第4話 手紙

 四月。

 中学校の入学式の朝、制服に袖を通した蒼志は父の方へ目をやった。父はうなずき親指を立てた。遺影の母の笑顔が今日は特に輝いている。母の前に置いていたハンカチをズボンのポケットに押し込んだ。


「っしゃあ!」


 蒼志が玄関のドアを勢いよく開けると桜が舞い込んで来た。そこには松本コウキと翔馬が立っていた。


「ひっさしぶりやなぁ、しろうさぎ!やっと冬眠終わったんか!」

「蒼志、久しぶり!一緒に行こっ!」

 にかーっと笑った二人に蒼志もにかーっと笑い返した。


 春の嵐は通学路を吹き抜け、どこからともなく桜の花びらを運んでくる。毎日父と二人で走ったこの道を松本コウキを真ん中に三人で歩いた。ブレザーを脱ぎ捨てたくなるほど暖かい。

 真ん中で喋り続ける松本コウキを挟んで翔馬と目を合わせた。それだけで腹から喜びが溢れそうだ。


「で?お前、クラブ何するねん。俺と翔馬は野球部や。一緒に入るか?」

 蒼志は微笑みながら首をふった。

「俺は陸上部に入るよ。」

「お、おれ……お、おぅ。お前……なんか変わったな。そうか。陸上部か。」

「何で陸上部なん?」

 蒼志はしばらく考え、

「陸上部は女子がいるからだよ。」

とすました顔で言った。

「……!!」

 二人は目が点になり、立ち止まったまま固まってしまった。頭に桜の花びらが舞い落ちている。


「……。入魂のボケだったんだけど……。」

 ガクッと肩を落として寂しそうに二人を見た。しばらく固まっていた二人は、

「おいっっ!なんでやねん!」

 とベタな突っ込みを返したが、蒼志が気持ち良いほど笑うのでつられて笑っていた。


 そうこうしている間に三人はクラス発表の掲示板の前に着いた。新中学一年生は四クラス、百二十六人いる。この地区は子供が多いのだ。


「あっ!」


 三人は同時に声をあげ、目を合わせた。


「よっっっっしゃあああああ!!」


 一年三組の三人が力強く抱き合うなか、祝福するように学校の桜が舞い踊った。




さやへ

元気だよ。父さんも相変わらず楽しそうにしてる。


あの時のことは俺自身の問題なんだ。さやがケガをしたからじゃない。俺はすごく弱くて逃げていたかった。


でももう大丈夫。一人じゃないってやっと気付いたんだ。自分をひとりぼっちにするのはやめるよ。強くなれたような気がする。だから、もうお守りはいらない。このハンカチはさやが持っといて。


それから秘密基地のこと覚えてるよ。ラジオの直し方を覚えたから今度直しに行くよ。その時はまた一緒に山の秘密基地に行こう。


こっちでも星は見えるんだ。そっちの空と繋がってるんだな。

引っ越しの時に何も言わず行ってごめん。

また手紙書くよ。




 制服のポケットからハンカチを出して机の上に広げ、刺繍の字を指でなぞった。


「そうし」


 青色の糸で母が刺繍してくれたものだ。遺影の母を見た。桜の花びらがついている。

 ハンカチの真ん中に花びらを置き、丁寧に折り畳んで手紙と一緒に封筒に入れた。


──君がいて良かった。

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