第3話 服従のミサンガ(人間なら効果は絶対。人間ならね)

 音は唐突に止んだ。第四王女の思考が纏まる前に、あっさりと。


「……あ。お掃除終了……じゃないよね。何人か逃げて隠れちゃってるみたいだし。残飯処理もキチンとしてねー、いい子だからー」

「……?」


 山賊の討伐が終わったことは女の言動からわかる。だが妙だ。まだ部屋は暗闇に閉ざされている。これでどうやって部屋の状況を確認できると言うのだろう。


 山賊は暗闇の中で活動するための対策をしていたようだが、彼女もそうなのだろうか。確かに常人でもしばらく目を慣らせば最低限の活動はできる程度の光は辛うじてあるが。


「絵ノ介くん。ライト付けるよ」


 言い切る前に光が灯る。急なことだったので目が僅かに痛くなるが、呼び出した女が思ったより近くにいたのと、異様な風体に面喰った。


 妙に真っ白い服を纏い、目の辺りに妙な黒い塊を付けている。


「……暗視ゴーグルか。一体いつの間にそんなものを……」

「そこの女の子と山賊ルックの三下くんたちが言い争ってる間に」


 一言、二言。男と白い女が会話する。

 白い女が黒い塊(あんしごーぐる? とか言ったか)を取り外すと、下から出てきたのは、吸い込まれるような綺麗な瞳。邪魔が一切なくなった顔は、触りたくなるほどに艶やかな肌。

 向こうからやってきた雪がこの世界の気温で溶けてきたので水浸しだが、何故かそれも悪い印象を持たせない。


 明るい表情を浮かべる彼女は絶世の美女と言って良かった。容姿ならば第四王女も自信はあるのだが。


「ところで、もうそろそろ口を塞ぐ必要はないんじゃない?」

「あ、そっか。ごめん」


 男はあっさりと第四王女から離れ、自分自身も黒い板を取り出し、それに明かりを灯した。どうやら向こうの世界の照明器具らしいな、と当たりを付ける。


 男の方は少年と言っていい年齢だった。ほぼ第四王女と同い年ではないだろうか。黒髪、茶色い瞳、善良そうな表情。特にこれと言って特徴は無さそうだが『場慣れ』しているような雰囲気は隠せていない。


 妙に落ち着いた少年だ。やはりこちらも濡れている。後で替えの服を用意してやる必要があるかもしれない。


 色々と話したいことはあるが、第四王女はひとまず礼を言うことを最優先させた。


「……助けてくれたことには礼を言おう。そして、その功績でもって妾に無許可で触れた不敬は特別に許す」

「はあ。それはどうも……?」

「だが相手は暗闇で活動する訓練を積んだ者たちだった。口を塞いだ程度では妾のことを助けたことにはならなかったぞ?」

「あ? こらこらこらNo no noおいおいおいHey hey hey。何を勘違いしてんのか、このフード不審者ちゃんは」


 ――フード不審者ちゃん……? 誰のことだ?


 と、白い女の言葉に逡巡したのも束の間。


 ――妾か!?


「誰がフード不審者!?」

「キミだよキミキミ。絵ノ介くんは山賊からキミを隠すために口を塞いだんじゃない。私の友達からキミを守ったんだ」

「は……?」

「あっち向いてホイ」

「ホイ?」


 白い女の指差した方を見て、絶句した。

 血の池ができている。


 身体は変な方向に折れ曲がり、ピンク色の肉片らしきものも飛び散り、吐しゃ物のようなものも確認できる地獄絵図だ。見ているだけで気持ち悪くなってくる。それが何人も血の赤に沈んでいる。


 作りたての地獄だったので、やっと臭いが第四王女の鼻に入った。今すぐへたりこんでしまいたかった。


「一人たりとも殺してないよ。緊急だったから細かい指示ができなかったけど『声を出した人間を残らず死なない程度に攻撃しろ』とは言ったからさ」

「あれで死んでない、のか……!?」

「直接的に人は殺さないことが私のモットーなんで」


 誇らし気に白い女は言う。確かに王国では賊の類を殺したところで、正当防衛扱いで罪には問われない。

 問われないが、だからと言って目の前の光景の凄惨さが消えるわけではない。とにかく最悪の気分だった。


「一体、暗闇の中でなにが……?」

「それ、本当に知りたい? けど?」

「……」


 積極的に藪を突きたくはない。第四王女はそこで話題を切り替えた。


「さて。次は自己紹介だな。遅れに遅れてしまったが、妾の名を妾の口から直接聞けるのだ。歓喜に浴せ。ああ、その前に」


 すう、と深く息を吸い、言葉に圧を持たせた。


「二人揃って跪けッ!」


 ガクン、と少年の足が屈する。

 彼は自分自身になにが起こったのかを理解できないだろう。それほどの唐突さだった。

 見えないプレッシャーが全身にかかり、息苦しくなる。どうしても、どれだけ力を入れても立てない。


「なっ……!?」

「くっ……クククククク! はーーーっはっはっはっはっは! 気分がいい! 勇者を従えると言うのはなァ! よい、許す! 自分の右手を見るがいい!」


 少年は言われた通り、自分の右手を見つめる。そこにはミサンガが結ばれていた。金色と赤色で編まれた、少年には一切見覚えのないミサンガだ。


「これ、は……!?」

「服従のミサンガと言う。魔導の心得のある者が自らの髪の毛を編み込み作るアイテムだ。これを付けた人間は、作った人間の言葉へ従わなければならないという強制感に支配されるのだ!」


 なお、服従のミサンガを付けたのは二人が明かりを灯した直後のことだ。光を捻じ曲げ、浮遊の呪文でミサンガを操作し、結ぶ。魔術の天才である第四王女にはあくびが出るほど簡単な作業だった。


 念のため二つ作っておいたのも功を奏したと言える。これでどちらが勇者であろうと、どちらも勇者であろうと関係はない。自分の目的のための駒として最大限活用できるのだから。


「いいぞ、その姿がとてもいい! さて、二人して跪いたところで、妾の名を告げてやろ……う?」

「ええ……そんな物騒な効果あったんだ、このミサンガ。外そ外そ」


 白い女の方は一切服従せず直立していた。それどころか命令を受けてない状況でも絶対に自力では取り外せないはずのミサンガを解いていた。


 片手で。


「え、ええ……あれっ!? おかしいな。二人に向かって命令を発したつもりだったのだが、ミスしたか……?」

「試してみれば?」


 そう言って白い女は外したミサンガを、呑気な顔で第四王女の右手に括り付けた。直後――


「があああああああああああああっ!?」


 第四王女が跪いた。


「おお。よかったよかった。ミサンガの効果はちゃんと発揮されてたみたいだね。不具合じゃないことがわかって安心だよ」

「と、取り消しっ……命令取り消しーーーッ!」


 慌てて第四王女は二人にかけていた(はずの)言葉を取り消し、立ち上がる。そして反射的にミサンガを引き千切ろうとするが、自力では取り外せない効果のせいで指がミサンガに届かない。強い反発力が働いてしまう。


「なっ……な、ななななな、なんだ貴様はーーーッ! これが勇者としての力かぁ!?」

「いや私が人間じゃなかったからだと思う」

「ふざけるな! 今すぐその能力の正体を暴いてやる!」

「ん? どうやって?」

「教えてやろう……王家の者にはとある秘術があってな……見た者の強さ弱さなどの情報を開示させることができるのだ! 名を『ステータスアイ』と言う!」

「はっ!?」


 劇的な反応を示したのは、一緒に強制力が解除された少年だった。

 第四王女は白い女の方に同情してしまう。彼の動揺のせいで、この手品に仕掛けがあることがバレたようなものだ。すぐにステータスアイでトリックを暴き、ミサンガを『裏技』で取り外して対策した後、取り付けてやろう。


 そう思っていたのだが――


「待て! よせ! やめろ! そいつをその類の能力で見るなぁぁぁぁぁ!」


 第四王女は勘違いしていた。その動揺は白い女を心配してのものではない。


「……え」


 第四王女のことを心配してのものだった。


 彼女の目に飛び込んで来たのは、今までに見たことのない情報の羅列行列、奔流激流、そして激痛。


 見ているはずなのに耳が痛い。肌がヒリ付く。汗がとめどなく溢れる。身体が一気に冷えてしまう。


 見たことのない闇。なのに目が焼けてしまうほどに熱い。熱い。熱い熱い熱い痛い痛い痛い。


「が、あ、ぎ、やああああああああああああああっっっ!?」


 第四王女の目が炎を上げて燃え上がっていることを、第四王女自身は認識できない。視力などとっくに消え失せてしまっている。

 狂ったように目の周りを引っかき、手から焼け焦げた臭いが上がる。


 取り返しの付かないダメージを負ってしまった第四王女は、目から炎が消えた後、受け身も取らずに倒れ伏した。


 自分自身の命の炎が、徐々に、しかし確かに小さくなっていくことを自覚する。


 なにも始まってない内から終わることを心底後悔しながら、彼女はあっさりと意識を手放した。


◆◆◆


「おい! どうすんだよコレ! このままじゃ死ぬぞ!」

「あー、大丈夫大丈夫。すぐ直すから……あー、手の火傷の方は三十秒で傷一つなく復元できるな。ヨユーヨユー。超楽勝だってA piece of cake

「……おいおいおい……目が完全に無くなっちゃってるぞ。これは流石に……」

「目なら

「そこ?」

「うん。そこ」

「……倫理観って言葉知ってるか?」

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