第11話 チートラーニング2(二度目なら偶然じゃない)

「な、舐めやがってーーー! この人数を相手にどうにかできると思ってんのか!」

「うん!」

「ぐあはああああああああっ!?」


 先ほどの試運転で吹き飛ばされた男同様、周囲の冒険者たちが次々に吹っ飛び戦闘不能になっていく。一発につき一人が気絶するならまだいい方で、ときに吹っ飛んだ者の身体に圧し潰されて動けなくなる間抜けな者もいた。


 王女は夢でも見ている気分だった。それもとびきりの悪夢だ。


「落ち着け! 数の有利はまだこっちにある! 囲んでるんだからアイツが前を向いてる間に後ろから羽交い絞めにすればぎゃあああああああっ!?」

「ええーーーッ!? 背中から火を噴いたーーー! そしてその火がなんか翼みたいになってるおおおおおおおおおっ!?」

「い、いやだ! まだ死にたくない! 死にたくないいいいいいいいいっ!」

「ママーーーッ!」


 先ほどまで負ける方が難しいほどの絶対的有利を取っていた冒険者たちが、一秒を跨ぐごとにボロ雑巾のように転がっていく。


 常識で考えれば、どんな圧倒的強者であろうと数の有利には逆らえない。


 竜歩はそんな常識の外からやってきて、あらゆるものを蹂躙する災害でしかなかった。


「うーん! いいねェ! 火の魔術はあの天然火の玉野郎を思い出すから良いイメージがなかったけど! これはいい! 使い勝手が良過ぎる! これからも愛用しようっと」

「丹羽!」


 王女は災害そのものと化した女のせいで今にも気絶してしまいたかったが、隣で自分を庇うように立っていた絵ノ介の言葉に耳を澄まして踏み止まる。


「あんまりやり過ぎんなよ! 火事になって全員死亡とか話にならない!」

「大丈夫大丈夫! しかし歯応えないなァ。まさかみんな揃って逃走すらできないなんてさ」

「――逃走? する必要がないからよ」

「お!」


 放った炎の弾が、反射したかのように竜歩の元へと帰ってきた。多少は驚いたが、横にステップを踏んで簡単に躱す。

 竜歩は通り過ぎた攻撃を眺めてから、その声の主へと目をやった。


 グラマラスな肢体を、黒い装束で締め付けるように強調する魔女がそこにいる。頭にある巨大な三角帽の位置を直しながら、その美女はニコリと笑った。


「凄いね。どうやって反射したの?」

「フフ。駄目よ。魔法使いと言うもの、自分の所業のタネを他人に明かすことはしないわ。お褒め頂いたのは光栄だけれども。ねえ、

「……ん?」


 竜歩は眉を上げ、困惑した表情になって首を傾げる。

 確かにこの場に王女はいる。しかし、目の前の魔女は明らかに竜歩のことを見ながら王女様と言った。


「え。まさか私のこと? ていうか、あなた誰?」

「私の名はヨワ――」

「お、おい! あれを見ろよ! 帽子のせいで顔が隠れて全然わからなかった! あの女、ヨワイネー・ザコジャンカじゃないか!」

「……」


 ヨワイネーは冒険者が投げた野次に閉口する。


「なっ! まさか、あの新星のごとく現れたAクラス冒険者、ヨワイネー・ザコジャンカが! 何故ここに!?」

「いや……そうか! 彼女の異名は人喰い淑女レディマンハント! 盗賊や山賊などの人を専門にする冒険者だ!」

「なるほど! 今回の偽造の徽章の噂を聞きつけ、先回りする冒険者が多数いるとは聞いていたが……ヨワイネー・ザコジャンカも専門故に参加していたのか!」

「やったぞー! 凄いぞー! 形勢逆転だ! ザコジャンカ! ザコジャンカ! ザコジャンカ!」

「ふんっ!」

「ぎゃああああああああああああああっ!」


 ザコジャンカコールが徐々に大きくなり、エントランスホールを埋め尽くそうとしたところで、ヨワイネーは風の刃を作りその辺の冒険者を攻撃した。

 コールがしんと静まり返った後で、何事も無かったような顔を作り、ヨワイネーは竜歩の顔を眺める。


「お初にお目にかかります王女殿下。私はヨワイネー。A級冒険者、ヨワイネー・ザコジャンカ。以後お見知りおきを」

「う、うん。いや、というかなにか勘違いをしてないかな? 私、王女じゃないよ」

「いいえ。私の情報網は正確よ。いくつか断片的なピースが揃っているの。例えば、そう。第四王女の得意魔法が火属性、ということとか」

「……あー……」


 この勘違いの原因がわかりかけてきた。

 ヨワイネーは納得した竜歩の顔を見て更に勘違いし、得意気に続ける。


「そして、この魔法の腕があれば偽造の徽章などなくてもすぐにA級冒険者になれたはずなのに、何故こんな騒動を引き起こしたのかもわかるわよ。に参加するために国王があなたに課した金額は五百万ルド。これを即刻かき集めたかったから……そうでしょう?」

「……んん?」


 ――ちょっと待て。それは初耳だぞ。


 竜歩と絵ノ介は揃って王女へ目線を向ける。

 彼女は痛いところを突かれたように、冷や汗を大量にかいていた。顔にはギクシャクした笑顔が誤魔化しのように張り付けられている。


「ほう。後どんな情報が漏れてるのかな?」

「あなたの能力のいくつか、ね。かつて国王のシャンドラ砂漠横断遠征にて、旅団から逸れてしまった幼いあなたはパニックを起こし、周囲三キロメートルに渡って炎を放射。国王が気付いて駆け付けたときには、王女を中心に硝子混じりの燃えた砂が煌めいていたという。人呼んで硝子の姫君事件」

「が……硝子の姫君……うふふっ……」


 また二人揃って王女へ目線を向ける。

 今度は冷や汗そのままに顔を真っ赤にしていた。ゆっくりと顔を伏せて、その場に蹲ってしまう。


「……砂漠での迷子は命に関わるのだぞぉ……なにが悪い……!」

「おいたわしや、お嬢様」

「フフフ……だけれども、この場に私がいたことがあなたの最大の不幸ね。この実力なら確かにドラゴン相手でも余裕だったかもしれないわ。でも!」


 ズルウ、と竜歩のいる床から黒い靄が現れた。


「ん?」

「食らうがいいわ! これが私のA級冒険者としての実力の証左! 即殺術式よ!」


 黒い靄はヨワイネーの掛け声によって黒い嵐へと姿を変える。その渦中にいた竜歩は、最初なにをされたのかわからなかった。


 だが、すぐに異変が訪れる。竜歩は目を見開き、ギルドに来てから初めて明確な苦しみの声を上げ始めた。


「ぐ、あ、ああああああああっ……うわああああああああっ!」

「丹羽!?」

「フフフフフフ! 私のオリジンスペル即殺術式は、狙った人間を確実に呪殺する! まあ今回は生け捕りするために出力をかなり絞っているけども」

「や、やめろ……やめてっ……ぐううううああああああああああっ!?」

「中々耐えるわね! でも無駄よ!」


 もがく竜歩が黒い嵐から逃れようと床を転げまわるが、それを追うように嵐も移動し、竜歩を取り囲んだままだった。


「一度狙った相手は必ず追尾する。その嵐はあなたの生命力に張り付く影だから!」

「出た! ヨワイネーの即殺術式!」

「あの魔術に襲われて無事でいられたは一人たりともいない!」

専門に戦いを挑み続けてきたヨワイネーだからこそ開発できたオリジンスペルだ! あの術式を破ることはできない!」

「……」


 最初は初めてダメージを負った姿を見せた竜歩を心配した三人だったが、冒険者たちの勝ち誇ったような解説を聞けば聞くだけ落ち着いてきた。


 ――人間である限りはあの術式を破ることはできない?


 ――


「やめろって言ってんだろうがボケェーーーッ!」

「へばあっ!?」


 黒い嵐を纏ったまま、竜歩がヨワイネーの横面を張り手で吹っ飛ばした。

 ヨワイネーは仰け反り、尻もちをつく。


 黒い嵐は消えてしまった。それをヨワイネーは左頬を撫でながら呆然と、口をあんぐり開けながら目の当たりにした。


「えっ」

「辛いんだよ! なんか知らないけど、この術式辛いんだよ! 口の中に唐辛子十本を濃縮したエキスを突っ込まれたような味がするんだよ! あー、死ぬ程辛かった……」

「……えっ? えっ? そ、即殺術式!」

「ぎゃあああああああああああああっ!?」


 また黒い嵐に呑み込まれる竜歩だが、また即座にヨワイネーに張り手をかまして術式を解除する。


「だからやめろって言ってんじゃん! 耳遠いの!? オエッ! 辛さで吐き気がしてきた……!」

「……なっ……な、ななな、なななななっ……即殺――」

「寝てろバーーーカ!」

「ぶひゃべっ」


 竜歩は今度こそ必死の形相で再発動を止める。ヨワイネーは首に手刀を食らい、白目を剥いて気絶した。


「よ、ヨワイネーーーッ! バカな! あのヨワイネーが負けるだとォ!?」

「あーもう……いい気分で無双してたのに最悪だ。お前らも食らってみるか? 本当に辛いんだぞ?」


 ズルリ、と似たような黒い靄が足元から現れた。

 今度は


「え?」

「即殺術式!」


 そして発動する人数分の黒い嵐。

 巻かれた冒険者たちは、地獄の底から聞こえるような酷い悲鳴を上げ始める。


 いよいよ、王女はありえない物を見るような目になった。

 夢ではない。現実だ。だからこそなによりも信じ難い。


「バカな! ヨワイネー・ザコジャンカのオリジンスペルである即殺術式を、どうして!?」

「邪神ニャルラトホテプは魔術の神でもあるんすよ。気に入った人間に叡智を授け、世を混沌に導く闇の神。要は魔術分野のマルチクリエイター。自分で魔術を考えるのはもちろん、その経験で人の作った魔術を見ただけで逆算し解読。すぐに自分でも使えるようになるんす」

「嘘でも冗談でもなかったのか……妾の魔法も一度見ただけで習得したと!?」


 絵ノ介はゆっくりと頷く。

 目の前の光景に、王女はみるみる内に顔を青くした。


「……お嬢様。とんでもない人を呼んでしまったようですね」


 耳に入るメディシアの言葉が、遠く感じられた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る