人なんだ」


 そんな風に言わせてしまう父さんの職業は金融だと聞いている。


「そんな闇の深い職業だっのか」


「いや、世間的にはそうでもないだろう。だが実際には……いや、やめておこう。これは墓まで持っていくこと。気になるなら直接見るといい」


 父さんの言っていることがよくわからない。だがこれ以上は聞くなという悲壮感に囚われている姿を見てしまうと言葉が出てこない。


 それでも父さんは犯人を『恨んである』ことがはっきりした。俺だって憎い。俺たち家族の日常を潰した犯人が憎らしい。憎らしくてしょうがない。

 俺は今その犯人をどうにかできる力を得ることができる環境下にいると言ってもいい。サタンとの契約だ。奴との契約をどうするかによって、犯人への扱いが決まる。

 もちろん殺してはならない。殺すということは、二人を殺した犯人と同じことをしているに過ぎない。だとしても、それに準ずる苦しみを与えたい。

 ……それが俺のエゴであったとしても。そんなことが間違ってることくらい理解はしていても俺は犯人に何かしないといけない。そんな気がする。

 それを叶える願い。願いとは一体?


「おい満也聞いているのか?」


「あ、ごめん聞いてなかった」


 どうやら一人で物思いにふけっていた間に、父さんが何か言っていたようだ。不覚、全く聞いていなかった。


「今くらいはちゃんと話を聞いてくれよ。いいか、今から親戚周りに報告に行く。近くに住んでいる親父達に伝えん訳にはいかんからな。そういう場には満也も居るべきだと私は思っているんだよ」


 とりあえず一緒に来いということらしい。当然のことだと俺も思うから静かにわかったとだけ言った。


「なあ父さん」


「今、一つだけ願いが叶うとするなら何ん願う?」


 父さんは一瞬疑問を浮かべたがすぐに真剣に考えてくれた。


「私は今生きている大切な人を守れる力が欲しいな」


「理由は?」


 俺はてっきり死者の蘇生を望むかと思った。だが父さんはそれを選択しなかった。どうしてだろう。


「死者は死んだもの。もうこの世にいてはならない。それを異とするならそれは例えどんな未練を残してこの世を去ったとしても死者への冒涜にあたる。だから私は生きているものを守れる力が欲しいんだよ。

 もっともそんな力手に入れられるとは思わない。だから私にできるのは何もないことを祈るだけだ」


 思っていたより深い理由だった。だがそれも父さんらしい。


「どのようなことが正しいかは誰にもわからない。だから一人で抱え込みすぎるなよ。誰でもいいから一人、一人でいいんだ。相談できる絶対の信頼を置ける人を作っておくといい」


「……参考にはする」


 生きてきた時間が違うよ。そんな正論言われたら是認するしかないじゃないか。


「もう行こうか」


 父さんは俺の肩をポンと叩き勘定を済ませてラーメン屋を出た。

 正直生きていく上で大事なことは言ってもらえたと思う。だけど、俺自身の願いの件については全く最適解が見つからない。

 候補はいくつかある。でもそれが一番だとは思えない。


「何してるんだ。早くいくぞ」


 父さんが急かして俺も急いで車に乗った。そこからは早かった。一旦家に戻ると俺も制服に着替えて、最初に祖父母の家に行った。


「そうか」


 双方の家とも最初の反応はこれだった。それは決して無関心ではない。起こった事実に対して、悲しみ、怒り、呆れ、憎しみなどの感情を凌駕してしっているということ。つまりはショックが大きすぎるということだ。


「じいちゃん達大丈夫かな」


「分からん。分からんが大丈夫であって欲しい」


 俺としては父さんもかなり心配だ。あまり人間観察に長けていない俺でも、気丈に振る舞っているのが容易にわかる。


 こんな状況にした犯人は一体なにを目的にしたんだ。教えてくれよ。

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