紫苑


「そう言えばさ、この間ゆかりちゃん見たよ。相変わらず綺麗だなぁ」


 大学時代の友人と、久々に会って飲んでいた。思い出話に花を咲かせていると酒も進み、酔いも心地よく回ってきた頃、友人が何気なく言った。その一言ですっと酔いがさめた。いや、当たり前か。そもそも、話題にならないわけがない。


「──もう別れた」

「……は!? お前と!? ゆかりちゃんが!? いつ!?」

「他に誰がいるんだよ。……三ヶ月くらい前かな」

「まじかよ……信じられねぇ。超仲良かったじゃん、お前ら。待ち受けお揃いにしたりさぁ」


 友人も、俺の衝撃発言に酔いもさめてしまったようだ。無理もない。学生時代はあんなに──周りから「お前ら結婚するんだろ」とからかわれたくらいに、仲が良かった。


「……何で? てか、どっちから?」


 これは長くなるな。言わないと面倒だ。本当ならペラペラと喋りたくはないが、相手は久々に会った親友だ。ゆかりと付き合ってた頃も相談に乗ってもらったりした。話さなければいけないな。


「前からだんだん冷めてたんだよ。いつの間にか、あいつに対する感情が愛情じゃなくなってた。だから、俺が振った」

「……もったいねー。いい子だったのに」

「んなことわかってる」


 少し苛立ったような口振りに、友人は口をつぐんだ。いい子なのは、分かっている。いい子だから、俺が別れを切り出したときも、何も言わずに受け入れてくれた。俺は、最後まであいつに、あいつの優しさに甘えたんだ。


「……どんな感じだった? ゆかり」

「どんな感じって……普段どおり、だよ。多分」

「そか」


──良かった。

 思ったが口には出さなかった。今は違くても、一度は本気で好きだった彼女。俺のことなんか忘れて、幸せになってほしい。振っといてそう思うのは、都合が良すぎるかもしれないけれど。


「……で、今はお前彼女いんの?」


 この話を続けるのは、まずいと思ったのだろう。しかし、話題が微妙に被っているのは、やっぱり酔っているからなのか。


「……いや、いないけど」

「んだよ。やっぱお前、振っといてゆかりちゃんのこと引きずってんだろ?」

「……んなわけないだろ」


 引きずっては、いない。未練もない。

 俺は俺で、新しい恋をするだろうし、彼女もまた、誰かと恋に落ちるだろう。


──ただ。


「……忘れることは、ないんだろうな」


 独り言のように呟いた。彼女と過ごした三年の日々は、少しずつ薄れていくだろうけど、完全に消えてしまうことはないのだろう。確かに恋をしていた、あの日々。





*紫苑の花言葉:「君を忘れず」

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