第2話 異世界人の招来(退散の呪文に関しての記述ナシ)

「……よし! 三度目のチェックは終了! 時間、方角、魔法陣の構成に一切の狂いなし!」

「お嬢様。やはり無謀なのでは……リバウンドで魔力枯渇して気絶するのがオチかと」


 薄暗い部屋に二人分の眼光が浮かんでいる。

 時期は夜。窓はあるが、方角の関係で月明かりがないので部屋を照らすのは壁にかけられた燭台の群れだけだ。


わらわの魔法に失敗なんてない! 四人の王子王女たちの中でも妾の魔法の腕は抜きん出てたわけだからな! 時間がない! 開くぞ!」


 魔法陣の淵に、尊大な口調の少女が両手を置く。

 魔法陣に見えない力が循環するイメージを強く浮かべると、段々と模様が発光してきた。


 やがて眩しさに顔を顰めるほどになると、部屋の中に電撃が走り始めた。


「来たれ、来たれ、境界を跨いで。妾が招く。遥か異邦の彼方より……!」


 この呪文に定型文はない。とにかくありったけの力と言葉でへ語り掛ける。

 海に剥き出しの鎖を大量に放つような作業。そして、その鎖を操って海面の上から難破船を引っ張り上げるような途方もなく無謀な試みだ。


 しかし、やがてあっさりと目当てのものは引っかかった。手応えを感じた少女は額に脂汗をかきながらもニヤリと笑う。


「ほらかかったぞ! やっぱり妾天才! ぐうっ……!」

「お嬢様! まだ終わっておりません!」


 魔法陣の中心、中空に小さな穴が開いた。あとはそこから人間が現れれば儀式は終了となる。


 まだ穴自体が小さすぎる。急いで穴を開きにかかるが――


「……寒ッ!? さっっっむーーーいッ!?」


 穴を広げた途端、部屋の中に雪の結晶が散乱し始めた。どうやら少女の作った門の向こうは大吹雪だったらしい。

 別世界から人を呼ぶ儀式なので、そういうこともあるにはあるが完全に予想外の事態だった。


 しかも雪の量が尋常ではない。大吹雪と言ってもまだ足りないほどの冷気が部屋中に叩き込まれ、燭台から火が完全に消え失せる。


 だがそれも一瞬のこと。元からこの儀式は人を呼ぶことしか想定されていない。目当ての人物が穴からこちらへと転移してくると、役目を終えたとばかりに一瞬で閉じた。


 部屋を満たす明かりはその一切が消えていたため、なにも見えなくなる。


 ――どうなった? 勇者召喚の儀式で出てきたのは、どんなヤツなのだ!?


 はやる気持ちに、魔力の消費による眩暈は塗りつぶされた。


「メディ! 持ってきたランプを灯せ!」


 興奮気味にまくしたてる。だが、従者から返答はなかった。


「メディ?」


 寒さのあまり部屋から逃げ出したのだろうか。軽く考え、少女は魔導ライターを使って周囲を照らす。ランプよりも数段頼りない光だったが、なにが起こっているかはすぐにわかった。


「……なんだ? 貴様らは」


 魔法陣の正反対。薄汚い男たちが徒党を組んで出入り口周辺に立っていた。

 身に纏う雰囲気は、まともな人間のそれとは程遠い。おそらく山賊かなにかだろう。当然勇者でもなんでもない。


 従者メディは頭から血を流して床に倒れ伏している。

 それを見た少女は頭に一気に血が昇ったが、声はそれと反比例して冷たくなる。


「妾の従者になにをした?」

「殺しちゃいないさ。こっちもこっちで上玉だからな。ただ少し小突いておねんねしてもらっただけよ」

「貴様ら……!」

「アンタ、第四王女だな?」


 首魁らしき者の虚をつく言葉。何故それを、と反射的に思うが不思議ではないと思い直した。

 山賊の中には追放された騎士崩れが少人数ながらいる、という話を聞いたことがある。


 祭事になれば王子王女も騎士たちの前に顔出し程度はする。流石に余程武勲を立てなければ、騎士の顔など一人一人覚えてはいないが。

 そもそも騎士として大成した人間が山賊などに身を堕とすはずもない。


「だったらどうする?」

「言わなきゃわかんないか? いや……それがわからないくらい頭が悪くなけりゃ、こんな遠いむかしに放棄された用途不明の砦になんか来ないか」

「!」


 今更ながら、山賊が何故この場にいるのかを察した。

 元からこの砦を根城にしていたのだ。放棄され、管理も禄にしていない砦を不法占拠する輩がいてもおかしくはなかった。


 ――クソ! 油断した!


 第四王女がこちらに来ることを砦の中から察知した山賊たちは、息を潜めて彼女たちが袋小路に入るのを待っていたのだろう。まんまと罠にかかってしまった。


 ――どうする、どうするどうする! もう魔力は枯渇しきってて、あんな人数を一度に相手することは……!


 第四王女には、歯軋りして思案する暇すら与えられなかった。


「――やれ。殺さなきゃなんでもいい」


 ゾッとするような宣言。そして、山賊たちは一気に第四王女に向かって走り出した。


「ぐ……! 簡単に妾を手籠めにできるとは思うな! 妾は!」

「ストップ。事情はわからないけど、一度それをしまってくれ」


 バシン、と後ろから魔導ライターを奪われたと同時に明かりが消えた。


「な、誰っ……むぐっ!?」


 驚きのまま口を開こうとしたら、流れるように口を塞がれる。その人物の体温の低さにびっくりしていると、自分の背より高い位置から声が聞こえた。


丹羽にわ! もういいぞ!」

「了解了解。事情はよくわからないけど、下衆の臭いは万国共通。助けの必要な女の子の可愛さは全宇宙共通! さあ! 派手にお掃除を始めましょうか! シャンタク!」


 闇の中に快活に響く二つの声。自分の口を塞ぐのは男の声で、その近くにいたのは女の声だった。


 暗闇の中でなにが起こったのか、彼女には知りようがない。夜目もそこまで利く方ではない。


 耳に響いたのは巨大な羽音。そして――


「な、なんだこのバケモノはあああああああっ!? ぐえっ」


 ぽきゅ、という乾いた連続音。水のようなものが派手にぶちまけられる音。恐慌状態に陥った山賊たちの叫び声。

 。彼女はこの部屋でどんな惨状が繰り広げられているか、繰り広げているのがどんな存在なのかを一切知ることがなかった。


 遠からず知ることになるが、第四王女は驚愕していた。

 おそらくこの二人こそが勇者召喚で招いた異世界人で間違いない。


 だが。


 ――なんで二人も?


 儀式の整合性から言って、二人いることは想定外だった。

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