謎の天災

「逃げろっ!」


 咄嗟にそう叫んだが、どこに逃げればいいのかは自分でもわからなかった。

 鼓膜が破れそうな激しい金属音が、住処を守る銀色の石から聞こえてきた。立っていられないほど地面が揺れた。

 なにが起こっているかなんて考える余裕すらなかった。

 耳を塞ぎ、体を丸めてうずくまるだけで精一杯だ。


 皆の安全を願いながら待つこと数十秒。音が、やんだ。


「なんだったんだ……?」


 誰かの声は、その場にいる全員の思いを代弁していた。


「石になにかがぶつかったようだったが……」

「あんなに長い間? ずっとぶつかり続けるなんてあり得るのか?」

「じゃあ、なんだって言うんだよ?」


 不安からか険悪なムードが漂い始めたとき、ものすごい衝撃が住処を襲った。


「な、なんだ……!?」


 再び地面に手をつき、上を見上げる。

 住処を守ってくれている銀色の石から、破壊的な音が響いてくる。


 ほどなくして音はやんだ。

 だが、今度は誰一人として立ち上がらなかった。

 誰もが息を呑み、銀色の石を見つめていた。


 その視界に、いきなり大量の光が差し込んできた。

 思わず目を閉じたが、まぶたの裏からでもその光の強さがわかるほどだった。

 慣らしながらゆっくりとまぶたを開き、見えた景色に目を疑った。


「石が…………」


 住処を覆っていた石が、泡から身を隠してくれていた石が、我々を守ってくれていた盾が――なくなっていた。

 あれがなければ我々は、泡と水にさらわれてしまう。

 石はどこに? なぜなくなった? あの音は――


 押し寄せる疑問で固まりそうになった身体を、首を振ることで無理矢理に起こす。


 ――違う。今はそんなことを考えている場合じゃない。


「全員、身を隠せ!」


 これまでは石が住処を覆っていた。住処にいれば身を隠していられた。

 あえて身を隠すことなど考えなかった者たちが、「身を隠せ」と言われたところで、どこに行けばいいのか。

 そう思われることはわかっていて、それでも叫ばずにいられなかった。

 危険が迫っている。

 本能がそう告げていた。


 ウィィィィィィン……


 空の彼方から音がした。

 どこかで聞いたことがあるような気がした。

 思い出せないのに、背中が粟立ち、口の中が乾いていった。


「にげろ……逃げろ!」


 叫び、走る。

 音がもう間近に迫っていた。

 嵐の中にいるような轟音が我々のすぐ上で回っていた。


 竜巻かと思った。

 しかし中心に塊があった。その塊が高速で回転しているのが見えた。


「ドリ、ル…………?」


 気づいた瞬間、血の気がひいた。

 我々の身体の何百倍もの大きさのドリルが、空から近づいてくる。


「逃げろ! 早く、逃げるんだ!」


 ドリルを見つめて動けなくなっている者たちに向かって叫ぶ。

 叫ぶだけ叫んで、逃げた。自分の身を守ることに専念した。

 身を隠せそうな溝を見つけて滑り込んだその瞬間、轟音を立てながら地面が揺れた。

 呼び寄せる間もなかった。振り返る間もなかった。

 同じ溝に入れたのは十数人。他の者はどうしただろう。

 何人があの場に残っていたのか。何人が、犠牲になったのか。考えたくもなかった。


 跳ねるように地面が揺れる。

 身体中が震えるほどの音が響く。

 水しぶきが飛び、どこからか現れた巨大なトンネルが色々なものを吸い込んでいく。


 なにが起こっているのか。

 どうやったら助かるのか。


 考えても、わからなかった。

 無事でいられるように、祈ることしかできなかった。

 目を瞑り、歯を食いしばり、ただ、無事を祈った。


 本当はきっと数分だったのだろう。

 我々にはとてつもなく長い時間のあと、唐突に音はやみ、地面の揺れもおさまった。


 恐る恐る住処だった場所を覗くと、何十人もの仲間が無残な姿で転がっていた。

 きっと、それだけではない。

 何人かはあのトンネルに吸い込まれている。


 甚大な被害が出た。

 それなのに、どうしてだろう。

 まだ背中が粟立っている。まだ危険だと本能が告げている。


「あのひと、生きて……」


 隣から声がした。

 はっとして目を向けると、倒れていた仲間の一人が、立ち上がろうとしていた。

 血まみれで満身創痍だが、生きていた。

 絶望に沈んでいた空気が軽くなり、同じ溝に隠れていた仲間が一斉に駆けていった。


 その瞬間――


 差した影にぞくりとした。


「待て! 行くな! 戻れ!」


 咄嗟に出した声はきっと届いていた。

 だが、間に合わなかった。


 見上げた先にあった分厚い雲のような塊の不気味さに、全員が固まった。


「戻れ! 戻れ――――っ!」


 雲の塊が落ちてきた。

 住処だった場所にいた全員が押しつぶされた。

 満身創痍で立ち上がった仲間も、その者に駆け寄った仲間たちも、皆――つぶされてしまった。


「あ、ああ…………」


 生きていたのに。

 立ち上がろうとしていたのに。


 絶望をもたらした雲が空へと戻っていく。

 その雲の不自然なまでの白さは、定期的に襲ってくる泡の白さによく似ていた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る