第10話 チートラーニング(魔術と魔法の使い方)

 王女の策略はこうだ。


 まずメディシアによって事前に用意されたAクラス冒険者の徽章きしょう(最高峰の魔物狩りの証)を使い、少なくとも百万ルド以上の高額報酬が約束された依頼を受ける。


 その後、短時間で依頼をクリアしギルドに報告。報酬を受け取る。


 百万ルドより上の依頼を受ける理由は二つある。一つ目に五百万ルドを高速で稼ぐための時間短縮。


 二つ目の理由が一番簡単で単純。そもそもこのメディシアが用意したAクラス冒険者の証はなのだ。


 偽造した身分証で、分不相応な高額報酬の仕事をギルドから受け取ることはほとんど許可されていない。難易度が高すぎるため、弱い者が受けると命に係わるからだ。


 仮に偽造品の徽章で依頼を受け、それを完璧にこなしたところで新たな問題が発生する。いざ高額報酬を受け取る段になれば、王女たちの身辺は改めて調査されることになるだろう。

 ギルドにおける身分の詐称は犯罪だ。


 だが、そこに一つの穴があることに王女は気付いた。


 仮に相手が犯罪者だとしても仕事そのものに不手際が無ければ、報酬を受け取れる。ギルドには依頼料を冒険者に対して正当に支払う義務があるためだ。

 これは身分の詐称を見抜けなかった時点で、半分はギルド側の不手際となるからという考えによるもので、そもそも冒険者ギルドの存在理由の肝は見抜くこと、見極めること、見落とさないことに終始する。

 故にそこを怠った場合はギルドは文句が言えなくなってしまうのだ。


 そして過去の裁判記録を王女が調べた結果、ギルドにおける身分の詐称の罰則は、払えない場合はその金額と同等の奉仕活動への従事だ。


 あわせて考えると、王女の勘定はこうとなる。


 一つ、身分の詐称で高額報酬(最低でも百万ルドより上)の依頼を受ける。

 二つ、依頼をこなした後の報酬受け取りに関する身辺調査で身分の詐称がバレる。

 三つ、依頼そのものはしっかりこなしていたため報酬は支払われる。

 四つ、裁判によって罰金刑を科されるが、報酬の一部で済ます。差額分が王女一向の利益となる。


 冒険者ギルドはギルドを騙した前科がある者への仕事の斡旋を断る権利があるので、この手は一回しか使えないだろう。だがその分リターンは大きい。

 六百万ルドが報酬として支払われる依頼ならば、依頼をクリアした時点で国王から課された条件は一気に満たせる。


 ――時間がない。犯罪者に身をやつすのは気分が悪いが。


 王女は下唇を噛み締めながら、汚い路地を歩いていく。

 場所の選択は間違っていない。この先にあるギルドには、質の悪い不真面目なギルド職員しかいないことは事前調査でわかっている。


 そんなギルドにも、王政から発行された『緊急性は著しく低いがクリアできれば莫大な利益となる依頼』は平等に取り扱われる。ドラゴン討伐などが手軽でいいかもしれない。


 条件は揃い過ぎていた。


 ――妾はどんなことをしてでも旅に出なくてはならないのだ。


 それは地獄への片道切符。掴み取る覚悟はとうにできている。あとはそれを使うかどうかだ。


◆◆


「というところだったんだろうけど。甘かったねェ」

「黙れ……!」


 ケタケタ笑う隣の邪神に、王女は悪態を吐く。もうその程度しかやることがなかった。

 ギルドにやってきた王女一向総勢四人はエントランスホールに立ち尽くす。その周囲を囲むのは物騒な武器を持ち、物騒な顔面をした連中。王女が騙す予定だった冒険者ギルドの常連たちだ。


 端的に言って王女の考えた法律の穴を悪用する企みは、あっさりとバレてしまっている。

 どうやらメディシアが偽造の徽章を作ったことが界隈に知れ渡っており、それを利用できそうな治安の悪いギルドすべてで待ち伏せされていたようだった。


 決定的だったのが、ギルド職員がした簡単な質問だ。


 Q.これまでどのような依頼を?


 王女の答えはあまりにも迂闊だった。


 A.アースドラゴンとかバッタバッタ狩ってたな!


「……あの答えが悪かったことだけはわかるんすけど、メディシアさん。具体的にどこが悪かったんすかね」

「アースドラゴンの生息範囲は物凄く限定的なんです。その生息域に一番近い都市はこの首都。つまりアースドラゴンをバッタバッタと倒すような冒険者は全員首都の冒険者にとって有名人のはずなのです。だってなんですから」

「ほほう。で? なにか弁明はあるんすかね?」


 ジロリと絵ノ介が目線を送ると、王女は冷や汗をかきながら言い訳する。


「……アースドラゴンの討伐依頼なんてどの世界でも発行されているものだと思っていたのだ……!」


 要するに、王女は首都以外の場所における常識を一切知らない。

 これでよく旅に行く気になったものだ。ここまでの無謀さはある意味得難いものなので、あまり叱り付ける気にもならない。


「さて。丹羽、どうする?」

「うっふふふふふふ。そうだねェ、どうしようかなァ。とか迷ってるフリをしてみたり」

「職員さんよォ! コイツら全員を上手く狩れたら俺たちにボーナスくれるよなァ!?」


 絵ノ介と竜歩の相談など気にも留めず、四人を囲む冒険者の内一人がカウンターにいる職員へと尋ねる。

 その職員は眼鏡をかけた、いかにも神経質そうな男だった。下卑た笑いを浮かべながら勘定を弾き出している。


「うーん、そうですねェ。未遂で終わったとは言え罪は罪。あれが成功していたときギルドが被っていたであろう被害額を考えると……この場にいる全員にお酒のバレル一本奢る程度は余裕でしょう」

「いいぜェ! その依頼をこの場にいる全員で受けてやるよ! 全員揃ってこの子ネズミちゃんたちを捕獲すんぞォーーーッ!」


 あんまりな物言いだ。しかし、ギルドにおいては騙された方が悪。

 裏を返せば騙されない限りは正義なのだ。悪なのは粗悪な企みを未遂時点で防がれた王女一行に間違いない。


 だが――


「よし。作戦変更だ。もっと完璧なものに切り替えよう」

「はあー? 今更なにを言ってやが――」


 バァンッ!

 鋭く大きな破裂音がギルドのホール全体にこだまする。


 それと同時に、四人を包囲していた冒険者が一人消え去った。


「……は?」


 

 実際は、真後ろに吹っ飛んで壁に叩きつけられている。身体の真正面が焦げ臭い炭へと変わった無惨な姿で。


 あの状態では生きているかどうかすらわからない。少なくともピクリとも動いていなかった。


「うふふ。うっふふふふふふふ! 捕まえるCatch? 誰をWho? 私をMe? いいね! やれるものならやってみろDo me if you can!」

「……あー……クソ、それしかないよな。少なくとも今は」


 竜歩と絵ノ介の二人を、王女とメディシアは凝視する。

 特に王女は竜歩の右手を見ていた。


「……その魔法は……妾の!」

「ん? ああ、借りたよ。しかし随分と効率がいいねェ、まさか詠唱無しで発動する炎弾とは」

「習得に三年はかかる魔法だ! まさか、やはりお前は魔法使い……!?」

「邪神だよん。この魔術もさっき覚えただけ」

「わ、わけのわからないことを――!」


 王女の詰問は、続けざまに響いた大きな音に掻き消された。テーブルから食器が全部落ちる音だ。


 見ると絵ノ介がその辺のテーブルの縁を掴み、持ち上げて――


「オラァッ!」


 思い切り投げつけた。固まったところを狙われた数人のグループの内、一人が逃げ遅れ足にテーブルの淵が激突し、悶絶しながらへたり込む。かなり痛そうだ。


「て、テメェらなにを!」

「丹羽。出口塞いだぞ」


 仕事を終えたように絵ノ介が言ったことに、その場の全員がゾッとする。


 見ると、確かに投げつけたテーブルは出口を塞いでいた。どかすことは難しくないだろうが、数秒の時間はかかるだろう。

 その数秒の間は無防備になるはずなので、そこを竜歩の魔法で狙われたら一溜まりもない。


 つまり脱出が実質不可能になった。


「私たちがなにをするかって? うっふふふふふふ! 偉大なる先人はこう言った! バレなきゃ犯罪じゃないんですよ、と!」

「お前がそれ言うとシャレにならんからやめろコラ。お前だけはダメだ」


 ゴオ、と竜歩の右手に火炎が灯る。

 もう間違えようがない。竜歩は先ほど王女から受けた魔法を完全にトレースしている。


「つまるとここういうこと。全員口利けなくしてやるよ」


 笑顔の邪神の蹂躙が始まった。

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