第16話 人間の限界(突破できないから限界なんだよ)
さて、唐突に竜歩にメディシアを誘拐され別行動を余儀なくされた絵ノ介と王女のチーム。
ひとまず『空になった眼窩』を隠すために包帯か眼帯を探そうと絵ノ介が提案。王女は泣きながらもそれに賛成し、物資の調達や治療に最適な場所へ移動することになった。
「へいへーい! こんなところでデートかよお二人さーん! ヒューヒュー!」
「危険な遊びは程々にさっさとおうちに帰んなーッ! ギャハハーッ!」
危険な仕事の多い冒険者ギルド。誰も信用などしない裏道の先、場末も場末にある支部。
そう、先ほど王女が騙そうとしたあのギルドである。
先ほどから酒に酔った冒険者が、近くのテーブルより二人をからかっている。そうではない冒険者にしろ、不自然なものを見るような目を向けていた。
「……何故ここに戻ってきた?」
「アイツは仕事をちゃんとする。冒険者たちは俺たちのことを絶対に覚えてない。それに『人目に付きたくないこと』をやるのならここが一番いいんすよね?」
「それはそうだが……」
「意外とすんなり包帯を譲ってくれたし、あとはこれを巻くだけで眼帯にはなる……んすけど」
絵ノ介はやっと気付いた。彼女のローブにはフードが付いている。頭をすっぽり覆い隠してしまえばいい。
事故でフードがはだけてしまう可能性もあるので、包帯を巻けるのならそちらの方が断然いいのだが、今はタイミングを計っているところだ。
「……大分注目されているからな。場違いだぞ妾たちは」
「そうっすねぇ。料理が来るまでの間に俺たちから一瞬でいいから目を離してくんないかなぁ」
「一瞬で一体なにができると――」
ガシャン!
カウンターの方から硝子質の音が聞こえた。幾人かが音の元に目をやると、どうやらウェイターが下げるべきコップを落としてしまったらしい。
中身はほとんど残っていなかったので、そこだけは幸いだったろう。顔なじみらしき周りの冒険者が失敗を笑いながら囃し立てている。
「はいできた」
「できた? なにが?」
「包帯」
「なにをバカな……はっ!?」
視界が半分になっていたが触覚は死んでいない。自分の眼の周りに違和感があるので触ってみると、布のような手応えがあった。
包帯が巻かれている。先ほどまではなにも無かったはずなのに。
しかも被っていたはずのフードはそのままだ。脱がされてもいない!
「貴様、なにをした!?」
「……俺のことステータスアイで覗いてないんすか?」
「ぐっ……!」
「あ、いやすんません。失言だったっす。あんな目に遭ってて気軽に使う方がおかしい。相手がアンタなら手の内全部こっちから晒しますよ。時間流を操ったんす」
「……?」
――時間流を操った?
いや、ないわ。流石にそれはナイナイ。大言壮語も甚だしい。
素直にそう思った王女は、小さく笑った。
「はっ……はははっ! 貴様、中々笑える冗談を……!」
絵ノ介の言葉を冗談と切って捨てた王女は、別に猜疑心が特別強いわけではない。
時空間の魔術の習得は、王女の世界においては宝くじで五億を当てるのに等しい非現実さだからだ。
まず適正が無ければ使えない。適正があったところで才能が無ければ訓練の時点で脱落し、訓練の結果実践を行えばそこまで残った百人中九十九人は消え失せる。
ある者は空間の狭間に消え、ある者は時間を
そこまでやって生き残った一人が自由に使える力は一欠けら。
せいぜい五メートルの空間跳躍がやっとだ。時間の操作ならば二倍速で動ける程度だろう。しかも寿命も当然二倍速で減る。
超ハイリスク激ローリターン。まともな神経をしていれば時間流を操るなんてマネはしない。
「……クァチル・ウタウスって神様を丹羽に紹介されたんすよ。別名、塵を踏む者」
「ム?」
「時間を司るすげー神様で、出会っただけで高速で時間が過ぎ、当然その分老化が進み、あっと言う間に白骨化。白骨は砕けて塵になる。塵以外なにも残らない……そんな物騒な神様」
「……えっ」
「どうしても、どーーーしてもその神様にお願いして一時的に不老不死になる必要があって……全力で媚びを売ったんすけど、まあその間にも老化が進むわ進むわ。鏡や光を反射する物は全部事前に周囲から排除しましたけど、それでも見えちゃうんすよね。
俺自身の枯れた、自重だけで今にも折れそうな骨の浮き切った手」
「な……なにを言って……?」
王女が恐る恐る彼のことを観察する。当然、老いてなどいない。健康的な若者の顔だ。
瞳の中に渦巻く闇だけが年不相応だが。
――冗談ではない。
王女はうっかり気付いてしまった。
冗談だと思い込んでいた方がまだマシだった。
「全部丹羽の用意したマッチポンプだった。あの神様との契約を命懸けでもぎ取ろうと頑張った。老死しそうになる度に、丹羽の作った若返り薬を何発も身体にぶち込んで……急速に若返っては急速に老衰するんだ。
身体がもう痛いのなんのって。内臓が裏返ったみたいな酷い悪寒と吐き気もするし。見たことのない粘性の高い液体も鼻から口から耳から出るし。気絶したらそのまま死ぬから気力も切らせなかったし。
まあ、無事なんとかなったんすけど」
「なったのか!? 本当に無事だったのか!? 後遺症とか残ってないのか!?」
「不老不死の契約はもう返上しちゃったから関係はないんすけど、でもまあ個人的に彼の琴線には触れたみたいで……個人的に貰ったのが、この魔術っすよ」
時間流の超加速。クァチル・ウタウスによる時間の急速な流れを、人間ではありえないほどの量浴びたからこそ習得できた激レア魔術である。
通常、時間流を加速させたところで人間が(というか三次元に生きる生物全般が)適応することは不可能。詳しく言うなら時間を加速させても生物の速度が速まることは絶対にない。
だが絵ノ介の場合は違う。誰よりも時間の加速に慣れてしまったが故に、十倍速までなら適応できる。見方を変えれば後遺症だが、世界で絵ノ介だけが持つ強みでもある。
この魔術はクァチル・ウタウスによって引き起こされる時間の早送りを、人間が再現できるだけの魔術。これだけでは『ただ自前で寿命を削るだけ』のクソの役にも立たないゴミ魔術である。
絵ノ介が使った場合のみ『人間の十倍速の世界を生きることができる魔術』へと変化するのだ。
「周囲を気にしていたのはそのためか。本当に一瞬で良かったのだな」
「王女様のフードを剥がして包帯巻いてフードを戻して元の席に戻る。十倍速なら一瞬っすよ」
「……」
あの滅茶苦茶な邪神について召喚された少年だ。しかも、人の身で幾度も彼女の邪魔をしたという。
その経歴に嘘がないことを、たった今王女は実感した。
――ああ、そうか。この男は。
邪神と過ごしていれば極普通の話ではあるが。
「狂ってるな貴様」
「面と向かって言っていいことと悪いことがある!」
だが、まだあった。この少年は他に、王女に隠している特技がもう一つ。
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