第9話 邪神のチート物品(板チョコのストックは人生十回分ほど)

「冒険者ギルド?」

「そう。手っ取り早くドカンと稼ぐのならこれが一番の近道だろう。五百万ルドなどすぐさ」


 四人乗りの屋根付き馬車に揺られ、自信満々の王女の言葉に絵ノ介は半信半疑の気分だった。


 竜歩に至っては王女の話をまったく当てにしておらず、馬車の窓から外の景色を興味深げに眺めている。ときに隣に座っているメディシアに質問もしていた。


「あれって照明だよね。見た目はガス灯に似てるけど燃料は?」

「魔鉱石と呼ばれる燃料を使用してるんです。あれのお陰で夜でも馬車を走らせることができるんですよ」

「結構近世チックだな。この窓もちょっと作りが不安だけど硝子だし。道路状態もそこまで悪くない。だとするとこの世界の文明レベルはおおよそ……」


 竜歩の興味の対象は、この世界の文明レベルだ。昨日首都に来た時点では、王女の搬送でそれどころではなかったため、そのときできなかった質問を雨のように浴びせかけている。

 最初の内は馬車のシステムについて質問していた。今乗っているこの馬車は現代日本におけるタクシーに近いものであり、王族所持のものではないということを聞き多少首を捻った程度で、他の質問に移ってしまったが。


 この対応に、王女は流石に傷付きテンションが下がってしまった。


「……そっちの二人はまったく聞いてないな」


 ――そりゃ当てにしてないんだから当然だろ。


 そう直接言うほど絵ノ介も無神経ではないが、王女だけを除け者にするのも気分が悪い。絵ノ介は少し考えてから声を上げた。


「丹羽。なんかお菓子持ってないか?」

「なにに使うの?」

「食うに決まってんだろ。馬車にいる間は好きにしてていいから早くよこせ」


 そして竜歩は板チョコを出し、それを絵ノ介に適当に投げつけてからメディシアとの質疑応答に戻って行った。

 対応が凄まじくおざなりだ。しかもそれを隠そうともしていない。


「……いや、よりによって板チョコかよ。シェアしづらい食い物第一位じゃねぇか」

「なんだその箱は?」

「俺の世界の菓子っすよ」


 箱を破き、包装のアルミ越しにチョコを割ってからそれを剥がし、出てくるのは絵ノ介にとってお馴染みのチョコレート。窓から見える景色がまさに異世界なので、手元にあるこのお菓子がちょっとした安心感を与えてくれる。


「……真っ黒だが。本当に食べ物か?」

「あれ。チョコレートはこの世界に無いのかな」

「あのなんかドロドロの液体に大量の砂糖をぶち込む妙な飲み物か?」


 チョコレートが飲み物から食べ物に変化したのは地球の歴史だと十九世紀のことだ。そんな細かい歴史を知らない絵ノ介は、逆に飲み物と言われてもピンと来ない。


「まあ、ひとまず二人で消費しましょう。溶ける前に」

「……ふむう」


 最初は警戒して口にしなかったが、先に絵ノ介がチョコを口にしたことで納得し、王女もチョコを一欠けら口にする。

 その場の誰の予想よりも反応は劇的だった。眉間に寄っていた皺が一瞬で消え失せ、目を輝かせる。


「……あっま! 甘すぎるぞコレは!」

「甘いのは苦手っすか?」

「いや! 大好きだ! これはいいぞ、とてもいい! 最初パキパキしてたのに、後はもう口の中でドロドロだ!」


 いたく気に入ったようだ。気晴らしになったのであれば絵ノ介にも神経を使った甲斐がある。


「ぬう。神亡き世界のチョコレートは食べ物なのか。いいなぁ」

「……逆に俺は食べ物としてのチョコレートがこの世界にないことをたった今知って、絶望的な気分っす」

「知識さえあればこの世界でも再現できなくもないと思うがなぁ」

「あー、ダメっすね。俺そういう知識からっきしなんで……」


 二人はチョコレートを食べながら、非生産的な会話を友人のように楽しんでいる。絵ノ介と王女の距離が一気に縮まった瞬間だった。


 外の景色を見ながらこの世界の考察をしていた竜歩は、ふと根本的な見落としを王女がしていることに気付く。


(てか、このチョコレートを大量に売り出せばそれなりに纏まった金になるんじゃ……流通生産に関しては一定の金額を儲ければいいだけだから、売り逃げの形で構わないんだし)


 異世界人の力を間違った方向に使っているな、とひそかに失笑するのだった。


◆◆


 王女はある場所で御者に声をかけ、馬車を停めた。そして四人はそこから歩きで、狭い路地を王女先導で歩いていく。


 一番に異変に気付いたのは竜歩。遅れて絵ノ介も眉を顰めた。


 道が見るからに汚くなっていく。更に、先ほどまで走っていた大通りとは違って活気もなくなっていく。妙な臭いも漂ってきた。

 王女とメディシアはここがどういう場所なのかを事前に知っていたようで、平気な顔をしていた。


「……なんていうか、いかにもな場所だねェ」


 竜歩の言葉に絵ノ介も心中で同意する。

 治安が悪い。明らかに街の管理が行き届いていない。竜歩が周りを見る様は余裕に溢れているが、呆れたような顔だった。


「割れ窓理論の悪い例そのまま映したみたいな状態だ。あまりいいヤツはいないんじゃない? ここ」

「なに理論ですって?」

「割れ窓理論。割れた窓をそのままにしている建物は誰も見ていないと思われて、ゴミの不法投棄の温床になる。建物からゴミの臭いが漏れ出すと今度はその周辺一帯が薬の密売の待ち合わせ場所になり、それを更に放っておくとやがて街の一画がまるっと犯罪の温床になるって話だよ。ざっくり言えば――」

「汚くて臭い場所は治安が悪いってことっすよ」


 竜歩と絵ノ介の解説を受けたメディシアは、少しばつが悪そうだった。


「すみません。それでもお嬢様は『ここがいい』と譲らなくて……」

「……お、そうか。なるほど。ははァん?」


 竜歩はそこでしたり顔になった。まるで意図がすべて読めたとでも言いたげだ。


「なんだ? 丹羽、なにに気付いた?」

「王女様の目的……は流石に情報不足だからわからないけどさ。でもわざわざ治安の悪い場所に来たってことは、こうとしか考えられない。割れ窓理論を逆算しよう。だ」


 そこまで言われれば絵ノ介にもわかった。一気に苦い顔になってしまう。


「あの子、なんらかの不正を行う気だねェ」

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