転生したカウンセラーは異世界で相談所を開いたようです

なねの

Case1-1 異界のお悩み相談所

 個人は、どこまでいっても結局は個人だ。

 私はあなたになれないし、あなたは私になれない。

 私は、あなたやその他のみんながどんな風に世界を見て、聞いて、触れているのか知らない。私の感じている世界を、あなたたちは知らない。

 あなたたちがどう思っているのかは知らないが、それでも私は解りたい、それでも私は解ってほしい。

 誰もが理解し合える…いや、誰もが理解し合おうとする世界は―――優しい世界になり得るだろうか。



                   ●



 “一つの世界”カリスの西端に存在するとある町、トルーア。陽は西の水平線に沈もうとし、港が紅く染る景色が見られる刻限。東の山のあたりは既に紺に沈み、子月が淡い光を放っている。もう少し経てば、一回り大きい親月も、後を追って顔を出すだろう。紅と紺の狭間では石畳と木組みの家屋の街並みが、仕事を終えた人々とともに忙しない時間を送っていた。

 新しい年とともに様々な始まりをもたらす一の節。その初旬のある一日の終わりに、ある家族にも始まりと終わりがもたらされた。


 「このヤロウ、ふざけんじゃねーよ!!」


 中年の女性が家の外まで響くような怒声を上げる。同じ部屋には怒鳴られて俯く老婦人と、その間でおろおろとする若い女性の姿があった。


 「テメェ、この…なん…チクショウ!」


 一発怒鳴ったところで、ふとカッとなってしまったことに気づいたのだろう。中年女性の声は抑えられてはいたが、しかしそれでも、およそ婦人のものとは思えぬ剣幕である。


 「……私は…………」

 「だから!はっきり!!話せないのかい!!!」


 老婦人の顔は俯いたままであり、何を思っているのか周囲にはわからず、あるいは既に思考や感情が失われたかのようにも見えた。対して怒りにまかせてまくしたてる中年女性。両者ともに、まともに話ができる状態ではなかった。おどおどしつつも、まだ冷静な若い女性が間に入ろうとする。


 「お母さん……これではおばあちゃんも話せないでしょうから、少し落ちつ「今さら婆さんの言うことなんて受け容れられるかい!何で早く言わなかったんだ!」


 若い女性の努力も虚しく、蚊帳の外の孫を置き去って中年女性の怒りは加速していった。そもそも、落ち着いていない人間に「落ち着け」と言って落ち着いたためしなど無いのである。


 「アンタ…アタシたちに迷惑ばかりかけて…」

 「……え……」


 老婦人は顔を上げる。生気に乏しく感じられる顔に、動揺が表れていた。ようやく見られたその感情の動きは、しかし声にはならず、暴走機関車と化した中年女性に届くことは無い。


 「言いたいことがあるなら、はっきりと言いやがれ!」

 「あ………」

 「…もういい!アンタなんて…アンタなんて…」


 ほんのひと時だが静まり返る。その後に続かんとする言葉は、その場にいた者たちには容易に想像できた。故に、中年女性は躊躇し、若い女性は決意した。


「もうやめてください!!!」


 若い女性が、中年女性を超える大音声で割って入った。今度は声だけでない。両者の視線を遮る形で、身体ごと押し入った。その視線は中年女性―――若い女性にとっての母に向けられている。


 「話になりません!お母さんは取りあえず外に出て、頭を冷やしてきなさい!」

 「………わ、わかりました……。」


 突然の豹変に圧されたか、怒りの対象が視界から外れたのが功を奏したのか、案外素直に中年女性は引き下がった。戸を出ていく中年女性の背中に未だ纏われる怒りとともに、どこか悲しみが漂うように、若い女性には感じられた。


 「……ありがとうね…」

 「……おばあちゃんも、ひとまず今夜は休んで下さい。」


今度は部屋にもどる老婦人に視線を向けながら、若い女性は大きな戸惑いと、はっきりとした悲しみを感じていた。



                  ●



 「……つまり、娘さんとの喧嘩が……相談に来られたきっかけ、ということですか。」


 ケントは、机を挟んで右斜め前に座る老婦人―――ロベリーに確認する。

 

 「ええ……あの後、孫にこの場所……『相談所』に行くよう勧められて……」


 『相談所』。

 トルーアに存在する唯一の、日常生活上の“悩み”を専門的に扱う相談機関。現代日本で言うところのカウンセリングルームのようなものである。

 その主、つまるところのカウンセラーであるケントは、ロベリーから机を挟んで斜め前の位置に、穏やかな、それでいてどこか深刻そうな表情で座っていた。

 ロベリーの正面には窓があり、昼過ぎの陽光を反射し輝く海が見えた。目が合わなくても自然な位置であり、それが今のロベリーには有り難かった。


 「そうでしたか。大変なところ、お越しいただいて、ありがとうございます。」


 ケントは一貫して丁寧に応対する。

ロベリーがケントという噂の人物に会ったのはこれが初めてであった。30歳そこらの人物とは聞いていたが、実物はもっと老けていそうに見えた。衣服は簡素だが清潔、整えられた短髪、キレイに剃られたヒゲ、穏やかな物腰等々、容貌は中庸平凡だがよくよく見れば好青年と思える。しかし、どこかくたびれたような雰囲気が強く、それが若々しさを奪い取っているのだろう。


「あの……こんなことで相談なんて……良いのでしょうか…?」


 ロベリーが目を合わせないままに、弱弱しく尋ねる。


「…来られたみなさんが初めはそう思うようですが、悩みや苦しみに大小はありません。悩んでいて、辛くて、前に進むために誰かの力が必要だと思われるのでしたら……どんな悩みでも私は力をお貸ししたいと思っています。」


少し間をおいて返ってきた言葉を聞いて、ロベリーが少しだけ顔をケントに向けた。


 「……ありがとうございます……よろしくお願いします。」

 「承知しました。あらましはお聞きできたので、今度は細かい部分についても質問させてください。差し障りの無い範囲で、教えてくださいね。」


 相談をしに来たはずのロベリーだが、話すスピードは遅く、話の途中で考え込んでしまうため、なかなか話が進まない。さらに、声が小さく、俯きがちであるため、話を聞き取りづらい。身なりや態度からしてそれなりに良い家柄の貴婦人であることはわかるが、全体的に気力に乏しい印象である。

 普通にはイライラするコミュニケーションであろうし、娘が怒る一方だった一因でもあるのだろう。だが、ここは相談所である。ケントは努めて平易に話を進めていった。表情は、無表情よりは少し微笑みに近いものを作る。ロベリーに合わせるように、ゆっくりと、静か目に話していた。


 「喧嘩の前は、ご家族の仲はどうだったんですか?」

 「悪くはありませんでした……いえ、良かった方だと……思います。私と、娘夫婦と、孫の四人で……。」


 矢継ぎ早にならないよう少しずつ間を空けて、質問をしていく。


 「例えば、どんなことが良かったんです?」

 「そうですね……例えば……娘と孫と三人で食事やお菓子を作ったり。娘の夫は婿養子なのですが、それでも仲は良くて……夜は私たちの作った食事を囲みながら……団らんと言うのでしょうね。」

 「…それは楽しそうだ。それだけに、娘さんとの喧嘩はさぞお辛いことでしょうね。」

 「ええ……それはもう。」

 「それだけ仲が良かった娘さんと、喧嘩をしたきっかけは何だったんでしょう?」

 「……ええと……それは……。」

 「………」

 

 少し会話に間が空く。ケントは待つことにした。ロベリーが答えを考えているように見えたためだ。


 「……数節前から、体調を崩していまして…………そのことで娘にも孫にも迷惑をかけていたんだと思います…………。」

 「そうでしたか。何か必要なことがあれば言ってくださいね。配慮します。」

 「あ…いえ……疲れやすかったりもしますが、今は大丈夫です…。私も…もう年ですから…仕方のないことなのでしょうね……。娘たちにも心配をかけてしまって……申し訳ない……。」


 表情の変化に乏しいロベリーだが、ケントにはこの時、さらに影が差したように思えた。老いの話であれば、本人も周囲もそれを良く思わないのはあり得ることだった。


 「そうですか…。お身体の調子について少し聞いても?」

 「ええ……かまいません。」


 身体の様子としては、聞いた内容をまとめるとこのようだった。食欲は落ち気味。あまり眠れない。寝つきが悪くなったのもあるが、朝方早くに目が覚めるのもある。目覚めるとそのまま悶々と家族のことなどについて考え始めてしまい、もう一度寝付くことができない。そのまま朝から午前中にかけて調子が悪いが、午後になると段々と持ち直してくる。今日ここに来たのも午後の昼過ぎだった。


 「ああ、それは大変でしょうね……。」

 「でも……私のことより、家族に迷惑をかけることが辛い……。」


 ロベリーの症状について、ケントにはある程度の推測があった。全体的な活力の無さ、表情の乏しさ、食欲や睡眠の不振、強い自責感。現代日本で言うところの抑うつ症状に被るところが多い。ここに自殺願望が加わる場合もあるが、今回は見受けられない。

ただし、直接のきっかけである喧嘩から日が浅く、ここまで来て話をするエネルギーは残っていることも含め症状としては軽度で、いわゆるうつ病と診断されるまでには至らない。今のところでは、そう思われた。

 軽度ではあるが、実を言うと、この世界で、少なくともこのトルーアでここまで精神症状が表れているのは実は珍しかった。そもそもカリスには精神障害という概念が無いのである。


 「お医者にはかかっておいでで?」

 「ええ……エリック通りの診療所に……。」

 

  話の流れを遮らないようにしながら、さらに面接を進める。その中で、ロベリー自身と家族の経歴や性格についても、ある程度は知ることができた。。

 ロベリーはやはり裕福な商家の生まれで、十分な教育も受けて育ってきた。この世界では教育は未だ普及しきっておらず、良質な教育を受けられるのは一握りの子どもに限られる。この世界としては標準的な年齢で同じく裕福な家に嫁ぎ、その家のもとで子どもや孫も産まれた。そのため、娘と孫も同じように教育を受けられたらしい。お金にも教育にも困らず、家族仲も良かったと言う。

 ロベリーの夫は数年前に亡くなっており、家は婿養子が継いでいた。世代交代があっても、商売の方もうまくいっているようだ。


 「最後にもう一つ、聞かせてください。ロベリーさんは、ここで相談して、どうなりたいと思っていますか?」

 「………。」


 ケントには、ロベリーが長く考えていたように感じられた。実際の時間がどうというわけではない。クライエント―――相談する人のこと、呼び方は他にも様々ある―――が未来をどう捉えているかは、相談を受ける側にとっても重要なことなのであり、その答えを待つ時間は重たいものなのだ。かといって軽い調子で答えられても、それはそれでどうかと思ってしまうが。


 「私は……また昔のように過ごしたい……。」

 「昔……。」

 「家族で……また……幸せに……」


 乏しい表情に、涙がこぼれていた。



                    ●



 「で?で?で?どうだったんですかぁ?」

 「うるさい。?が多い。うっとおしい。」


 受け付け奥の執務室に引っ込むや否や、待ちかねたと言わんばかりのリリーが迫ってきた。

 この娘、事情があって住み込みで働かせているのはいいが、こういう場所のスタッフとしては陽気すぎるきらいがあるとケントは思っている。実際のところ、17歳という年相応に可愛らしい見た目と、その接客スキルによって、クライエントからの評判はとても良い。ただケントだけは、やけに明るい性格も、動くたびに揺れる栗色のポニーテールも、「真夏の太陽なみにうっとおしい」と言うのだった。


 「夏の太陽って、それ褒め言葉じゃないの?眩しくて魅力的!」

 「暑苦しい。眩しいのも嫌だ。夏は毎年、早く冬になれって思ってる。」

 「うわぁ…陰気なことで。」


 相談所唯一のスタッフで、しかも接客から掃除から一手に担ってもらっている以上、ケントとしてはそうそう文句は言えないはずだが、この男は容赦なく悪態をつく。リリーにとっては慣れたものだが、やはり腹立たしいと思うこともあった。だが、今回はスルーだ。


 「で、で、で?」

 「大王?」

 「なにそれ?今回はどうなのっていう話よ。」


 ロベリーには待合室で待ってもらっている。ロベリーの相談は今回が初回なのでインテーク――相談の内容やクライエントの現況を聴き、相談所で受けられるかどうか、受けるならどのような方針で進めるかといったことを判断する面接だった。今後については、できれば知識や経験のある人が複数で検討したいところなのだが、心理学や精神医学の知識の普及していない異世界ではそうもいかない。一人で考えるよりは良い、とリリーに意見を聴いているのだった。


 「何度も言うが、絶対に相談内容を他言するなよ。」

 「何度も言わないでよ。いい加減わかってるって。」

 

即答するリリーに対して、訝しげな顔をするケント。


 「俺が勇者のパーティにいたって噂を撒いたのは誰だ?」

 「だから、それアタシじゃないって。」

 「トルーアで、それを知ってるのはお前だけだ。」

 

 ため息をつきながら、リリーが返す。


 「あーもう何回目よ、これ。いいから早く内容教えて。クライエントさん待たせてるんだからね。」


 日本でならば一度帰ってもらって電話やメールで連絡するという手段があるが、この世界には電話が無い。遠距離連絡用の魔法はあるらしいが、そういうものは大概が軍事用に使用され、一般に広まることはそうそう無い。一度帰って、連絡のためだけにまた来てもらうのもはばかられるため、クライエントには待ってもらうことになる。リリーの言う通り、くだらない言い合いをしている場合でもなかった。


 「……とまあ、こういうわけだ。」


 一通り、おおまかに説明した。細かい部分は話しながら確認していくことになる。


 「……珍しく、重たいんじゃない?」

 「このあたりじゃ珍しくはあるがな……まあ、さほど重くはない。」

 

 リリーには、ケントが異世界人であることは話していない。この世界でそれを知っているのは、ケントの他には数人いるだけだ。自分が他人と“異なる”ということを話すのには、それなりに勇気が要る。その勇気が持てないケントにっては、リリーがあまり深く詮索しないでくれることに助けられていた。


 「いや、“このあたり”で起こってる話なんだからさ。“このあたり”で珍しければ十分問題なんじゃないの?」


 抑うつは、現代ではよく見られる症状だ。ストレス社会と呼ばれるだけあって、多くの人間が抱えきれないストレスを何とか抱えようとしてもがいている。“それはさすがに無理があるから休め”という心身からのSOSが、抑うつ症状という形で表れるのだ。ところが、この世界では精神医学的な症状はとても珍しい。ケントはかれこれ数年をこの世界で生きているが、“実際はそれなりにあるけど単に知識が普及していないから気づかれていないだけ”、という問題ではなく、本当に少ないように思えた。


 「確かに問題ではある。が、症状自体に対処することはそう難しいことじゃない。」

 「というと?」

 「ストレスの元―――ストレッサーと呼ばれるが―――これから離れて休息すれば収まっていく可能性が高い。それに、エリック通りの診療所には気分の落ち込みに効く薬があるから、俺から説明すれば処方してもらえるだろ。」


 もともと身体の病気に付随して気持ちの落ち込みが見られることはままあることだ。そのため内科でも使用されていたのだろう。ちなみにこの世界の薬は自然由来の薬草と日常的に行使される魔法を組み合わせて作られる。そのため、副作用は穏やかで、薬に対する人々の抵抗感も小さい。その分、効き方も穏やかではあるが。


 「あー、でもさ?症状だけ抑えたって意味無くない?そもそも家の中の問題なんだから、ストレッサーから離れるのは難しいでしょ。それに、ロベリーさんの希望は仲直りなんだよね?」


 これならどうだとでも言いたげにリリーは返す。

 どこかケントを言い負かしたいというリリーの気持ちが見えて、ケントとしては認めたくないものもあるが、実際その通りだった。

リリーにはケントとの議論にもしっかりついてこれるだけの力がある。だからこそ、ケントとしてもリリーに意見を求めるし、話し合っていると問題が整理されていく感覚もあった。


 「お前、見た目に反して頭は良いよな。」

 「こんな可愛い見た目の女の子が、頭悪いわけないじゃん。」


 お互い冗談じみた口調で言いあうが、


 「いや、そんなこともないぞ。可愛くても中身空っぽなんてザラにある。むしろそんな奴ばかりだ。見た目に騙されて恐ろしい目に遭いたくなければ、常に警戒しなければならない。」


 なぜか急に真顔になるケントだった。


 「なんか女性に変な偏見持ってない?」

 「油断すると、モンスターごと爆破されたり、鹿と間違われて狩られそうになったりするんだぞ。」

 「何なの、その経験談は…」

 「もう……あんな目には……遭いたくない……」

 「……30代独身の闇を垣間見た気がする……。」


 本気でうなだれる独身男を見て、本気で引く17歳女子がいた。


 「もういい加減、本題を進めましょ?症状を抑えるだけじゃ、家の中の問題は片付かないよね。」

 「そうよな。」

 

 リリーの疑問に、闇を再封印したケントが頷く。


 「どうするの?」

 「家族へのアプローチという話なら、それはどうにもしない。」

 「は?」


 リリーが睨みつけるが、ケントはどこ吹く風といった調子で続ける。


 「俺が家までしゃしゃり出ていって、お婆さんを大事にしなさいって忠言するのか?それは違うだろ。あくまで解決するのは本人たちじゃなきゃいけない。俺にできるのは、ここでクライエントに向き合うことだ。」

 「…そう。結局、方針は?」

 「面接は継続する。投薬も依頼する。後は実際にロベリーさんと話しながら進める。」


 もっともらしく頷きながら話すケントだが、リリーはどこか納得いかないようだった。


 「なんかフワッとした方針だよね。いつもそうだけどさ。」

 「まあ、症状をある程度同定して、それを抑制する算段がついただけでも良しとしよう。今回で全てがわかったわけでもないし、決まった方針は立てられない。」

 「体調の不振がきっかけで家族とトラブルになった。それが原因で抑うつ症状が表れた。だから、家族の不仲を解消すれば全部元通り。仲直りの方法を考えましょう。ってことじゃないの?」


 リリーが問題をざっとまとめる。


 「それは一つのストーリーでしかない。そういう可能性もあるし、そうでない可能性もある。決めつけちまったら、そうでなかった時に取り返しがつかないこともあるだろ。」

 「じゃあ、他にどんな可能性があるの?」

 「わからん。」


 即答だった。


 「あら、投げやりな回答。」

 「ひっかかってはいる。喧嘩のきっかけ、本当にただの体調不良かって。それだけで大喧嘩になるのか?それに、その話の時だけ少し雰囲気が違った気もする。」

 「そこも本人に確認しながら進めるってこと?」

 「他にもわからないと思うことはある。そこも含めてだな。ま、クライエントさんが本気でどうにかしたいと思っているなら、いずれまた触れなきゃなんない話だろ。」


 さてと、とケントは立ち上がる。リリーの方はやはり消化不良といった顔だが、追って立ち上がった。


 「とりあえず週1での継続を提案するけど、空いてるか?」


 繁盛するのは嬉しいことだが、二人でまわす以上は限界がある。最近は忙しさに余裕が無くなってきている感じもする。


 「大丈夫。ケントが大変になるだけだから、大した問題はないよ。」

 

 リリーが淡々と言い放った。


 お気楽なやり取りをしながらも、実際のところ、ケントは晴れない気持ちでいた。通常、何度面接を重ねたところでわからないことはたくさんある。クライエントはカウンセラーを頼ってきていても、全てを話すとは限らないし、ごまかしや嘘が織り交ぜられていることは多々ある。いつものことではあるが、ケントとしてもやはり釈然としない気分もあった。


 「よし、行くか。」


 今は考えても詮無いこと。ケントは、割り切って待合室へ向かう。リリーは予約票を持ってそれに続いた。

 

ロベリーのインテークは、1週間後に一回目の予約を入れ、ケントが書いた診療所への依頼状を渡して終了となった。


 

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