第20話 ノーデンス異世界試合!(拳に願いを……危ないなコレ)

「終わった! 給料貰った! お待たせしました!」


 思えば、三時間は随分と長い。全部目を失って沈んでいる間に行われたことなので王女は知らなかったが、絵ノ介には随分と無理をさせてしまったようだ。


「……すまなかったな。異郷の地で仕事とは、慣れないことも多かったろう」

「いいんすよ。元はと言えば丹羽が全部悪いんだから。準備はできた。アイツがこれからなにしようが真正面からぶちのめす!」

「準備? 具体的になにをした?」

「王女様の治療をした! 金も稼いだ! ノーデンスと合流できた!」

「……」


 ――ささやかすぎる!


 この男も只者ではないが、流石に邪神である竜歩には見劣りする。わかりやすい戦果や影響を既に撒き散らしている彼女とは対照的に、彼のやることは人間らしく凡庸だった。


 ただし。


「エノスケーーー! テメッ、まだ俺のテーブルの分の料理作ってねぇだろザケンなやーーーッ!」

「もう終了なんで。あとのお任せは先輩が作ってくれますよ」

「チャーハンよこせよーーー! テメー! コラー! また来いよー!」


 見た目のガラが悪い冒険者一団と臆面もなく話し、しかも雰囲気が悪くなっていない。

 物凄く馴染んでいた。たったの数時間でこれだ。メディシア以外の人間に対して反感しか買っていなかった竜歩とは違う。

 誰かと仲良くする能力がある。職種によっては宝となる才能だ。


 だがそれでも、やはり神を相手にするには不足だと実感する。

 少し離れた場所。ホールの中心に整えられ、多くの冒険者が囲う即席のステージを見ると猶更だ。


「あと一分だな」

「バカな……そんなバカなッ!」


 中心にいるのはノーデンスとヨワイネーの二人。


 やっているのは闘技。ノーデンスの服はところどころが切り裂かれ、肌には鋭い切り傷がいくつも入っている。対するヨワイネーは一切無傷。


 だが膝を付いているのはヨワイネーの方だった。ノーデンスの構えは一切ブレていない。


「この闘技のルールは覚えているだろう。私は私の勝ちに手持ちの宝石すべてを賭け、キミはキミ自身の勝ちに一万ルドを賭けている。私たちの周りを囲っている冒険者も同様に。つまり、ここで私が勝てば、賭け金のすべては私のものとなる」

「プレッシャーをかけているつもり!?」

「違う。これはルールの確認だ。たったの一人にでも約束を反故にされたくはないのでね。それとこれも事前のルールとして承諾してもらったことだが、指定時間までに決着が付かなかった場合は、その代わりというのもあった」

「……!」

「当然これも覚えているな?」


 ヨワイネーは自分に喝を入れて無理やり立ち上がる。

 周囲の冒険者たちは、その様に大盛り上がりだ。この闘技のルールの大半を決めたのはノーデンスなので、ノーデンスに賭けている冒険者は一人もいない。


 だが、ここまでの闘技で冒険者たちは確信していた。この老爺ろうやには、並の冒険者では歯が立たないと。


 このギルドのホールにいる冒険者の中でノーデンスに牙を突き立てられそうな者は唯一ヨワイネーだけだ。その彼女が圧倒されているのなら、賭けはもう負けたも同然だろう。


 それでも見世物としては最高の出来だ。ひょっとしたらヨワイネーが逆転するかも、という期待もまだ消えたわけではない。オーディエンスの熱気は冷めやらない。


「頑張れヨワイネー! その爺さんも完全にノーダメージってわけじゃねーぞー!」

「ぶっ殺しちまえー! 大金賭けてんだこっちはよーーーッ!」

「爺ちゃん頑張れーーーッ! 最後の最後まで立っていられたら伝説だぞー!」


 数人、興奮のあまりノーデンスを応援している。

 無理もないとヨワイネーも思った。この老爺はあまりにも強すぎる。まさかここまで戦力の差があるとは思わなかった。


 風刃の魔法を何百発と食らわせたはずなのだが、その九割九分を拳で霧散させられている。あまりのことに魔力不足に陥り、視界ももうハッキリしていない。


「ただの闘技で使うのはどうかと思ったけど、こちらにも誇りがあるから! やらせてもらうわよ、最後の魔法! 即殺術式!」


 ――空気が変わったな。来るか! 本命!


 ノーデンスが警戒を高めると、足元から影のようなものがズルリと這出る。そして、彼のことを黒い嵐が包み込んだ。


「ぐぬおおおおおおおっ……!」

「は、入った! モロに入ったぜ、ヨワイネーの即殺術式ーーー!」

「流石にこれじゃあ、あの爺さんももう……ああっ!?」


 周囲を囲っていた冒険者は揃って瞠目する。

 苦しんではいる。それはノーデンスが初めて見せた苦痛の表情だ。


 しかし!


「た……倒れてねぇ! どころか構えを解いてすらいねぇぞ!」

「んなバカなッ! 人間なら確実に昏倒間違いなし! ヨワイネーの即殺術式だぞ! 三秒も立っていられるはずが……!」

「やべぇーーー! いいぞ爺さーーーん!」


 ――そんな!


 いよいよヨワイネーの心も折れかける。このオリジンスペルはヨワイネーの誇りだ。一人だって無効にできる者がいるはずがない。


 いてはならないのに。


「倒れて……お願い! これ以上は、もう……!」

「おい! そろそろ制限時間だ! 十! 九! 八!」

「ジジイ頑張れーーーッ! 負けんなァー!」

「七! 六! 五!」

「ヨワイネーーーッ! 速く! もう時間がない! 速くーーーッ!」

「四! 三!」

「どっちも頑張れーーーッ! もう賭け金とかどうでもいいからーーー!」

「二! 一!」


 ――ゼローーーッ!


 ヨワイネーはいよいよ、精魂尽き果てた。即殺術式を解除し、受け身もまともに取れないほどバタリと、勢いよく倒れ伏す。


 瞬間、ホールに響くのは悲鳴、怒声、賞賛、興奮の入り混じった大音声。

 音のシャワーを浴びながら、ヨワイネーはか細い意識の中で呆然と呟く。


「負け……私の負け……?」

「ギャンブルとしてはそうだろうな。元からこれは純粋な魔術勝負ではない」


 ノーデンスは口の周りを抑えながらも、倒れ伏すヨワイネーに真っ直ぐ歩み寄る。その様子に一切のダメージは残っていなかった。ふらついてすらいない。


「人の身でよくぞあそこまで魔術の道を究めたものだ。賞賛に値するだろう。今の私は心の底から感動している。ちょっとした小遣い稼ぎのつもりでしかなかったのだが」

「やめて……同情など不要よ。みじめになる」

「同情……? さて、私はそんなことはできない。周りを見てみろ。賭けに負けてキミに怒っている者はいるが……心の底からキミをバカにしている者など皆無だぞ」

「え……?」


 ズリ、と寝転んだままヨワイネーは首を動かす。


「チクショーーー! 一万ルドがパァだぜ! 負けてんじゃねぇよヨワイネー!」

「次は勝てよー! リベンジだリベンジ!」

「凄かったぜ! がんばったな! 噂以上だぜヨワイネー・ザコジャンカ!」

「……」


 自分に勝手に期待して、勝手に賭けに参加しただけの下劣で下品な連中だとしか思っていなかったが。


 適正に評価されるのは悪くない。

 そうだ。ヨワイネー・ザコジャンカは決して弱くはない。


 相手が規格外すぎただけだ。そして、自分もまた規格外なのだから努力すればきっと――


「次は勝つわ」

「期待しよう。ところで魔法少女に興味はないか?」

「なんの話……?」

「ノーデンス!」


 終わったのを見計らって、王女を伴った絵ノ介が声をかけた。


「しばらく一緒に行動してくれないっすか? 丹羽の動きが不安なんで!」

「いいだろう。同道する。さて、ヨワイネーと言ったか。キミのことは覚えておこう」

「……あなたの名前、もう一度聞かせてくれる?」


 絵ノ介に向かっていた足を止め、彼は振り返り名乗った。


「ノーデンス。二度と忘れられない名前になっていることを祈ろう」


 ノーデンスはそれだけ言って、賭け金を手際よく回収。

 冒険者からの怨嗟や憧れの声を受けながら、少年少女を伴ってギルドを去って行った。


「……彼らは一体……なんだったのかしら」


 ヨワイネーの言葉は、その場にいた冒険者全員の総意だった。

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