運命の通過点
「えっ……と…………」
俺が入ったのは、冷やし中華の準備されているリビングのはずだ。そもそもここはリビングなのか? いや、場所は合ってる。流石に家でそれを間違えるなんてことはない。
訳がわからないぞこんな光景……
「えっと……」
思わず声が漏れででしまう。否、厳密には声を出さずにはいられないのだ。
そこにあったのは、そこに広がっていたのは……
「なんで月乃が、母さんが倒れているんだ……」
頭が妙に冷静だ。人は悲しみを通り越して、衝撃に変わり心の許容量を超えると感情が無くなるのだろうか。いや、そうだとしか思えない。
「そう、救急車、救急車だ」
ポケットからスマホを取り出して119番を押すと数コールで相手は出た。状況を伝えた。すぐに来るらしい。
俺は二人に近づいた。だが医学の知識のかけらもない俺にできることなんて限られている。
「ほう、無駄であるというのにやるというのか貴様は」
「あ……あっ」
驚いて声が出せなかった。状況が理解できなかった。さっきまでの背中が凍りそうな妙な冷静さは失われ、代わりに生じたのは動揺。
「何を狼狽しているのだ。と言っても無理はないか」
「お前は何なんだ?」
ようやく絞り出せた声。だったが抑揚はない。そして、周りを見てみると、なんだか暗い。時々中二病の代名詞ともされるような、魔法陣が見事に敷かれている。
その魔法陣から発せられていた、群青色の光は魅惑的で、この光に引きずり込まれ二度と出てこられなくなりそうだ。
「我は、そうだな……一言で言えば、貴様らの願いを叶える力を与える存在だ」
「なぜ俺の前に現れた」
「貴様が力を欲しているからだ。我らは不用意に人間の前に現れたりはせぬ。そしてそれが、召喚儀礼をしていたものであってもな。にもかかわらず我は引きこまれた。これは貴様が我を呼ぶに値する力を持っていたからに他ならない」
この人ではない不気味なモノは一体何を言っているのだろうか。俺の頭がおかしくなってしまったのだろうか。思考が追いつかないし、どう答えていいのかわからない。そもそもこれが現実に起こっていることかどうかさえも俺には判断できない。
「貴様は我と契約するのだ。そしてその願いを果たすのだ。それが貴様に与えられた宿命」
「契約?」
「そう契約だ。貴様は膨大な、文字通り人知を超えた力を得ることができるのだ」
「契約、すれば俺に何があるっていうんだ。何か? 母さんと月乃を助けてくれるのか?」
俺は一途の望みをかけて聞いた。そもそもこんな得たいの知れないモノに頼るべきではないのかもしれない。それでも、それでも俺は頼りたかった。それで二人が助かるというのなら、喜んで契約しよう。
「ふむ、それは無理な話だ。我は力を与えることはできる。しかし、貴様の肉親を治す力を与えることはできぬ」
ふざけるなーー
「何がふざけているというのだ」
声が漏れ出ていた。目の前のモノが言ったことが受け入れられなかった。自分勝手だとも思った。
「お前が母さんと月乃をこんな風にしたのか?」
「それは我ではない。愚かな人間がやったのだ」
モノはきっぱりと言い切った。あまりにも残酷にだ。体が小刻みに震えているがまだ大丈夫。
「なら、この二人は助かるのか?」
頼む……頼むから。
「はっきり言わないのも酷だ。無意味な希望ほど哀れなものはない。故に我はお主に嘘偽りなく伝えよう。
結論から言うと、二人は助からぬ。いや、もう二人はすでに」
全身から力が抜けた。近くで救急車のサイレンの音がする。
ああ、家のチャイムがなっている。行かないと……。でも足が動かない。
「困っているな。だがお主以外に見られると我も少々困るのでな。少しの間姿を消す」
もうアレに構っていることなんてできない。俺は力の抜けた身体で玄関まで這いつくばってドアを必死に開けた。救急隊員がそこにはいた。
「二人を、助けてください……
お願いします」
もう懸命だった。救急隊員は優しく俺にどこにいるのか問いかけた。リビングを指差すと、数人が入ってきた。もう俺はその場を離れて母さんと月乃の元に行くことができなかった。
そうしてあれよあれよという間二人は救急車で搬送された。俺もいつのまにか乗っていた。
「二人は助かりますか」
力のない声。俺にはそれしか出すことが出来なかった。
「そう、ですね」
救急隊員の表情が僅かに曇った。ああ、そんな反応するなんて。分かってしまう。俺もこれ以上は何を聞けなかった。
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