エンゼルランプ


 ドスン。

 今日何度目になるのかわからない、畳に落ちた衝撃音と、腰にジンジン響く痛み。僕は倒れたまま、僕から一本とった彼女の顔を眺めた。口をへの字に曲げて、険しい顔で僕を見下ろしている。


「……強いねぇ」

「あんたが弱すぎるのよ!」


 返す言葉もない。僕は苦笑を浮かべながら、差し出された彼女の手に甘えて、ゆっくり立ち上がった。立ち上がると彼女の方がかなり小柄なのに、何であっさり投げ飛ばされてしまうんだろう。


「あんた、筋肉つかない体質なのよ。たぶん。習い始めてだいぶ経つのに体格が一つも変わってないもの」


 彼女は、少しだけ乱れた襟を正しながら言う。確かに、僕の体はびっくりするくらい筋肉がつかないし、ひょろひょろだ。小学校来のあだ名は「もやし」「ガリレオ(ガリガリだから)」「ヒョロ男」……こんなのばっかり。我ながら情けない。


「あとから入ってきた子にもどんどん抜かされてるじゃない。あんたこの間、中学生に負けてたでしょ。見てたんだから」


 まさか見られていたとは思っていなかった。僕は恥ずかしいやら情けないやらで、彼女から目をそらした。今や僕はこの道場最弱……そして、道場主の娘である彼女は、事実上主の次に強い。……参ったな。


「……あんたさぁ、柔道……てか、運動全般、向いてないと思うよ。辞めたら? ここの娘が言うことじゃないけどさ」

「いや……うーん……」


 彼女はズバズバと痛いところを突いてくる。僕は彼女の言葉に対して曖昧な返事をした。

 もちろん、向いてないことなんてはじめからわかっていた。それを承知で始めたんだから。でも、直で言われるときついなぁ……。


「辞めれない理由でもあるわけ?」

「いや……その……」

「……もしかして、門下生の誰かに脅されてるとか? 辞めたらぶっ飛ばすとか、そういう──」

「いや、違くて……えと……」

「じゃあ何か他に理由があるの?」

「あ……と……」


 ずいっと迫る彼女から、逃げるように後退りする。

 言えないよ。あなたのその凛とした強さに魅せられて、あなたみたいになりたいと思ったなんて。


 そして、おこがましくも──


「えと……守りたいものが、あるから……」


 こんなことを、考えてるなんて。

 彼女は、ふーん、と小さく言った。興味がないのか、本当に納得したのか。分からないけど、とりあえず話題が終わったようで安心した。

 今はまだ弱い僕だから、言えないけど。いつになるか分からないけど、せめて彼女から一本でもとれたら、伝えてもいいだろうか。彼女に抱いたこの気持ちを。

 誰より強いあなただから、誰よりも強くなって。


──あなたを、守りたい。





*エンゼルランプの花言葉:「あなたを守りたい」

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