第2話 愛を乞い、愛を否定したもの

 その『先生』と私は空き教室に行き、対峙するような形で向かい合った。

 先生が何か言った。

 何を言ったかは覚えてないが、私は遮るように、叫ぶように言った。

「ええ、そうですね! 全部私が悪いです!」

 普段の私は耐え忍ぶが、この時は何故か感情が爆発した。

 怒りの発露だった。

「いつも『お前が悪い』って言って暴力を振るう癖にどうして、いつもいざこざが起こるんだ!」

「あんたら、完璧人間なんだろ⁉ だったら、一瞬でも世界を平和にして見せろ!」

「私を殺せばいいじゃん‼」

 もう、何を言っているは本人すら整理がつかない。

 でも、もう、止まらない。

 止められない。

「じゃあ、お前はどうしたい?」

 その言葉に私は少し考えた。

「……死にたい」

「どうして?」

「みんなの迷惑だから……気持ち悪いから……自分のこと、大嫌いだから」

 この時、私は気が付いた。

 私には確固たる『私』というものがない。

 常に周りのイメージに合わせて、その通りの言動や行動をしていた。

 やってみたいこと、言いたいことを全部押し殺していたこと。

――優しくなければならない

――強くなくてはならない

――面白くなければならない

――タフネスでなければならない

 実際の私は違う。

 本当はただただ死ぬことを日々願い、周りに対して怯えていた。

 自分も含め世界全てが恐怖だったのだ。

 ただ、その恐怖が私の全てだった。

『ああ、あの先生も怒るのだろう』

 何度か相談してもみんなあきれ顔になるか怒鳴るかしなかった。

「聞き方を変えよう。お前自身はどうしたい?」

 また、私は考えた。

「……そんなものはない! 私は私を殺してきたんだ! 死にたいんだ! お願いだから、殺してよ……母ちゃんも父ちゃんもみんな喜ぶんだろ⁉」

 先生は黙っている。

 私は先生が怖くなった。

 同時に嘘がつけないと思った。

 先生が口を開く。

「分かった。もう、何も聞くまい。ただ、一つだけ質問させてくれ………何でお前は泣いているんだ?」

 この時、私は自分がボロボロに泣いていることに気が付いた。

 涙を止めようとしても涙は無数に出る。

 心に棘が生えたみたいだった。

「私は、生きたい」

 自分の口から発したのに、本人は予想外の言葉だった。

「生きたい……でも、私はみんなが好きで……でも、みんなから嫌われている。だから、みんなから離れて知恵袋的な立ち位置でいるのが一番いいんだ……だから、だから、これ以上に私の心をかき混ぜないで! ようやく、私は……私は……」

 言葉が継げなかった。

 ただ、流れる涙を止めるのに必死だった。

「隅田」

 私は呼ばれて前を見た。

 真っすぐ私を見据えた先生がゆっくり腰を折った。

 ほぼ、直角になった時、先生は静かに私に聞こえるようにはっきりと言った。

「ごめんなさい」

 先生の謝罪の言葉に私は呆然とした。

 ふざけているのでもない。

 安々と頭を下げる先生でもない。

 真面目に真心を持って謝罪しているのだ。

 だが、私の言った言葉に自分で絶望した。

「遅いよ……遅すぎたよ……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る