病院

 救急車で運ばれた二人は病院に着いた時にはもう冷たかった。

 医者はそれをみると悲しそうな表情をして俺に残念ですが……と言った。

 涙は出なかった。呆然としていた。力も入らなかった。どうしていいか分からなかった。

 そこで俺の意識は暗転した。


 ーーーーーーーーーーーーーーーー



「ここはどこだ?」


 俺は現在とても不思議な場所にいる。ここに来る前の記憶がイマイチで曖昧だ。確か病院に着いて、医者と話した。そこから、そこからは……

 ダメだ。思い出したくてもモヤがかかっている。


「やはり哀しいことだ。貴様に落ち度もなく、このような残酷なことが起こるとはな」


 そこにいたのは先刻に突然現れたモノだった。


「なぜまた現れた」


「そんな怖い顔をするな」


 そのぬるりとした粘着質な言い方に妙な腹立たしさを感じてしまう。


「貴様、我と契約せぬか?」


「そんなに俺と契約したいのか。メリットはないだろう」


「我と契約を交わせば、貴様は貴様の肉親を死に追いやった輩を討つことができる力を得られる。そして、貴様は世界の見方を変えることができるだろう。それでも貴様はこの契約に旨味がないと言うのか?」


 圧力が怖い。全身から”契約しろ”と迫っているような感じがする。だが契約したらどうせロクなことにはならない。そもそもこれが俺の見ている夢なんだ。ええい、目を覚ませ俺。


「貴様は今どうせ夢だから目を覚ませと思考したのだろう?」


 な、なぜ……


「なぜわかったのかだろう?」


 バカな。そんなことありあえない。まさか!


「我は人間の思考を見ることができる。貴様もここまで強力ではないが、何かしらの特殊な力を一つ手に入れることができる」


 やはり……

 ならば俺の取る事のできる選択肢は少ない。


「一つ聞こう。お前と契約することによって、戦いを強いられたりはしないな?」


「過去の契約者はその強大な力故に、自ずと戦いに赴いていった。やはり、強いと相手からやってくる。それは貴様であっても例外ではないだろう」


「つまりお前から戦いを強制することはないんだな?」


「そうなるな。貴様の思うように力を使えばよいのだ」


 よかった。一応現段階では悪い話はない。だが、なんだこの違和感は。何か一つ重大な事を忘れている気がする。だがそんな力をもし得ることができるなら俺は犯人を……

 犯人? なんの? 母さんと月乃。月乃と、母さんはどうなったんだ? そう、確か……あっあぁぁぁ。


「貴様の置かれている現状を理解したか。悲しい事だ」


 犯人、そう俺は犯人をどうにかしないといけない。俺が二人を守れなかった分、犯人を捕まえる。そしてこれ以上、こんな目にあう人を。


「決めた。契約するにはどうしたらいい?」


「願い事は決めたのか」


「なんでも一つ、自由にと言ったな」


「そうだ」


 少し考えよう。それくらいの時間はきっとある。


「少し考えさせてくれ」


「よかろう。ではまだ会おうではないか」


 またしても俺の意識は暗転した。




 ーーーーーーーーーーーーーー


「……

 さん、敷島さん!」


 知らない女性の声がする。ここはどこだろう。さっきまでいた空間とは違う。


「敷島さん、大丈夫ですか?」


 身体をゆっくりと起こしてみると痛みもない。


「あの、ここは?」


「覚えてないかしら? 先生から話を聞いているときに倒れたのよ。多分、ショックからくる貧血とストレスだろうと先生は仰っていたのだけど、念の為に精密検査をしますから歩けるなら来てくれるかしら?」


 多分ナースである女性に言われるがままにした。正直、色々なことがありすぎて現実を直視できていない。というか現実を見るのが怖いというのもある。だけど、あいつと契約すると俺は言った。だったら願いを一つ決める。


「それじゃ少しチクッとするけど我慢してね」


 俺が考え事をしている間にも検査は進んでいく。

 時間はどんどん経過していって、ふと時計を見たときにはもう夕方になっていた。俺はもう一度、医者の所に来ている。聞けなかった事を聞くためだ。


「あの、先生。二人は、その直接の死因は」


「聞くかね? もっとも君が最初に発見したということだったから想像はできるかもしれないが」


 聞く、これは聞いておかないといけない気がする。


「お願いします」


「君のお母さんと妹さんの死因は司法解剖をしないとはっきりとはわからないが、失血死だろう。もしそうでなければ、即死だ。

 それと君は異常もなさそうだから、今日は帰っても問題ない。精密検査の結果はしばらくしてからだからまたそこにいる看護師に聞いてきなさい」


「ありがとうございました」


 失血死もしくは即死。その言葉は俺にはとても重たくて、辛かった。でもなんとなくは想像することができた。


「敷島君」


 診察室から出て行こうとすると医者が俺の足を止めた。


「敷島君、どんなことがあっても生きることに絶望してはいけないよ。君はまだ生きている。たとえ辛くて辛くてしょうがないときも生き続けるんだ。そうすればどんな暗い道にいても明かりは必ず見えるから」


「……ありがとうございました」


 思いがけない言葉にどう反応していいかとても困った。だけど今の俺にはあまり響かない、いや響かせることができるほど受け止めきれていない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る