第5話 おは邪神!(おはニャルと読む)
「……ハッ!?」
第四王女が目を覚ましたとき、そこは見慣れた場所だった。いつも自分が夜寝て朝起きる、王宮の一画。王女の自室だ。
「……?」
昨日の記憶が寝起きもあって朧気だ。確か、王宮から離れたとある放棄された砦に向かったことは覚えている。その目的もはっきりと思い出せる。
その後、山賊に襲われて。
どうなったのだったか。
「……うう! 頭が痛い! 詳しく思い出そうとすると頭蓋が割れそうだ!」
物凄く恐ろしい目に遭ったという実感だけはある。その割には、部屋に差し込む日差しは柔らかく、周囲も静かなのだが。山賊の慰み者にでもなったのであれば、いつも通りの場所で目覚めるはずがない。
そこで、はたと思い出す。
「メディ!」
自分が無事だったからと言って、一緒にいた従者まで無事とは限らない。寝間着から着替えることもなく、急いで第四王女は自室から飛び出した。
いつもならば食堂で、王女の食事を用意しているはずだ。
◆◆
「おー! 王女様!
邪神が朝餉を貪っていた。
「なああああああああああああああっ!?」
王女の中でまた一部分だけ記憶が蘇る。
全部蘇ると心が壊れかねないので、すべて思い出すことは絶対にないだろうが、それだけでも充分だった。
自分が呼び出し、目の前で朗らかに笑うこれが勇者とは似ても似つかないような『闇』そのものだということさえわかれば。
「き、貴様! えーと名前は確か……ニャル……ニャル……ううっ! 思い出せない! 確かにステータスアイで名前を見たはずなのに!」
「私の呼び名は『七十二』通りあるからねェ。一つわかったところであんまり意味ないよ」
「七十二通り!?」
「嘘ぴょん。実際はもっとあるよ」
「意味がわからん!?」
「この姿のときは丹羽竜歩。呼び名は丹羽ちゃんでもリューちゃんでも先生でもいいよ」
「誰が貴様なんかの名前を呼ぶか忌々しい!」
「あまりの対応にイラだった私はテーブルの上にあった銀ナイフを怒りに任せ投げつけるのであった! ドーーーンッ!」
言いながら本当にナイフを第四王女に投げつけた。慌てて避けたナイフは、食堂の出入り口を抜けて後ろの壁に深々と突き刺さる。
「ひいいいいいいいいいいっ!? 本当に投げつけるヤツがあるかー!」
「安心したまえ。当たらないように配慮はした」
「嘘だ! 絶対に嘘だッ!」
「あ。壁に傷つけたことで怒ってる? ごめん悪ふざけが過ぎたよ。後で傷一つなく直すから許してクレムリン」
「そこじゃないわッ!」
朝から体力がゴリゴリ削られる。まだ数分しか話していないにも関わらず、王女は息が切れてきた。
「お嬢様?」
そんな疲れを吹き飛ばすような声が響いた。台所から一人の見慣れた従者が歩き出てくる。傷一つない、自分の従者だった。
「め、メディ! よかった、無事だったのか……?」
――いや待て。
なにかがおかしくはないだろうか。
傷一つなく、自分のことを心配そうに見つめる彼女は自分の従者で間違いはない。
間違いはないが、何故傷一つないのだろうか。確か彼女は山賊に小突かれて、頭から血を流して倒れていたはずだ。
「……メディ。頭の傷はどうした?」
「治されました」
「誰に?」
「丹羽ちゃんにです」
「丹羽ちゃん!?」
「三十秒くらいで完治しました」
「ちょ、ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待てコラコラコラ! 情報量が! 情報量が多い! まだ朝だろうが! 胃もたれするわ!」
無理やり話題を遮って、さっきとは種類の違う頭痛に王女は眉間に手をやった。
「……フー……あと二つ……あと二つくらい衝撃的な展開が重なったら卒倒してしまうところだった」
「お嬢様……おいたわしや」
「そう思うのなら状況を説明しろ。何故その女がここに」
「メディシアさん。さっきから王女様の声が聞こえるけど、彼女の分の朝食も持ってきた方がいい?」
台所からまた人影が出てきた。銀のお盆に朝食を乗せた、執事服の少年だ。確か絵ノ介とか呼ばれていたか。
「……メディ? なんだそれは?」
「それとは酷い言いようです。お嬢様が勝手に呼び出して、職の当ても宿の当てもないというので、私が独断でセラくんを雇ったのですよ。人手もまあ足りなかったので」
「……」
なお、王女直属の従者であるメディシアには『独断で部下を取る権利』がある。選考に関する基準すら好きにできるという破格の待遇は、そのままメディシアという従者が王女にどれだけ信用されているかを表していた。
だからと言って勇者召喚の儀式で現れた者を部下にするとは豪胆にも程があるが。
「ま、まあいい。確かに勇者召喚の儀式は別世界の人間を一方的に呼び出す理不尽なものだからな。だが、これからは妾がその勇者……二人の待遇を決めるから、メディシアは口出しも手出しもしなくていいぞ。そんな悪いようにはしないからな」
「ところで、王女様。一つ質問がある……のですが」
テーブルに朝食を並べながら、絵ノ介が遠慮がちに訊ねてきた。言葉がつっかえつっかえなのは、敬語を使うのに慣れていないからだろうか。
「よい。許す。質問してみよ」
「目の具合はどうっすかね?」
「目?」
なにを言っているのかわからない。
黙って質問の詳細を待っていると、ふと気付いた。いつもより視界がクリアになっている気がする。
「……あれ?」
目の具合はどうか、と絵ノ介は訊ねた。
不自然なくらい絶好調だ。戸惑っていると、メディシアがなにかに気付いて声を上げた。
「あら? お嬢様、ありえないとは思いますが」
「ん?」
「瞳の色が変わってはおりませんか?」
「……んん!?」
イヤな予感がする。王女は絵ノ介が持っていた銀の盆を奪い取り、自分の瞳を映し見た。
王女の瞳の色は、元々翠玉色だ。産まれ付きのものなので変わるはずがない、のだが。
今の王女の目は、青藍色だった。
「……フッ」
もう限界だ。王女は直立の状態のまま一つ笑って、真後ろに引っ繰り返った。
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