第4話 陽の当たる教室
私は先生の腕の中で泣いた。
頭が痛くなった。
脳の酸素が足りなくなってきたのだ。
ちらりっと先生を見た。
先生は前を見ていた。
その形相は、今にも唇の隙間から牙が生えそうなほど鬼のようだった。
私に優しい言葉をかけてくれた人とは思えない。
怖くなって、私は俯いた。
だが、一瞬遅く目が合った。
「どうした?」
その言葉は優しく、温和な顔であった。
「もう、大丈夫です」
「もっと泣いていいんだぞ」
「頭が痛いんです」
「そうか……」
私と先生は窓辺の壁に寄りかかって座り、陽の当たる空き教室を見ていた。
「なあ、隅田」
先生は口を開いた。
「お前が背負っている荷物を『捨てろ』とは言わないが『軽く』してみないか?」
「……」
「俺が……」
「先生」
先生の言葉を私は遮った。
「私は大丈夫です。その優しさを他の、私以上に泣いている人に分けてください」
今思えば、生意気だ。
だが、先生は私以上に知恵があった。
「じゃあ、こうしよう。俺と同じ奴がもう一人いる。俺が他の奴を見ているとき、お前はそいつに世話になれ。そいつが他の奴を見るときは俺がお前を守る」
頭が痛いのに、また泣きそうになった。
「隅田。俺には、お前という最高の生徒がいる。俺の最後の見守らせる生徒になってくれ……そうだ、二人っきり、いや、三人っきりかな? になろうじゃないか?」
私は、その言葉は嬉しかった。
それでも、心の中にわずかに怒りや憎しみがある。
自分が情けなかった。
また、自殺願望が出てきた。
「俺の残りの人生、全部お前にやる。俺の金も命も望めばいくらでもくれてやる。俺以外のは流石に無理だけどな」
「でも、そうしたら……」
「お前が失った二十年を取り返したら、俺は八十の爺さんだな」
「! ……」
「大丈夫だって。お前は、そうなる前に自分勝手にどっかに飛んで行っちまうよ」
先生はケタケタ笑った。
と、急に真顔になった。
「俺は、お前の全てを肯定する。でも、一つだけ本気で怒ることがある。それだけは絶対するな。やったら、泣くほど怒る」
「何ですか?」
「お前が俺たちに飽きて地球の裏に行こうと勝手だ。でもな、俺たちの知らない場所に行くな」
私は悟った。
先生の知らない場所。
それは死後の世界。
――勝手に死ぬな
その言葉に私は頷いた。
と、人間には生理現象がある。
泣くだけ泣いたら、不意にトイレに行きたくなった。
私は立ち上がり、トイレに向かった。
「便所か?」
先生、あまりデリカシーというものがない。
先生も立ち上がる。
「ええ……一緒にトイレの個室は嫌ですよ」
「馬鹿、それぐらいわかっている。連れションする趣味はねぇ」
「じゃあ、なんで立ったんです」
「そりゃ、俺も小便に行きたいからさ」
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