チューリップ


 卒業式が済んで、私はぼんやりと校舎を眺めていた。長かった高校生活も終わった。

 3年間ずっと思っていた人がいた。でもそれは先生で──結ばれることなんてなく。生徒の私が、先生と関われるのも今日が最後だ。……このままお別れなんて、やっぱり嫌だ。叶わないことはわかってるけど、最後にちゃんと思いを伝えたい。今までのような軽いノリの告白じゃなく、ちゃんと。

 私は、卒業生がたむろする中を抜けて、校舎に走った。



 * * *



「──っ、なんで、こんなところに、いるんですか……」


 私は息を切らしながら、先生に尋ねた。職員室にもいなくて、教室にもいなくて、体育館にもいなくて、ダメ元で来てみた生徒指導室に、先生はいた。先生は、回転椅子を鳴らしながら私を見た。卒業式のあとだから、正装だ。それがかっこよくて、胸が高鳴る。


「ここで厄介な出来の悪い生徒に小論文の指導をするのも最後かと思ったら、自然に」

「厄介な出来の悪い生徒で悪かったですね!」


 でも、そのおかげで大学合格出来た。合格の挨拶にも行ったし、先生もそれは知っている。


「で、そんなに急いでどうしたんだ」

「あ……と、それは」


 急に本題に入られて、私はどぎまぎした。でも、言わなくちゃ。先生に会えるのは、これで最後かもしれないんだから。


「……先生に、言うことがあって!」

「何だ」


 先生が、ゆっくり立ち上がる。真剣な目で見下ろされて、息が止まりそうになった。

 叶わない恋だけど、言わなくちゃ。心臓が煩くて、うまくしゃべれない。先生のことがうまく見れなくて、声も震えた。


「わ、私……本当に真剣に、先生のことが、す、好──」

「あぁ、そういえば」


 先生は、私の言葉を遮った。……嘘でしょ、先生。いくら何でも、気持ちくらいは、伝えさせてくれたって──。

 ショックで言葉が出てこなかった。……やっぱり、無理なんだ。私は涙を隠すために、俯きがちになった。

 先生は私からすっと離れて、机の脇を探っていた。そして後ろ手に何かを持つと、また私の前に立つ。


「……まだ、言ってなかったな。卒業おめでとう」


 その言葉を言い終わると同時に、先生は後ろ手に持っていたものを差しだした。私の視界が赤く染まる。

 小振りな、一輪のチューリップだった。綺麗に包装されたそれを見て、私は目をぱちくりさせた。


「……これ……?」

「卒業祝いだ」


 無表情のまま、先生は言った。私は驚いた表情のまま、それを受け取る。……きれい。


「……先生、ありがとう」


 自然と笑みが零れた。返事をもらうどころか、告白もさせてもらえなかったけど。何だかこれで充分に思えた。


「……これでわかったか」


 不意に、先生が言った。……わかったって、何を? 少し考えて、はっとする。告白も何もいらない、花をやるからさっさと行けってこと……? しょせん私はただの生徒Aだから、気持ちには応えられないって……? 

 私は下唇を噛んで、精一杯笑顔を作った。


「……わかりました。先生、いままでありがとうございました」


 顔を見たら辛くなる。私は深々とお辞儀をすると、先生を見ないまま、すぐさま教室から出ようとした。すると、先生が慌てた様子で私の腕を掴んだ。


「……いや、待て! やっぱり何もわかってないぞ、お前!」

「何がですか!? 先生の気持ちはもう痛いほどわかりましたよ! 無理ってことでしょう!?」

「いや、だから……! その花には意味が……! あー、もう!」


 先生がいらついた様子で頭を掻くと、私のことをキッと見た。その瞬間──私は先生の強い力で引き寄せられ、そのままおでこにキスされた。


「……っ!?」

「だからお前はまだ子供だというんだ」


 先生は私の体と頭を掴んで、乱暴に抱き締めた。わけがわからず、私はただただ固まってしまう。心臓が壊れてしまいそう。何も考えられない──。


……これって。

これって。


「……好きです、先生」

「知ってる」


 先生。今聞こえてる鼓動は、私のですか。それとも先生のですか。あぁでも、そんなことはもうどうでもよくて。


「……先生、苦しい、です」

「私はもうお前の先生じゃない」

「じゃあ、何て呼べば」

「自分で考えなさい」


 先生はそう言うと、抱き締める力を緩めて、今度はちゃんと唇に、キスをしてくれた。ずっとこうして欲しかった。それが、やっと叶った。

 先生、私、幸せです。



 * * *



「……そういえば、この花には意味があるって言ってましたね。どういう意味ですか?」


 チューリップを眺めながら、私は先生に尋ねた。


「それくらい、自分で調べなさい」

「えぇ、いいじゃん、ケチ」


 先生は少し不機嫌そうに、私の頭をくしゃりと撫でた。新しく見るその顔が無性に愛しくて、私はまた言葉を無くしてしまう。……先生、やっぱり先生はずるいです。





*赤いチューリップの花言葉:「愛の告白」

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