ヤツの名前
「現場をご覧になりますか?」
その一言で私は警察と話をしている途中であったことを思い出した。
「え、あっ。はい、見ます」
「本当によろしいんですね?」
念押ししてきている。それだけ、ショッキングな光景ということなのだろうか。だが、私は見なければならない気がした。妻と娘が襲われたその現場を。
「では参りましょう」
壮年の警官はゆっくりと歩みを進める。私もそれに合わせて歩く。一歩進むたびに、日常が崩れていく音が聞こえた。
「リビングで奥さんと娘さんは倒れていた、と息子さんから通報がありました」
リビングに入る前に警官はそう説明した。私はただ頷くしかできない。
「もし、辛ければ見なくても構わない光景なんですよ?」
さらに、駄目押しで聞いてくる。しかし、私の覚悟は変わらない。警官に話すと、わかりましたと言い、リビングに私を入れた。
「ここに、ここに二人が倒れていたんですね」
私が見たリビングは私が知っているリビングではなかった。
周囲には血だまりができている。その血が身体から出てきて時間が経つのだろう。黒く変色して固まっていた。丁度、息子のもののような足跡もある。ドラマでしか見ない光景。それか私の眼前にはあった。
涙は出なかった。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「おい、起きるのだ小僧」
「またここか」
俺はまたあの不思議な空間にいた。前に来たのは、病院で倒れた時。今は、家にいる。ということは、また寝ているのだろうか。
「今度は何の用だ」
「そう、焦るな。お主に言い忘れていたことがあってな」
「言い忘れたこと?」
「そうだ、重要事項だ。貴様と我は既に魂同士の結びつきがある。故に、今からいう呪文を唱える、もしくは念じたらさ我を召喚することが可能になる。
呪文は『来たれ我盟友、ここに来るは、貴様の力なり。力は根元なり……』と適当に、雰囲気の出る言葉を枕詞に置いた後に『召喚サタン』といえば良い」
「最初の言葉必要なの!?」
「いや、貴様ら人間の小僧はこういった、なんと言ったか中ニ病だったか? それが好きと友人に聞いたのでな、貴様も好きかと思って言ってみたのだ」
俺の中のイメージが崩れていく。もう少し厳格なイメージがあったが、なんだこのコミュ障なものは。
「ひょっとしなくても、コミュ障か?」
「む、心外であるな。我が以前人間と関わったのは、貴様はニホンの暦でいうと江戸時代の頃。我も時代の変化は悟れるから、このように対策をしたのだ」
なんだろう。見た目と裏腹に、やっていることがすごく可愛らしい。もう少しからかいたい。けれどもこいつがこんなことのためにわざわざ現れるとは考えにくい。
「茶番は終わりにして、また現れた目的は? しばらく俺に考える時間をくれるんだろ?」
「ふむ? 何を言っているのだ。今回の要件はそれだけだぞ。これは極めて重要なことだ。さっきも言ったであろう」
逆に驚かれてしまったが、こっちが驚きたい。それだけで、仰々しく現れるなんて普通は思わない。
だが、一つわかったことはこいつの名前はサタンということ。サタン……どっかで聞いたことがあるような。
「もう一度言っておこう。我を呼ぶときは、召喚サタンと呼ぶのだぞ」
また言った。サタン、これはどっかで……
「サタンがお前の名前なのか?」
「言っていなかったか。そう、我は最高の悪魔たるサタン。そんな大悪魔と契約する機会を得たこと、幸運に思うのだな」
とても胸を張っているが、とりあえずこいつはサタンで悪魔。うん、なんか一回落ち着きたい。
「悪魔なんて実在したのか」
「悪魔は確かに存在する。世界には、複数の空間がある。地獄、現世、神界この三つだ。
貴様らの住まう空間が現世。これは人間のつけた名称であるから、わかりやすいであろう。そして我を含め悪魔は地獄と呼ばれる空間にいるのだ」
地獄……、また恐ろしい場所だな。針山とかがあるようなイメージしかない。逆に神界はなんだか楽しそうなイメージだ。
「地獄、現世、神界の三つと言ったがな、これはあくまで人間がつけた名称にすぎん。よって、宗教によって随分呼び方が異なるが、全て同一の世界なのだ。それだけ知っておれば何も問題はないだろう」
「そしたら、お前以外にも悪魔はいると?」
「その通りだ。人間が現世を住処にしているように、我々悪魔は地獄を住処にしているのだ」
そんなものなのか。想像しにくいな。でも、こんな不思議なことが起こっている以上、サタンが言ったことは真実なのだろう。
「我の用はこれで済んだ。願いが決まったらまた呼ぶといい」
「あっ、ちょっと待て!」
しかしその声も虚しくサタンは消えた。地獄にでも戻ったのだろうか。もう少し聞きたいことがあったが、それはまたの機会にしよう。
……そういえばここは夢の中だったんだ。思い出したら眠くなってきたな。不思議な場所だ。本当に不思議だ…………
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