サフラン


「尚美ちゃんっ! 一緒にかーえろ?」


 私は荷物をまとめながら、その男を一瞥する。名を、高田輝彦。顔はまぁまぁいい、クラスメイトだ。屈託のない笑みは少年のようで、他の女の子ならコロッと騙されてしまうかもしれない。でも、私は違う。


「1人で帰れ、ストーカー」


 そう言い残すと、私は高田を置いて教室を出た。「えぇ!?」と声が聞こえた後、どたばたと騒がしい音が聞こえる。きっと、慌てて私を追いかけて来たのだろう。しかし私は後ろを見もせず、昇降口へと向かう。


「……ついてくんな」

「俺も方向一緒だしぃ?」


 にやにやと笑いながら私の少し後ろを歩く彼に、心の中で舌打ちをした。

 いつからだったろう。こいつがしつこくまとわりついてくるようになったのは。気やすく私のこと「尚美ちゃん」とか呼ぶし、いつでもまわりにいるし、おまけに。


「尚美ちゃん……そろそろ俺と付き合ってよ」


……57回目。

 もう、お決まりとなったこの台詞に、私は眉を潜めた。


「くどい!」

「えー? 何のこと?」


 最近は、「くどい」「しつこい」って言葉はこいつのためにあるんじゃないかとすら思うようになった。「きもい」って言葉は通じないし、何言っても無駄だったからもう相手にしないようにしている。本当にこいつは毎日毎日毎日毎日っ……! 


「ていうか、迷惑だから近寄ってこないでくれる? 毎朝毎晩飽きもせず送ってくるメールもやめてよね」

「俺の愛のこもったおはようおやすみメールの何が不満なの?」

「全部」

「えぇ!?」


 心底驚いたような表情で彼は私を見た。むしろあれが迷惑じゃない人がいるんだろうか。わざわざ「愛してるよ」と言葉付きで、しかも毎回言い回しを変えて送ってくる。まったく、次はどうくるのかと──いや、もちろん楽しみにしてるわけじゃなくて。


「……バカじゃないの?」

「バカじゃないよ! 純粋に尚美ちゃんが好きなだけー」


 どさくさに紛れて後ろから抱きつこうとした彼に肘鉄を食らわす。小さなうめき声が聞こえたが、気にはしない。それでもなお私についてくる彼を見て、ため息をもらした。……犬か、オマエは。

 だいたい、意味が分からない。いきなりだったのだ。こいつが私に付きまとうようになったのは。……私に、「好き」と言ってくるようになったのは。


 きっかけが見当たらない。例えば……マンガによくある、優しい一面を見てドキッみたいなことはなかった。私は前からこいつに同じように接していた。だから、私には高田の真意が見えなかった。

 からかってるだけなんじゃないか。常にそう思っていた。


「……あんたさぁ、私のこと好き好き言ってくるけど、何でなわけ? 私の何が好きなわけ?」


 私の問いに、彼は顎に手を添えて、うーん、と唸った。いやいや、そこは即答しろよ。つっこみたくなるが我慢した。

 高田はしばらく考えた後、私を見た。答えが返ってくる──聞きたいようで、聞きたくない。私は焦りを悟られないように目を逸らした。


「んー……わかんない!」

「……はぁ?」


 私は思い切り眉間に皺を寄せた。わかんない、だって? 人にしつこいくらい告白しといて、わかんない、だって? 私の怒りのオーラに気付いたのか、彼は慌てて両手を左右に振った。


「いやっそーいうんじゃなくて……なんてーか」


 高田は、ない頭を必死に回転させて、言葉を探していた。その努力が見て取れたので、私は黙って聞いててあげる。


「理由なんて、ないんだよなー……ただムショーに、好きなんだよな……。いろんな尚美ちゃんが見たいし、いろんな俺を見てほしい」

「ばっ……」


 バカじゃないの、と言い掛けて、言葉を止めた。……バカじゃないんだ。こいつの気持ちはすごく真っ直ぐで、純粋なだけで。それを受け取ってしまうたびに、私は。


「……帰る」

「えっ? 待ってよ尚美ちゃん!」


 高田が駆け寄ってきて、隣に並ぶ。私の顔を伺うように、背中を丸めた。


「でもさ、尚美ちゃんって、俺のこと大好きだよね?」

「……!」


 イヒヒ、と笑う彼の歯が見えた。私は持っていたカバンで彼の顔を殴る。不意打ちだったからか、2、3歩後ろによろめいた彼は、涙目で私を見据えた。


「……調子のんな」


 いやなら着信拒否すればいいし、話し掛けられても相手にしなければいいし。それでもそうしようとしないのは、何でか。そんなの、自分が一番わかってる。認めたくなくて、逃げてるだけ。

 高田は苦笑いを浮かべている。私は吐き捨てるように、56回目になるお決まりの台詞を言うのだ。


「あんたなんか、大嫌い!」





*サフランの花言葉:「調子にのらないで」

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