第6話 史上最強の邪神はただ一人……私だ!(神の恵みを受け取れ)

「邪神……!?」

「そう。そういえばメアには言ってなかったねェ。向こうの世界では邪神ニャルラトホテプで有名だったんだよ。信者も世界三大宗教ほどじゃないにしろ、ちょっとはいたんだ」


 ところで、この料理味付け独特すぎない? いや直で言うわ、くっさいよ全体的に。

 そんな料理の文句を交えながら竜歩は自分の素性を隠さず誤魔化さず伝えた。お陰でメディシアは目を丸くして、少しだけ顔を青くしている。


 なお、悪いのは料理ではなく食材だ。これでも市井に出回っている料理より百倍は美味い。メディシアの料理を日常的に食べている王女はよく知っている。


「驚きました。勇者が来ると伝えられている世界は、私たちには『神亡き世界』と呼ばれているのに……」

「そんなふうに言われてるんだ。でも間違いじゃないよ。積極的に人に関わる神様なんて少数派だし、どの程度の影響を及ぼすのかと訊かれればこれも極少数だからさ。向こうの世界の人間のほとんどは神が実在するなんて思ってないんじゃないかな」

「ではセラくんも」


 流れで話を振られた絵ノ介は肩を竦める。


「俺は普通の学生っすよ。そういうのとは無縁かな」

「よく言う。繰り返し繰り返し私の邪魔する普通の人間なんてどの世界にいるのかな」

「邪魔?」


 竜歩はメディシアに朗らかな笑顔を向け、どこか誇らし気だった。


「そうなんだよー! この子さー、私がなんか悪だくみする度に私のこと邪魔するんだよー! 毎度事件の最後には邪神の私を相手に泥臭いステゴロの喧嘩! もうありえないでしょー、神相手にさー!」

「その悪だくみのレベルが人間スケールだと明らかに度を越してんだよ。正当防衛だ」

「あ、これ私と絵ノ介くんが殴り合ってるときの写真ね。友達が撮ってくれたの」

「まあ精巧な絵画」


 と、メディシアが感動したのも束の間。

 写真の内容は閑散とした道の真ん中で血塗れの竜歩と絵ノ介が殴り合っている壮絶なものだった。


 それを凍った表情でしばらく見ていたが、メディシアはやがて納得したように頷いた。


「……確かにセラくんの方も、とてもではありませんが普通の人間とは言い難いようですね」

「ふ、不本意です! 俺はコイツの召喚にたまたま巻き込まれただけの一般人っすよ!」

「馴染みすぎだろうがァーーーッ!」


 裂帛の大音声を響かせたのは王女だった。

 食堂の奥の方、いかにも仰々しい場所に座って朝食を口にしていたのだが、三人の一種微笑ましいやり取りに頭がパンクしそうになる。


「メディお前……無視しようと思ったけど、その邪神にメアとか呼ばれてるのか!?」

「もうすっかり友達ですので……なにか?」

「一晩でなにがあった!?」

「強いて言うなら、今朝に異世界の進んだ料理の知識を色々とお聞きしたもので……気が合いました」


 一晩ですらなかった。しかも邪神に授けられた知識がよりによって料理関連。肩透かしするほどにショボくさい。


「あと調味料をいくつか譲ってもらって。あれは素晴らしいものでしたよ? 研究が済んだら早速実践投入してみます」

「邪神ニャルラトホテプは料理のさしすせそをメアに伝授したのだった! 彼女の料理スキルは私の世界の最先端に触れたのだ! へけっ!」

「へけっ、じゃない! そんな得体の知れない邪神の持ってきた調味料なぞ怪しくて口にできるか!」


 明確な拒絶を受けた竜歩は、流石にむっとして言い返す。


「……その得体の知れない邪神を呼んだの王女様じゃん。なにが不満?」

「言うまでもなかろうが! 瞳だ! 妾の! 瞳! なんで色が変わってるのだ!?」

「なんか知らないけど王女様の眼球、強い熱を受けたせいか全部溶けちゃってさ」

「……え」


 さらりと一切の淀みなく、竜歩は続ける。


「流石に私も溶けた眼球を一から作って元に戻すのは面倒だから、その辺でぶっ倒れてた。あ! 大丈夫大丈夫! ちゃんと一番状態のいい眼球を選んだからさ!」

「……はあ?」

「でもおかしいなぁ。私の姿を見たところで目が発火することなんてないはずなんだけど……詳細の検討が必要かも。王女様、もう一度私の姿をステータスアイで見る気は――」


 王女は耳にするのも悍ましい真実に打ちのめされ、机をガンッと拳で叩いて俯いてしまった。泣いているのかもしれない。


「あるわけがなかろうがぁぁぁぁぁぁぁ……!」


 ――もう、なんか、本当にダメだ。


 聞けば聞くほど、理解すれば理解するほどに恐ろしい。ステータスアイで姿を垣間見た王女は既に疑う気力をなくしていた。


 この女は紛れもなく邪神だ。恩恵と破滅を同時にもたらす恐怖の化身だ。


「んじゃまあ、今度はこっちから質問。こっちも嘘吐かずに言ったんだから、ちゃんと答えてね?」


 気持ちの整理も付かない内だが、竜歩はまったく手を緩めない。

 どちらかと言えば、被害者なのは呼ばれた方なのだから、緩める理由が元からない。


「なんで私たちを呼んだの?」


 それは竜歩だけでなく、絵ノ介にとっても大事な問いだった。

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