第5話 先生の秘密の場所 ~LIKEとLOVEの間~

 お互いトイレに入り、用を足す。

 私は手を洗い、戻ると先生が待っていた。

「秘密の場所に連れて行ってやる」

 そういうと、先生は私に近づき眼鏡を片手で覆った。

 

 そこからは先生の誘導に従い、教室を出て階段を上った。

 不意に先生が現れるのが早いのと手が乾いているのに気が付いた。

「先生、手を洗いました?」

 この質問に先生は一瞬言葉に詰まったようだ。

 と、扉の前に出た。

「少し目がくらむかもしれないから目をつぶっていろ」

「はい」

 先生は重い扉を開けて私を誘導し鉄格子を背にして私を座らせた。

 眼鏡と瞼越しでも先生の指が一本一本離れるのが分かった。

 そして、その隙間から赤い光が見えた。

 薄い瞼の色だ。

「ゆっくり、目を開けろ」

 まぶしい光が目に刺さった。

 思わず、半眼にしてしまう。

 予想通り、屋上だった。

 空が広く青く、制服を着ていても寒くも暑くもない。

「どうだ?」

「空が青くて広くて……綺麗です」

 先生の頬が吊り上がった。

「やっぱ、お前はすごいよ」

 何が凄いのかは今でもわからない。

 だんだん、眠くなった。

「先生、眠いです」

「寝ればいいさ」

「……なんか嫌です」

 その時、「大馬鹿野郎‼‼」と怒鳴り声がコンクリートの床を伝わって振動として私の尾てい骨を刺激した。

「あー、あいつ。相当怒っているな」

 先生が苦笑する。

『あいつ』とは、もう一人の「先生」なのだろう。

「あいつが怒るというのは、相当なことだ。隅田は、それに耐えて続けてきたんだ。凄いな」

 すると、先生は申し訳なさそうな顔になった。

「なあ、隅田」

「はい?」

「俺は、お前が好きだ。めちゃめちゃ好きだ。何なら、今からここでセックスをしたい」

「は?」

「でも、俺はお前を『愛せない』」

 先生が言いたいことは分かっていた。

 俗にいう「LIKE(好き)とLOVE(愛する)」ことの違いだろう。

 先生には奥さんがいる。

 病弱な奥さんだ。

 病床から出られない。

 先生は彼女を愛している。

 LOVEだ。

 でも、私は愛するのことができない。

 愛はお互いに愛する能力と責任が伴う。

 私には、それがない。

 好きなのは間違えないだろう。

 でも、それは極端な言い方をすれば一方通行でも成り立つものだ。

 例えば片思いとかがそうだ。

 LIKEとは、そういうものだ。

 それでも、私には十二分だった。

「先生は、奥さんを愛してください」

「……また、お前に気を使わせたな」

 私は話題を変えた。

「寝ちゃいますよ」

「……俺も寝ちゃおうかな?」

「誰が放課後に起こすんですか?」

「いいじゃねぇか、今夜一緒に寝て一緒に風邪をひいて学校なんて休んじゃえば」

 そう言いながら先生は上着を脱いだ。

「お前もジャケットを脱げ。交換だ」

 私は言われたようにした。

 先生の上着を上掛けにする。

 気持ちいい匂いがした。

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