邪神X転移 ~現代クトゥルフ神話やってたら邪神ごと異世界転移~

城屋

第一章:ミッシングパーソン・キングダム

第1話 SAN値(ステータスが許す限りの)MAX

「ふっ……ふふふふふふふ……うっふふふふふふふ!」


 東京都某所。とある四十五階建てのビルの屋上で、極寒の吹雪を身に受けながら笑っている女がいる。


 服は白衣。中に着ているのは薄手のカットソー。下はミニスカにハイヒール。冬の装いにはとても見えない。


 しかしある意味、当然と言えば当然かもしれない。気温はマイナス十度。空は厚い雲に覆われ、昼にも関わらず薄暗い。宙を舞うのは、最早万物を刺す勢いで飛来する雪の結晶。


 それでも現在はなのだから。暦の上では真夏である。


「ああーーーっ! やるねえ! マジで笑えるよ! どうしてそんなに息を切らしてまで私の試みを邪魔しようとするの!?」


 雪を被り、白くなった茶髪を振り乱しながら白衣の女は問う。

 目の前に積もった雪の一部が、呼吸をしたかのように盛り上がり、中から一人の男が出てきた。


 ブレザー型学生服の少年だ。彼は寒さに身を震わせながらも、歯を食いしばり目の前にいる宿敵を睨みつける。


「決まっているだろう……お前のような悪いヤツを野放しにするようならな」


 あまりの冷気に肺が凍る。だが、先ほどよりはかなり温かくなっている。どうやら自分の仲間たちは無事に、この異常気象の原因を取り除くことに成功したらしい。


「この世に生きている意味なんかないだろうがァ! 俺は! お前を! ぶん殴る!」

「うっふふふふふふふ! もう何度目かなぁ! 数えてないけど、やっぱり相変わらず絵ノ介えのすけくんは面白いよ!」


 ――バカにしてやがるな。この期に及んで。


 心底怒りが湧くが、そのまま正直に走り抜いて顔面を殴り付けるようなマネはしない。まだそのときではないからだ。


「おい。もういいだろうニャルラトホテプ。さっさと変身してみな」

「……ん?」

「その姿の状態のお前を何発殴ったところで手応えなんか全然なかった。やっぱり本体に俺の拳が届かないとダメなんだ。だからもう、遊びは終わりにしよう」


 女――ニャルラトホテプは、そのあまりの提案に笑顔を引っ込めた。


 ――正気か? まさか、本気で言っているわけが……?


 そう訝しんで顔色を見るが、違った。

 絵ノ介は真っ直ぐこちらを見据えている。ボロボロの身体を震わせながら、それでも自分に手が届くという不遜極まりない妄想を本気で信じている。


 それも正気のままで!


「うっふふふふふふ……後悔するなよ? そういえば私の正体、こんな至近距離で見せたのは初めてだっけなァ……?」


 髪をかき上げ、その動作で少量の雪が風に浚われて消えていく。


「ええっと、今回ちょっかい出すのに協力してもらった神格はなんて言ったっけな。ルリ……ム……そんな名前だった気がするけど」


 ギイ、と邪悪な笑みを深くし、金色の瞳で絵ノ介を射貫く彼女は邪神。

 形はどうあれ人間の祈りに手を差し出す程度、ワケがない。


 段々と、白い肌が黒い影に覆われていき、最後には表情から眼光と笑顔以外のすべてが消えて見えなくなった。


「私も私で、本性だけならアレよりエグいよ?」


 それを直視しているだけで、絵ノ介は嫌悪感に吐きそうになった。頭の奥が激痛で埋め尽くされる。今現在真っ直ぐ立っているのかすら不明瞭だ。


「それでも俺は――!」

「最後の最後まで踊ってみよう。いつまで耐えられるかな?」


 そして絵ノ介は、一瞬だけそれを見た。

 瞬間、絵ノ介の正気の世界にヒビが入る。


 本性を現した彼女は。


「……なーんちゃって!」


 一瞬でそれを仕舞い込んで、二本足で踵を返し絵ノ介から逃げ出した。全力での逃走だった。


「は?」

「うーーーっそぴょーーーんっ!」


 異常な脚力でウサギのように跳ね上がり、屋上のフェンスすら軽々と飛び越し、彼女は高層ビルから転落した。


「ばっ……!」


 バカ野郎、と叫ぼうとしたが言葉に詰まる。人間の姿形はしていても実際は人外。単純な高低差では殺せないだろうことは身を持って知っているからだ。


 それでも一瞬心配してしまうのは最早反射に近かった。


 だが彼女は極めて現実的な手段でもって、絵ノ介の想像を裏切った。彼女が落ちた場所からモーター音がしたかと思えば、ヘリコプターが飛び上がって上昇してきたからだ。


 ドアから縄バシゴがかけてあり、それに彼女がしがみ付いている。


「ごめんねー! やっぱりキミ、まだ殺すには惜しいから!」


 満面の笑みを浮かべ、吹雪を不自然なくらい無視して飛ぶヘリコプターごと彼女は退場しようとする。


 この一瞬が運命の分岐点だった。


「逃がすかコラァァァァァァ!」

「……あれえっ!?」


 笑顔のまま彼女は驚いた。なんと絵ノ介も屋上から飛び上がったからだ。

 たまたま縄バシゴが彼が飛べば届く位置にあったから、と言えばそれまでだが、そのまま墜落すれば即死する高さにも関わらず彼は一切の躊躇なく飛んでしまった。


 そして、彼女の身体に後ろから抱き着いた。


「ここで決着を付けるんだよ! もう二度とお前に悪さはさせねぇ!」

「あん、大胆。私のお尻に変なモノが当たって……」

「当たるかッ! 寒さのせいでずっと縮こまってるわ!」


 ブヂ、というイヤな音を彼女は聞いたが、絵ノ介は残念なことに言い争いのせいで気付かなかった。


「いいからヘリコプターを安全な場所まで運べ! こっちには魔術師の知り合いがいてな……! 本性を現してない状態のお前でも、ひょっとしたら追放できるかもしれねぇ。試してみるか?」

「ん……? ああ、なるほど。なにかは知らないけど素敵なオモチャを貰ってたわけね。でもさぁ」

「でも?」

「もう遅いよ」


 ブヂブヂブヂィッ!

 今度こそ絵ノ介の耳にも聞こえた。


「え?」


 そうして二人の身体は宙に放り出される。

 真っ逆さまに落ちれば、少なくとも絵ノ介に関しては助かるまい。


「えええええええええええええええええっ!?」

「ハシゴのメンテするべきだったなぁ」


 ――あ、死んだわ。


 二人して疑いなくそう確信できた。絵ノ介に固く抱きしめられた彼女も一緒に落ちていく。


 絵ノ介は走馬灯が脳内に駆け巡り――


『第四王女が名にかけて、来たれ猛き稀人よ!』


 ふいに浮遊感が一瞬で消え失せた。

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