第18話 ノーデンス異世界奇行(紀行の間違い? いや、これで合ってる)

「なっ……す、すげぇ! なんだアイツは!?」

「あの量のライスを均等に炒めてるだと……!? うおお! またやった! なんだあの技は! 手首のスナップで飯を空中に巻き上げ、そしてフライパンにすべての飯が落下する! よく零れないもんだ!」

「くっ……最初は飯に刻んだ肉野菜と溶いた卵を混ぜた食い物なんて大して美味くない貧乏人の料理だと侮ってたが……なんだこの香ばしい匂いは!?」


 王女は絶句していた。

 この場で起こったことはすべて闇に消える裏社会の入口。そこにある冒険者ギルドにて、とある少年が辣腕を振るっている。


 異世界の住人、世良絵ノ介は大量の飯を大火力の魔導コンロで炒めていた。それだけのはずなのに、食欲を無理やりかき立てるような未知の匂いが建物の中に充満しきっている。


 ホールにいた冒険者たちは、歓談するのも止めて絵ノ介の料理の腕を一心に見ていた。

 そんな中、一人の女が絵ノ介の料理に呼び出されたかのように歩を進める。


「この匂いは……香辛料のそれだけでは説明が付かないわ」

「あっ……アンタはまさか……ヨワイネー!? A級冒険者、ヨワイネー・ザコジャンカが何故ここに!?」

「察してちょうだい。この一言で充分でしょう。あなたたちも同じ境遇でしょうし。それよりも今は目の前の不可解な匂いについてよ。! その匂いの正体は一体、なに!?」


 料理をしながらも余裕を崩さない絵ノ介は一瞬だけヨワイネーに目線を向け、また調理に神経を戻したが、口だけは動かした。


「この匂いの正体は油……ラードっすよ!」

「ラード……!?」


 ここで話を多少巻き戻すが、絵ノ介が冒険者ギルドから包帯を貰ったときのこと。

 当然だがあらゆる物資には金がかかる。包帯を買うのに、泣いている王女から金を巻き上げるのはいかがなものかと考えた絵ノ介は、交渉の末に三時間の臨時バイトをすることで包帯を貰える(ついでに包帯代を超過する給料の分は別途で支払われる)手筈になった。


 その辺りは元からかなり緩いらしく、酒場にたまたまいた冒険者に料理場を任せることも間々あるらしい。


 そうして店側の準備も終わり、用意された制服代わりのエプロンをつけ料理場に潜り込んだ絵ノ介はおまかせ定食――とは名ばかりの量だけが保証された雑料理――を注文され、チャーハンを作り始めたのだった。


「チャーハンの食材を探しているときにたまたま見つけたんすよ……大分作りは雑っぽいけど立派な冷蔵庫と、そこに保存されていた期限がギリギリの豚肉を!

 その豚肉の脂身には、料理に風味とコクを足すラードがたっぷり詰まっている! 短時間で作るのは大変だったっすけどね! この世界に魔法があって助かった!」


 ラードを家庭レベルで作るためには、脂身を茹でる工程、茹でたものをこす工程、そしてそれをが必要になる。

 こればかりは短縮できないか、と作った途中で気付いた絵ノ介だったが、興味を持った料理場の先輩たちが氷属性の魔法を得意としていたため首の皮一枚で繋がった。


 ラードを通常の倍以上のスピードで手に入れた絵ノ介は嬉しくなり、先輩たちの許可を取った上でコンロをカウンターに持って行き、公開料理を始めてしまったのだった。


 こういう悪ふざけが許されるのも、この冒険者ギルドの雑さの成せる業である。


「バカな! たかだか油でこんな匂いになるってのか!」

「だ、だが現実に……涎が止まんねぇぞ! 理屈はともかく俺たちの五感は魅了されちまってる!」


 ただしラードをふんだんに使った料理にはいくつかの弱点がある。

 最大のものは、熱い内に食べないと舌ざわり他、味に関わる様々な要素があっと言う間に劣化してしまうことだ。


 おまかせ定食の説明――量さえあれば味は大雑把でもOK――を受けていなければもう少し繊細にやったのだが。


(……途中で後悔してももう遅いか。次やるときは丁寧にやろうっと)


 反省を踏まえ、ついに料理は完成する。


「さあ、これが俺のおまかせ定食! 異世界炒飯だ! ウェイターさん! おまかせ定食を頼んだ人に運んで!」

「あいよーっと! えーと、おまかせ定食を頼んだ人はっと……」


 先ほど食器を割ったウェイターが、皿に盛られた湯気立つチャーハンを運ぼうとすると。


「俺ェェェェェェェ! 俺俺俺俺俺俺ェェェェェェ!」

「はああああああああああああああっ!? なに言っちゃってんのテメェ! 俺が頼んだに決まってんだろ! ウェイター騙されんな! その料理は俺が注文したもんだァァァァ!」

「あー。ごめんなさい。実は私、注文はしてないのだけど。ザコジャンカ一族には定期的に美味しい炒めたご飯を食べないと死んでしまうという奇病があって……」

「!?」


 ヨワイネーまでチャーハンの争奪戦に参加してしまった。その様を、王女は『うわぁ』という呆れ顔で遠巻きに眺めている。チャーハンが美味しそうなのは認めているが。


 ホールは混迷を極め、乱闘に発展するかに思われたそのとき――


「呼んでいる……私のことを、このチャーハンが……」


 空気が一瞬で

 誰一人として声を発することができなくなった。

 その男の、圧倒的なオーラによって。


 いつの間に冒険者ギルドに入ってきたのか。フリフリピンクスカートの女性服を主張の激しい筋肉で内側から盛り上げている白髪にして白髭の大男。


 絵ノ介だけは見覚えがあった。だがありえない。この世界では見ること能わぬ存在のはずだ。


「……アンタは!」

「その料理は私が食べる。よろしいか?」


 ――いや、なに一つとしてよろしくありませんが。


 と、言うのは無理だった。未だに喉元を締め上げるようなプレッシャーに、誰もが身動きできずにいる。

 せいぜい、ヨワイネーと王女だけが辛うじて身じろぎできる程度だった。


 ――この男! あからさまに変態だが、一体……!?


「……美味いっ……なんだこの味は……っ!」


 ――本当に食べてるし!


「これは……口にしてみるとわかる。ラードだけではない。野菜や肉から滲み出る油、水分などにも注意を払っているな……!? 分量が絶妙だ。これらの風味によって旨味が天井知らずに引き上げられている。

 かつて食べたキミの料理よりも雑なのは否めないが、それでも腕は鈍ってないことはわかる……キミの心の芯が変わっていないように、この料理の芯もまた変わっていない!」

「……それは……どうもっす」

「代だ。受け取れ」


 彼の手から、バタバタと光輝く色とりどりの宝石や黄金が降り注ぎ、カウンターに小さな傷を付けて行った。微妙に迷惑である。


「ノーデンス! 多すぎ! 多すぎるし、しかもカウンターに傷付けちゃダメっすよ!」

「……私に意見をするか人の子よ。正直に言って、ニャルラトホテプと関わりの深いキミのことはそう良く思ってはいないのだが――」


 ヨワイネーと王女はハッとなる。

 気配に、声色に、明確に害意が混ざった。


「待っ……!」


 ガンッ!


 待った、と王女が声を張り上げようとしたそのとき、一際大きな音がホールに響いた。


 直後、急に大男が倒れ伏す。


「がっ……!」

「は?」

「の、ノーデンス! ノーーーデーーーンスッ! 大変だ! ノーデンスの足の小指に金のインゴットがピンポイントに落下した! 骨折れてるかも! 誰か治療をーーーッ!」


 ホールにいる全員がずっこけた。

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