第17話 不穏!(タダより高いものはないがタダで助けられた命ほど安いものはない)
「ほいほいコレで百人目ェ! 私、神! 邪神! 最高! YEAAAAHHHH!」
メディシアは考える。
人の命を救うことはいいことだ。
救われる命は多ければ多いだけいい。
その行為を止めようとする人間が現れたならば、そちらの方が悪人だろう。
なので自分は悪くない。
「え? まだいんの? よーっし! このままどんどん全員健康体にしちゃうゾ! うっふふふふふふふ」
貧民街にいる人間を片っ端から治療し、ひょっとしたら王都の富裕層にいる者より健康になった人間がどんどん増えていく様を見ながら竜歩を放置していた自分は絶対に悪くないと思うのだ。
そこにどれだけの悍ましさを覗いたのだとしても。
「……丹羽ちゃん、あの……これ、いつまで続ける気で?」
「手駒くんは多ければ多いだけいいじゃん」
答えになってない。だが当分やめる気もなさそうだった。
そして当たり前のように前提として据えられていたのでこれまた口出しし損なったが、どうやら竜歩にとって助けた者は全員手駒だと認識しているらしい。
「手駒を集めてどうしたいんですか?」
「クーデター」
間違っても王女の侍女に言っていい台詞ではなかった。
「……冗談ですよね?」
「ん? あはははは! まさかぁ! 王女の侍女に冗談で言っていい台詞じゃないでしょ!」
本気なら猶更悪いのだが。目の前の美女は、それを知った上で笑っているようだった。
「あ。念のため言っておこうか。マジに企んでるし、マジに言ってるよ? ちなみにクーデターの言葉の定義もさっき国語辞書を確認したから間違ってないと思う。
クーデター:国家レベルにおける突然の行動。権力者側の一派が武力などの非常手段によって政権を奪うこと。理解できた?」
「言葉の定義を間違って言ってたわけじゃないということがわかって頭が回りそうです!」
「なお私、権力者! だって神だもん! その私の麾下に入れば、みんな一緒に権力者の一派! 素敵! わーい!」
理解が追い付かない。
竜歩は一々噛み砕き、言葉の定義というかなり初歩的な部分から説明しているので、わからないはずがないのだがわからないフリくらいはしたかった。
そうじゃないと怖くて泣いてしまいそうだ。
「……よし。私、ここで失礼させていただきます。怖いので。泣きそうなので。あとお嬢様のことが心配なので。思えば様子見をしすぎたと感じ始めたところです。この情報をセラくんに伝えれば多分どうにかしてくれるでしょう」
「待った待った。
「なんです?」
「王女様の企みを妨害しようとしてたヤツがいる」
竜歩がそう言った途端、メディシアから逃げる気が急速に失せる。
「……どういうことです?」
「いやさぁ、ちょっと思い出してみてよ。そもそも待ち伏せがあんなにいること自体おかしくない? 果ては超有名らしき冒険者もいたよね? 名前は確かヨワイネーだったっけ。
端的に言って、ただ情報が漏れただけであそこまでの超豪華な歓待はありえない。あそこまで入念で周到で過剰な備えをするためには、情報源自体に相当の力が必要だ」
「……情報を漏らした人間は相当力のある人間だと?」
「さっきギルド職員を一人拉致ってきたのは正解だった。一体、誰の名前が出てきたと思う? メアもビックリすると思うなァ」
「聞きましょうか」
メディシアの返答に、竜歩は満足気な吐息を漏らす。
怪しい笑いを浮かべながら、耳を貸すようにジェスチャー。メディシアはそれに従い、邪神の囁きに意識を研ぎ澄ます。
「ごにょごーにょごーにょごーにょ……」
予想外な名前――では決してなかった。だが、直接聞くと狼狽せずにはいられない。
竜歩が口にしたのは、聞き覚えがありすぎる人物だった。
「それはッ!」
「うっふふ。うっふふふふふふふ……あなたの大事なものってどっち? 王女? それとも……向こう?」
「……ぐ……!」
「……一緒に最高のクーデターしようよォー。楽しいよー?」
竜歩はメディシアにしなだれかかり、猫のように身体全体をこすりつけ始めた。甘えた声に段々と我慢が効かなくなる。
そんな攻防は、そう長く続かなかった。やがてメディシアは深く、深く溜息を吐き、
「……人殺しはなしですよ。その条件でなら協力します」
「モチロンティウス」
王女の侍女は邪神の眷属へと成り下がった。
「でもお嬢様が心配です。軽々しく同行するのは憚られますね」
「あ、大丈夫大丈夫。絵ノ介くんに全部任せておけば」
「信頼の根拠は?」
「彼は可愛い女の子が大好きなムッツリ野郎だから。それに、普通の人間相手なら彼に勝てる人間はいないよ」
喧嘩が強いわけじゃないんだけどさァ、と竜歩は遠い目で補足する。
――勇者召喚の儀式から、なにか大きな流れに巻き込まれている気がする。
それは川の流れのようだ。人々はその上に落ちる枯れ葉。
後はもう、行きつく先が断崖絶壁の滝でないことを祈るしかない。
もしくは誰かに救われるのを待つことくらいしか。
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