第12話 さりげない誘導(ヤツはとんでもないものを盗んで行きました)

「戦果報告であります! 全員死んだ! 以上!」

「死んでてたまるか。気絶してるだけだろ」

「言葉のあやであります絵ノ介軍曹!」

「誰が軍曹だ!」


 蹂躙は終わった。嵐は過ぎ去り、後に残ったのは倒れ伏した憐れな犠牲者のみ。

 王女は魂が抜けたように、ただ絵ノ介と竜歩のやり取りを見ているだけだ。


「……丹羽ちゃん。もちろん殺すのは論外ですけれども、彼らが起きたら口封じもなにも無くなるのでは?」


 至極もっともな発言をした傍らのメディシアの声に、王女はゆっくりと思考を再起動させていく。

 そうだ、このままではどちらにせよ情報が漏れる。


 だが竜歩は相変わらずだった。花のような笑顔を崩さない。


「大丈夫だって。どんなヤブ医者であれ、投薬で人の記憶を消す方法なんて最低五種類は思いつくし。私の場合は千種類思いつくよ」

「それ、薬に依存性は?」

「私がやるからには大丈夫。起きたときに『なんで寝てたんだろう』と考えることもできないくらい徹底的に隠ぺいしてやるさァ。ただし――」


 ぐるん! と竜歩の首がいきなり傾く。

 なにに目を向けたのかと全員が疑問に思う間もなく、彼女は職員カウンターへと近づき、飛び越え、あるものを蹴り飛ばした。


「ぎゃばっ……!?」

だけはダメだ」


 ――コイツ?


 三人はカウンターに近付き、痛みで悲鳴を上げたものを確認する。


「……ギルドの職員ではないか!」


 王女の言った通り、そこに寝転がっていたのは先ほど見かけた眼鏡の男だった。今は地面に寝そべり、口から血を流しながら目を半開きにしている。


 心底軽蔑した目を絵ノ介は作り、竜歩へ質問を飛ばす。


「顔を蹴ったな?」

「どこでも良くない? 後で治すんだから。さて、私の作戦を端的に伝えようか。王女の作戦と半分は同じ。ただし、コイツから仕事を受け取る方法だけは変更。詐欺ではなく恐喝で仕事をぶん取ることにする」

「お前……」

「念のため言っておくけど、自覚はあるよ? これは紛れもなく悪事。でもこの作戦を実行しようとしたのは、元はと言えばそこの王女様だ」

「……」


 緩慢な動きで、絵ノ介の顔がゆっくりと王女の方を向く。

 その視線を受けた王女が目を逸らしたのは、罪悪感からか恐怖心からか。絵ノ介には判断できなかった。


「正直、王女様の庇護がないと私たちは社会的な保障がなにもないんだよ。だからどうしても従わざるを得ない。魔王討伐の旅であれ、王位争奪戦であれ関係はないのさ。王女が金をせびるのなら、私はその願いを叶えてあげないと」

「……俺は――!」

「降りる、なんて言うなよ。王女様の事情をなにも知らないくせに、それはあまりにも無責任だ」

「えっ?」

「ほえっ?」


 まさかこの流れで王女に話の流れが行くとは思わなかった。絵ノ介も、当の王女本人も。


 素っ頓狂な声を上げた二人を置いてきぼりにして竜歩はまだ話を続ける。


「実は朝の内にこっそり調べてさ……王女に聞くも涙、語るも涙の事情があることを知ってたんだよね。私は思ったなァー。『ああ、こんな王女様に仕えられるなんて幸せだ! 一瞬だけど疑った自分が恥ずかしい』ってさ!」

「事情? どんな?」


 ――頭ごなしに否定しないのか!?


 聞いていて王女は戸惑う。なにもかも嘘臭すぎるからだ。

 そもそも朝の内にこっそり調べるとは言うが、それを実行できたかは甚だ怪しい。彼女はメディシアとべったりだったはずではないか。料理談義に花を咲かせていたと本人が言っていた。


「……あんまり時間がないな。手伝いにメアを置いて、一旦ギルドから出てってくれる? 私は恐喝と、ギルドにいる全員の記憶処理を始めないとだからさ」

「おい!」

「事情は王女様から直に聞きなよ。うっふふふふふふ」

「……ちっ」


 忌々しいと言わんばかりに舌打ちし、絵ノ介は出口の方へと歩いていく。立てかけられていたテーブルを軽々と取り除き、後ろをチラリと窺った。


「……あ、う、うん。妾も行く」

「事情。話してくれるんすよね?」


 ――割とイヤなんだが。


 しかし、そういう流れになっていた。王女も絵ノ介の後ろについて、ギルドの外へ出ていく。

 メディシアは彼らの後ろ姿が消えたのを確認してから質問する。


「……丹羽ちゃん。王女の事情を知っているとか嘘ですよね」

「もっちろん! 嘘さ! でも現実に王女に事情があれば、ひとまず絵ノ介くんの脱退は防げるよ? あの子、事情もなしに悪事を成す人間がとにかく嫌いだからさァ。あ、邪神もか。うっふふふふふふふ!」


 やっぱり、とメディシアは溜息を吐いたが、いつかこうしなければならなかったのも事実だ。

 行動を共にする以上、すべてを隠したまま旅をするわけにも行かない。そもそも隠したい理由も、言い難いからという感情論ただ一点のみなのだから。


「それで? 丹羽ちゃん、私はこれからなにをすれば……」

「五分ほど眠ってて」


 やにわに首筋に走る痛み。それしか感じ取ることができなかった。

 メディシアの意識は一瞬で暗転していく。睡眠薬を注射で投与された、ということを聞いたのはメディシアが起きて五分後のことだった。


「さてと。じゃあ三分でこの場の全員を処理して、と……あー、流石に恐喝は五分じゃ間に合わないな。仕方ない、連れて行くか」


 竜歩は出口に目線を向け、ニヤリと笑う。

 今までの笑みとは違う、本当に楽しそうな笑いだった。


「うっふふふふふふ。楽しもうね、鬼ごっこ」

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