わがまま姫の物語

密(ひそか)

わがまま姫の物語

むかしむかし、ある大陸の端の端、そこには小さな王国がありました。

その王国の王様と女王様はとても優しいお方でしたが、一人娘である、小さなお姫様はとてもわがままであると評判でした。


ある日、王宮に一人の少年が連れてこられました。ひょろりとして、真っ青な顔。あどけない顔はとても可愛らしく、なで肩の彼はとても頼りなさそうでした。

彼は兵士見習いとして王宮に上がったようですが、とても、そうは見えませんでした。

それでも、王様は言いました。

「むかしから、この国と隣国との間はいさかいが絶えない。身寄りがないとはいえ、この王宮に兵士志願で来てくれたことを感謝する!」


お姫様は、兵士たちの詰所にやってきました。

そして、自分よりも背の低い見習いにお姫様は命じました。

「王宮内で鬼ごっこをやるわ、あんたが鬼よ」

彼は王宮中を探し回りましたが、なかなか、お姫様は見つかりませんでした。それどころか、広く入り組んだ王宮内で迷子になって、しくしく泣いていた見習いを逆にお姫様が探し出す始末でした。

また、別の日には、お姫様は彼を王宮中、連れ回して疲れさせ、別の日には木刀を持たせて、こてんぱんにしました。

この兵士見習いとお姫様のことは、王宮だけではなく城下町まで噂が広がりました。自分勝手に好きなように振る舞う、「あの」わがままなお姫様に、いつも後ろをついてくる大人しい遊び相手が出来た、のだと。


「姫様、王様がおよびです!」

兵士たちの詰所に、一人の兵士が駆け込んできました。

兵士の中からドレスを来た、お姫様が立ち上がりました。お姫様は少女から美しい女性へと成長しておりました。

お姫様が聞きました。

「とうとう戦争が始まった?」

お姫様の横で一人の兵士が立ち上がりました。いつのまにか少年は青年になり、見習いから兵士になり、身長も体つきも立派になりました。

「お前も来て」

お姫様は兵士にこう言うと、謁見の間へ向かいました。


「2日後の朝に、戦争が開始される」

玉座から立ち上がって、王様は言いました。

「隣国とは今まで話し合いを続けてきたが、どうしても我が国を手に入れたいらしい」

謁見の間には、複数の人たちが集まっていました。

王様は、近くに控えていた初老の執事に言いました。

「城下町の者にも告げよ。戦える者は前線へ、戦えない者は城の中へ避難させなさい」


夜遅く、お姫様は兵士を王宮の屋上へ呼び出しました。月明かりの下、お姫様は兵士に言いました。

「明日から戦争になる。お前はとにかく逃げなさい」

兵士は黙って聞いていました。

「この王宮の人たちはとても優しいけれど、年齢の近いお前が一番、私と遊んでくれたね。そんなお前が怪我をしたり死んでしまうなんて絶対イヤ!」

兵士は口を開きました。

「姫様は、ひとりぼっちだった私に声をかけてくださいました。王宮中を連れていただき、おかげで私は道を覚えました。喧嘩もしたこともなかった私に、剣の稽古をしていただきました。父も母も亡くした私ですが、王宮に上がってからは片時も寂しくはありませんでした。いつも姫様がそばにいてくださったからです」

兵士は微笑んだ。

「姫様はわがままなどではありません。いつも、人のことを考えておられるお方です」

兵士は続けた。

「姫様のおかげで、私はとても幸せでした」

「……非常事態に、過去形でいい事を言って締めようとするなんて、完璧な死にフラグ立てないでよ」

姫様は真面目な顔で言いました。

「これから言うことは絶対命令として聞きなさい。この先、この国のことなんか考えなくていい。お前は自分が兵士だということはすっかり忘れて、さっさと逃げて! この世界のどこにいても構わないから、お前には必ず、生きていて欲しい!」

姫様は兵士に、最後のわがままを言いました。


翌朝、小さな国と隣国との戦争は始まりました。戦争は数ヶ月間続き、両国は荒れました。両国の資金と物資が尽きた頃、戦争は終結を迎えました。


小さな国が国の復興を始めた頃、この国のお姫様は勇敢な兵士と結婚しました。

いつも、わがまま姫の後を追いかけていた兵士は、初めて、姫様の命令に逆らいました。逃げ出すことはせず、最後まで兵士のままで隣国から王宮とお姫様を守りました。

国の復興中の結婚は、王族側の希望というよりも民衆の要望から出たものでした。

こうして、わがまま姫と姫に振り回された兵士の2人は、いつまでも仲良く暮らしました、とさ。めでたし、めでたし……。

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わがまま姫の物語 密(ひそか) @hisoka_m

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