とある女の子の感情の話

甘ヌ(改)

この話だけになります。

阿久津穂乃希の物語


あなたは覚えているだろうか。

一人の少女が学校でいじめられていた時いじめられた側を攻めたことを。

私は忘れない。耳を張り裂けるほどのあの怒号を二度と忘れない。



藤巻灯子、その女は豪胆でまるでボス猿のように学校の頂点に君臨しているような人間だった。かといって権力を振りかざすわけでもなくいつでも人の前に出て先頭に立ちたがり、どんな者にも平等に接する人。

それ故に彼女に取ってと特別な人は存在せず自分だけが特別。それを背中で語っているような人間だった。


中学の学年は2年、親の転勤のために引っ越して転校した。転校は四度目だった。友達を作ることが苦手だった私には憂鬱で仕方なかった。その学校はいつも騒がしくその中心に目を向けようとすると、彼女がいる。

今までの学校でもよくあることだった。一人の人間を中心に世界が回っているような学校。その周りは機嫌を取ろうとするもの、同調するもの、少し離れたところで目もくれないもの、離れたところから睨みつけるもの。


話は戻るが友達を作ることが苦手だった。唯一の友達と言えば母が好きな洋楽だけだ。音楽は言葉をも超えてリズムで語ることができる。音楽を聴く時間だけは自分が自分でいられる。そしてそれを歌うと気分が高揚する。

友達を作るのが苦手というのには他人への興味が薄いことが原因だ。私の趣味を邪魔されたくなくてでも共に楽しむ人がいたらどんなに嬉しいだろうか。


よくいじめられていた。いじめられる原因は転校生に友達になろうと言ってくる人を突き放してしまうからだ。やがてパシリを要求されてもする意味がないのでしない。そうするといじめる側の人間は最後の救いも与えなくなる。どうせ最初から救いなんてなかったけれど。

どうしても、この心のフィールドに入って欲しくない、本能がそう告げていた。それは今いるこの学校でも例外ではなかった。



「あんたいっつもあたしの言うこと聞かんから躾や。」


水をかけられる。

なんとも思わない。

なんとも。



「どうして意味のないことをするの?」


「は?」


「私に水をかけるようになって何か変わった?成績が上がった?親からのお小遣いが増えた?」


「何やねんこいついきなり」


「そんなわけないよね、先生や親に同級生をいじめてますなんて言っても何にも繋がらないもの」


「チクる気か?別にええであんたがそれでいいならな」


後ろの人間とクスクス笑っている


「そんな意味のないことしないよ」


「はは、結局怖いんか、つまらんなあ」


「意味がないもの、そんなことしないでもあなたより成績は上だしお金に困っていないから」


「は?……もううっっっっっっざいねんあんた!!!!」


また水をかけられる、さっきの倍の量だ。


「これで済むと思うなよ!!」


そういうと少女たちは去って行った。

制服が濡れてしまった。お母さんに迷惑をかけてしまうのも風邪を引くのも嫌だから体操服にでも着替えようかな。とりあえずトイレを出よう。


「うわっ!!びしょ濡れ!!」


トイレを出ようとすると、藤巻灯子と鉢合わせてしまった。あんまり目立つ人間とは関わりたくないな。


「あかんで風邪ひくわあんたそれ、ほらこれ使い」


藤巻灯子は首にかけているタオルを差し出した。


「汗で汚そうだからいい…」


「なんやねん失礼なやつやな、安心し風邪よりちょい汗臭いほうがマシやろ」


そういうと藤巻灯子は強引に私の頭や肩を拭き始めた。


「それにしてもなんでこんな濡れたんや、象の水浴びやないねんから」


「水浴びしてた」


「嘘やろ自分」


目立って濡れたところを拭き終わったようだ。


「よし、とりあえずこれくらい拭いといたらいいやろほならどっかでドライヤーとか借りて乾かすんやで」


「あの、タオル」


「あげるわ!」


「いらないから返す」


「3-5!返すんやったらそこに持ってきといて!うちもう限界やねん!」


「いや知らんよ」


私の言葉を聞こうともせず、颯爽とトイレの中に入って行った。珍しい人もいるものだと思った。私だったらトイレですれ違う人がずぶ濡れでも、声すらかけないかもしれない。


放課後にいじめられるために呼び出されていた私は、塾の時間がギリギリまで迫っていたので借りたタオルは後日返すことにして着替えてから塾へと向かった。


なんとか塾には間に合い、いつも通りの課題をこなして家に帰った。お母さんに体操服で帰ってきて何があったの、と聞かれたけど別に、以外何も言えなかった。こんな無愛想な娘でも育ててくれてありがとう、お母さん。



次の日に洗濯し終えたタオルを三学年の教室まで持っていく。周りは三年だらけで廊下を歩くことすら嫌になる。しかも3-5は3階の一番奥の教室だった。


「あの、藤巻灯子さんいますか」


「2年?ちょっと待っててな、灯子ー!後輩や!」


「ちょい待って!」


「待たれへん早よ来!!」


「あの、急ぎでもないのでちょっとくらい待ってますんで大丈夫です」


「すまんなあ、今連れてくるわ」


そう言って声をかけた三年生は教室の奥の方まで歩いて行って藤巻灯子を引っ張ろうとしていた。何もそこまでしなくてもいいのにな。


「お待たせ後輩ちゃん、ああ昨日のトイレの!」


「トイレの?」


「この子トイレで水浴びしててん」


「あっあのもう急ぐんで、これ昨日借りたタオルです、ありがとうございました」


「ええよええよ、こちらこそなんか律儀に洗濯までしてもらっておおきに」


「じゃあ失礼しますっ」


「今度水浴びするときは自分のタオル持っとくんやで〜!」


流石は藤巻灯子声が大きい。あの時とっさについた嘘だと言うことを彼女はわかっているのか、冗談として受け取っていたが彼女なら本気でそう捉えていることもあり得なくはないような気がしてきた。




「なあ灯子、水浴びって何?」


「あの子が言うてたんよ」


「トイレで?自分のタオルも持たずに?」


「そやな」


「あの子がトイレ出る前複数人でトイレ出てきたやつがおらんかった?」


「いたかもしれへんわ、それがどうしたん?」


「ここまで言って察しがつかんとは流石やわ、まあ私は後輩のいじめ事情に首を突っ込む気はないけど二年もなかなかひどいことやってんね」


「いじめ…そういうことか!あの子に確認してくる!」


「もう授業始まるわアホ放課後にし」


「せやな」







放課後になった。今日は三年の教室まで行く以外のことで特に取り立てて珍しいことは起こらなかったな。とりあえず今日は塾も何もないから家に帰って昨日出た課題の続きでもやろう。



「ねえあんた、私についてきなさいよ」


「断る」


「は?」


「痛っ」


「いいからついて来い何ならここでやってもええんねんで?」


髪を引っ張られた。相手はかなり怒っている様子だった。


そのまま複数人の女子に囲まれながらまたトイレへと向かう。今日は何もないつもりでいた、しかも主犯の女の機嫌がいつもより悪いようだった。恐らく私とは関係ない場所で何かがあったのだろう、その憂さ晴らしを昨日の件も含めて私にぶつける気だ。



「あんた昨日さあ生意気なこと言ってたよね?」


「…」


「だんまりかよ。まあいいや、あれ持ってきて」


「結局」


「あ?」


「家庭で上手くいかなかった?」


「こいつはまたいきなり…」


「それとも学校で何かあったの?今日は特別機嫌が悪いようだけど」


「はあ…あんたそんなに酷いことされたい?ええよやったるわ!」


「っ…!」


昨日よりも濁った水が体にかかる。まさかとは思うけど掃除の雑巾絞った後の水?多分そうだ。


「気づいた?ちょうど良かった、掃除時間間に合わなくて置いてっちゃったのかしらね、水汲む手間が省けて良かったわ」


後ろの人たちがクスクスと笑う。どうせ彼女の手下が掃除時間の終わりに準備してたんだ。

お母さんにとんでもない迷惑がかかってしまう早く帰って制服を洗いたい。もうこんな意味のないことをしていないでどいてくれないかな。


「汚いからもう学校来ない方がいいんじゃない?」


「自分でかけたくせに…」


「は?なんか言った?」


理不尽という言葉はこの人間を指すために生まれてきた言葉なんだろう。どうしよう、簡単には帰れそうにない。



「なあ、ちょっとトイレ行かしてくれる?」



いじめっ子たちの後ろに立っていたのは藤巻灯子だった。いじめっ子たちが私を隠すように移動する。


「どうぞ手前の使ってください。」


「いやあたし奥の洋式じゃないと嫌やねん」


「いいから手前の使ってくださいよ」


「ちょっとエミ、この人三年の藤巻先輩だよ」


「わかってるよ、三年だから何なんですか?だったら別の階のトイレ使ってくださいよ今ここ使用禁止なんで」


藤巻灯子は一瞬黙る、そして目を少し細め現場に緊張感が漂う。


「何であたしがあんたの言うこと聞かんといけんねん」


「だから…」


「ええから、どけ」


藤巻灯子が低い声でそう言うと主犯以外の人間が立退く、そして私の目が合ってしまった。


「お前ら何しとんねん」


「は?」




「お前ら何しとん言うてんねや!!!」


耳が痛くなる程の大きな声が響く。恐らくトイレの外の廊下にも聞こえているぐらいの声量だった。

人間には先天的に恐怖の感情が備わっている、その一つに大きな音に対する恐怖だという。

その声はこの場にいる全員に恐怖を与えるのに十分な声だった。


藤巻灯子が声を荒げてからの静寂を打ち破ったのはまたもや藤巻灯子だった。



「自分がこの子に何をされたんか知らんけどな、大勢で一人に突っかかって惨めじゃないんか?」


そう話し始めていると外から人が集まり始めていた。さっきの声の大きさで異常事態ということがすぐに伝わったのだろう、先生を呼ぶ声も聞こえてきた。


「まずいよ、エミ先生呼ばれる」


「…出るよ」


「待て」


「何ですか…」


「待てって言うてんねん。謝れ」


「何で私が…」


「いいから謝れ」


「あの、藤巻先輩、もういいですから、こんな意味のないこと…」


「…」


「本気で言うてるんかそれ」


「それは…」



「意味があるとかないとかの問題ちゃうやろ!!!」



さっきはいじめっ子たちへの怒号、けど今のは違った。私に対してへの怒りだ。意味がない、と言う言葉への怒り、それを言った私への怒りだった。



「おい、藤巻!何で三年が2年のトイレにいるんだ!」


「先生、先輩がいきなり怒鳴ってきて…」


「エミ…?」


主犯がこのいじめを藤巻灯子になすりつける気だ。全くいじめる人間というのは実に狡猾だ、その頭の良さをどうして学業に活かせないのか。


「もういい、あんたは喋んな」


「でも…」


「喋んな言うとるやろ」


藤巻灯子が主犯の肩を掴み睨みつける


「おい藤巻いい加減に」


「先生、この状況見てまだそんなこと言うんですか?」


「…」


先生が藤巻灯子が指した先の私と目を合わせる


「貴方がこの六人近くの後輩を一人で私がいじめていたなんて解釈するのは勝手ですけど、そうしたら私は校長室にでも教育委員会にでも行きますよ。」


「…もういい、藤巻以外の生徒は教師が別々で話を聞く。藤巻は部活に戻れ、あとで話を聞く」


先生も状況を理解した様子だった。



「じゃあ最後に一つだけ、謝れ」


「…」


「早くせえ」


「…ごめん…なさい…」



それを見た藤巻灯子は、集まるギャラリーをまるでモーゼのように立退け去っていった。

大きな感情は生物として強い者となりその場を支配する。藤巻灯子は強い生物である、それが証明された。


やがて話をし合い、双方の親が呼ばれ、向こうの親が深く謝罪してきて当人も謝ったことからこの一件は収まった。あの時藤巻灯子が来なければ、私はずっと虐められていたに違いない。親にもばれて、悲しませて迷惑をかけてしまった。だけど、これはこれで良かったのかもしれない。藤巻灯子の言っていた、意味がないとかの問題じゃないというのは正しかったのかもしれない。


両親と家に帰ると、どうしてか涙が溢れて止まらなかった。

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