第15話 医療チート(とすら呼べない冒涜的なサムシング)
「まあ逃げきれたのはいいけども……適当に走ったから迷っちゃったなー。どこだここ」
身一つで見覚えも聞き覚えもない異国を歩く竜歩は、参ったように頭を掻いた。一度大通りに出た後、人通りの少なそうな方へ、視界が途切れる方へと走ったのが悪かったのかもしれない。
ひょっとしたら、先ほどのギルドに続く裏路地より汚いかもしれない場所を歩いていた。
「仕方がない。そろそろ出そうか。メア!」
バサリと白衣をはためかせると、どこからともなくメディシアが現れる。直立した状態で、目をパチリと開けていた。
「……あら? ここは……?」
「おっはよーメアー! 突然だけどキミに注射で睡眠薬をぶち込んだ後、王女は絵ノ介くんに押し付けて逃げてきちゃった!」
「はい?」
「色々あって迷っちゃったんだけどさー。ここどこ?」
前半の言葉は寝起きだったので聞き取れなかった(ということにした)が、後半の迷子になったという言葉は過たず認識できたので、メディシアは周囲を確認する。
「……貧民街、と呼ばれている区画ですね。結構遠くまで来ていますが……?」
「あ、そうなんだ! 場所がわかればこっちのものさ。その言葉が聞けただけでもう充分! 落ち着ける場所に行こうか!」
「こちらへ行けば、美味しいパンを出す喫茶店がありますが……」
「あ、そう? じゃあ早くそこ行こう!」
――あら? これでいいのかしら?
当然メディシアはそう思ったが、事態が飲み込めない。そもそも起きたら別の場所にいたという点からして意味不明なのだ。
ひとまず彼女と腰を据えて話をできる場所へ向かうことが重要だろう。メディシアは踵を返して竜歩を案内しようとした。
だが。
「あ、ごめん。やっぱ喫茶店はまた今度でいいや」
「?」
竜歩が笑顔を消して、メディシアではない別の方向を見ていることに気付いた。メディシアも同じ方向に目を向ける。
そこにあったのは、窓がなくドアが開け放たれた家。壁は頑丈そうなので貧民街ではまだマシな方の作りだ。
ドアから見えるのは、一人の蹲った少女。服も体も薄汚れており、痩せている。すすり泣く声が聞こえてくるので、顔は見えないが泣いているようだった。
竜歩は悠然とした足取りで、家に入りその少女に近付いた。
「なんで泣いてんの?」
不躾すぎる問いを頭上から浴びせかけられた少女は、一瞬身体を震わせてからグシャグシャの泣き顔で竜歩を見上げる。
警戒はしているようだったが、質問が突然すぎたので少女はまったく考える暇もなく、反射のように答えを口にしていた。
「おかあさんが……死んじゃう……」
「この場に見えないってことは、お母さんはどこかに隔離……ああ、別の場所にいるってことでいいのかな」
「……カーテンの向こう」
「ほう」
竜歩は興味深げに、少女が言ったカーテンの仕切りを確認する。
これ以上関わらない方がいいのではないか、とメディシアは懸念した。隔離が必要になるような事態ならば、この場から一刻も早く立ち去るべきだ。
だが竜歩は一歩も引かなかった。
「ねえキミ。お姉ちゃんは医者なんだ。もしもお母さんのことを治すことができたら、一つお願いを聞いてほしいんだけど」
「……お医者様?」
「どうする?」
竜歩の提案を聞いた少女は、みるみる内に目に光を灯していく。
彼女はほとんど迷わなかった。
「……言うこと、なんでも聞きます。だからおかあさんを助けてください……!」
「はいはい了解ー」
「あ、ちょっと! 丹羽ちゃん!」
「あ、メア。しばらくそこで待っててね。一分以内に終わらせるから」
サラリと理解の外のことを言いながら、竜歩はカーテンの向こう側へと消えた。
「ふむ……ふむふむ。肺が悪いのかなぁ。結核……なら薬の開発前なら薬剤耐性も無さそうだし……まあ治してから考えよう。オラァッ!」
ドカァンッ!
「!?」
「もういっちょ!」
ギュイイイイイイイインッ!
「!?!?」
ベシャッ。
「あ、やべっ! 心臓止まっ……頑張れ私頑張れ! 例え死んでも三秒以内なら蘇生できる!」
「!?!?!?」
異様な爆音と不吉すぎる言葉、そして床にぶちまけられた大量の赤い液体のみがカーテンから出てくる。
自らの正気を疑うような光景に、思わずカーテンを開けてしまいたくなるが、おそらくその場合は見た者の心を砕くような惨状が記憶に刻まれることになるのだろう。
怖すぎて無理だった。
「
「丹羽ちゃん! 本当に治るんですよね!? 信じていいんですよね!?」
「あー、大丈夫大丈夫! 全部私に任せ……お前なんでここに!?」
「え?」
「があっ!? やめっ……やめろおおおおおおおおっ!」
ボキンッ。
今度の異音は、随分と現実的なものだった。
骨が折れる音だ。
それきり、先ほどまでの音を思い出せなくなるほどに静かになってしまった。
「……丹羽ちゃん?」
心配していると、バサリと音を立ててカーテンが大きく開け放たれる。
「……どこだ、ここは?」
筋骨隆々で白く長い髭と白い髪を生やした長身大柄の老人がそこにいた。奇妙なことにヒラヒラが大量に付いたピンク色のスカートが目立つ女物の服に身を包んでいる。
女物の服に身を包んでいる。
「どちら様ですかーーーッ!?」
「理想の魔法少女を探求する者。名はノーデンスである。旅に戻らねば。先を急ぐ故、これにて」
筋骨隆々の女装老人は、そのムキムキの太腿を大きく上げて走り去って行った。
「えっ……ええ……!? 魔法少女? ノーデンス? 魔法少女……?」
「おかあさん!」
異音が響き始めたあたりからずっと青い顔で気絶しそうになっていた少女が声を上げた。今までで一番元気な声だった。
少女はカーテンの向こうへ駆け、その人物が寝ているベッドの横で顔を見下ろす。
「……ああ……あああああああ……!」
また泣き出したが、今度の涙は先ほどとは意味が違った。
メディシアも遅れて、簡素なベッドに寝かされている女性の顔を覗き込む。
彼女に死相の類はなく、ただ健康に、ぐっすりと眠っているだけだ。少女の言っていたことが本当だったのか、もうこれではわかりようがないだろう。
「ぐ、い、痛たたたたた……首の骨が折れたぞクソジジイめ……もう治したけど」
「あ、丹羽ちゃん」
母親を治した竜歩はと言うと、苦痛に顔を歪めて床に転がっていた。白衣はところどころ血で染まっている。
だが命に別状は無さそうだった。
「治療は成功したようですね。色々とツッコミどころは多いんですが……」
「うん。『治してから考えよう。オラァッ』の直後あたりでもう治したよ」
「じゃあその後の異音は本当になんだったんですか……? 心臓が止まった云々に関しては?」
「異音はともかく、止まったのは私の心臓だよ。二秒くらい過労死してた」
「!?」
「ともあれ、これでもうお母さんは大丈夫。おい、そこの少女A」
母親に縋りつくようにして泣いていた少女の反応は劇的だった。
きっと彼女は、竜歩がどれだけ恐ろしい提案をしようと逆らうことはないだろう。先ほどとは顔付きが違う。
メディシアの見立てでは、命を差し出せと言っても通用してしまいそうだった。
そして笑顔を戻した竜歩がした要求は――
「お茶汲んでくれない? ないならまあ、このメイドのお姉ちゃんが金貸すから買ってきてよ」
肩透かしするほど平凡だった。
少女とメディシアは、揃って呆然と竜歩の笑顔を眺める。五秒くらいして、竜歩は面喰ったように言う。
「……えっ。なんか変なこと言った?」
「変なのはあなたの存在そのものですが……」
呆れながらも、メディシアは心の底から笑った。
「……なんか、ただ邪悪なだけではありませんね。丹羽ちゃんって」
「そだよ?」
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