悪魔さん

 どうやら朝らしい。俺はあの後眠っていたようだ。時計を見てみると、7時になっている。部活……は流石に休ませてもらおう。

 部活を休むなら連絡くらいは入れないとまずい。そう思い携帯の画面を見ると、父さんから何回か連絡があったようだ。とりあえず部活には連絡を入れた。

 父さんに関しては朝なので家にいるかもしれないと思い、朝ごはんを食べる目的もあったのでリビングに向かった。


「おはよう。よく眠れたか?」


 そこには、かなり憔悴した様子の父さんがいた。厳密にはテーブル近くの椅子に力なくもたれかかっていた。


「一応……」


「無理はするなよ」


「父さんこそ」


 ここで起こっていることを双方が理解しているからこそ、会話を続けることが難しい。何を言っていいかわからない。この日常を壊した犯人は何を考えているのだろうか。俺には理解できない。


「えっと、昨日は」


「病院に行って二人を見てきたよ。綺麗な顔をしていたさ。苦痛に歪んだ表情ではなく、それはそれは穏やかだった」


 声の上では気丈には言っているが、顔の方は見ていられない。きっと俺も同じだろう。


「刺殺、だそうだ。あの二人は何かしたのか。私への恨みか。ならなぜ私を狙わらない! なぜだ!? なぜ!」


 徐々に大きくなった父さんの声。その絶叫は家の中に響いた。父さんの顔をよく見るの涙が出ている。堪えきれなかったのだろうか。はたまた、この受け止めきれない悲痛な現実をまだ現実のものとして認識できていないのだろうか。

 いずれにせよ、父さんが泣いて叫んでいる。この事実しか目の前にはなかった。


 俺はその姿を見ていられず、その場を飛び出した。まだ血の跡も残っているリビングは通るだけで二人の叫びが聞こえる。だけどそれを取り除こうとする気力はなかった。


「どこか遠くに行きたい」


 それは強がりでは決してない。偽らざる本音だ。でも、遠くに行ってどうするか、何をしたいかはわからない。

 そうだ、願い。願いはなんでも一つ叶う。だったら……いや、そんなことに使いたくない。それに関してはもっと考えよう。


「空ってこんなに暗かったかな」


 家を飛び出した俺が見た空は、今まで見た空の中で一番暗かった。太陽は出ているし、雲もない快晴であるはずなのに、暗かった。

 俺は陰惨な心地のまま公園に足を運んだ。特別な理由はないが、ベンチに座って少し何か考えられるかもしれない。そんな考えからだ。


 家から公園までは近くて歩いて5分もない。小さい頃はよく遊んだ公園だ。最近は通り過ぎるだけだったが何も変わらないままだ。

 ベンチの配置も変わらないし色も変わってない。だが、そんな変化のなさが無情だと感じてしまう。


「サタンを呼んでみるか」


「召喚、サタン」


 小さな小さな声でサタンの指定した言葉を唱えた。


「何も起きない……」


 そう、何も起きないのだ。だがそれは俺の勘違いであったことがすぐにわかった。

 ……俺自身が移動していたのだ。



 ーーーーーーーーーーーーーーー



「貴様、人目のつくところで召喚の呪文など唱えるでない。人目のつかないような場所で読んで欲しいのだがな」


 そこには少々取り乱している上に肩で息をしているサタンがいた。


「悪い悪い。特に問題がないと思ってしまったからな」


 正直、そんなこと考えているほどの心の余裕はなかったが、よくよく考えてみると、公衆の面前であのような魔法陣が現出するのは世間的によろしくない。下手しなくても通報案件だ。


「それで俺を移動させたのか」


「そうだ。ここは地獄ということになる。それで何なのようなのだ。我も暇ではないのだが?」


 そう言われてしまうと、少し申し訳ないとも思ってしまうが気にしないでおこう。


「話相手になってほしい」


「なんだ、友がいないのか?」



「友達ぐらいいるけど!?」


 思わず叫んでしまった。流石にサタンの言葉はいただけないからしょうがないということにしておこう。


「ではなぜ我を呼ぶのだ」


「それはその、事情を知っている奴がサタン、お前しかいないから……」


「……よかろう。我が話を聞こう。肉親をいきなり無くしたらどこにも吐き出し口がないからな」


 やはり機嫌は悪そうだが一応の理解は示してくれたようだ。


 だが困った。正直、何を話せばいいのか全くまとまっていない。


「こういう時はな何気ない話からするのが一番いいのだ」


 なんなんだこいつは。俺をどうしたいんだ。いや、俺に契約させる気は満々だから単純にサタンがいいやつってことも考えられるな。


「なんだ、せっかくアドヴァイスまでしたのに無視か」


「何で妙に発音いいの!?」


 ツッコミどころ満載な奴じゃねえか。どう対処したらいいのか分からん。


「む、和ませようと思っているのだがな、どうも逆効果なようだな。これは失敗か」


 何だこの謎悪魔はコミュ障? いや絶対コミュ障だよね!

 でも、なんだろう。この感覚。一瞬ではあるけど、サタンの馬鹿げた行為のおかげで辛いという感情を忘れることができた。


「お前、これを狙って?」


「話は終わりか?」


 ニヤリと口角を上げているサタンが俺の目の前にいた。食えない奴だ。だがこの時ばかりはサタンというある意味では俺の人生を惑わせるかもしれない悪魔に感謝したい。

 心のそこからそう思った。

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