【3分で読める小説】海沿いの料金所にて
@amenosou
海沿いの料金所にて
朝6時になると、僕は海沿いの「有料道路料金所」に出勤する。
ちょっとした準備などを終えると、僕は料金所の窓口から顔を出した。
僕「180円です。」
車に乗った客「はい、これで。」
小銭を渡されたらゲートを開ける。
僕の仕事は基本的にはこれだけだ。
この料金所は昔から地方の零細団体が運営していて、海に向かう観光客から通行料をもらうことで成り立っている。
大手企業のようにETC(電子料金収受システム)は設置されていない。
理由はとても単純で、ETCを導入する費用よりも、人が働いた方が安くつくというだけだ。
同僚「そろそろ交代の時間だよ。」
僕「了解です。」
仕事は1日交代制で行われる。
丸一日働いた後、次の日は休みというシフトが基本だ。
丸一日働くといっても、そのほとんどは休憩や仮眠時間なので楽なものだ。
自分が窓口に立っていない時間は、他の担当者が窓口に立って対応する。
**
僕は高校卒業後、アルバイトを転々とした後、20代の終わりに正社員としてこの仕事にありついた。
仕事の楽さと給料のバランスが絶妙で、大したスキルもない僕にはちょうどいい仕事だ。この仕事を始めて、気づけばもう39歳になっている。
僕の日常は、目の前でやりとりされる小銭を眺めながら、特に刺激もなく過ぎていった。
しかしある日を境に、僕の日常は少しずつ変わっていく。
**
夕方4時頃だった。国産のオープンカーに乗った女が、潮の香りとともにやってきた。
僕「180円です。」
女「はい、お願いします。どうもありがとう。」
そう言って、女はゲートを通っていった。
この女、どこかで見覚えがある気がする。
肌は白く、口の下に小さなほくろがある。
対応の雰囲気から判断するに、年齢は自分と近いと思うが、それを感じさせない若さがあった。
しかしどうしても思い出せない。
残念な気持ちを残しつつも、その日は帰路についた。
**
次の勤務日にもその女は現れた。今度は午前中だった。
僕「180円です。」
女「1万円札しかないのですけれど、大丈夫ですか?」
僕「大丈夫ですよ。両替しますのでちょっと待ってくださいね。」
僕は女のことを思い出した。
この女は、同じ高校の同級生だった「上崎由紀」に違いない。
僕は思いきって声をかけてみた。
僕「あの、もしかして上崎さん・・ではないですか?」
勤務中に、客に対して自分から積極的に声をかけたのは、この時が初めてだった。女は少し笑いながら答えた。
女「え?多分人違いだと思いますよ!私、よく誰かと間違えられるんですよね。」
僕「あれ、そうですか。すみません勘違いしてしまったみたいで・・・。」
**
僕は家でビールを飲みながら高校時代のアルバムを見返した。同じクラスのページに、上崎の姿があった。
確か同じ図書委員会に所属していて、「本を読みましょう」的なポスターを作る仕事などをしていた。
割と人数が多い委員会だったので、親密に話すことはなかったが、彼女に僕は密かな想いを寄せていた。
周りから、上崎は僕に好意を寄せているという噂を聞いたこともある。
結局何事もなくお互いに卒業してしまったのだが。
僕は上崎の写真を見ながら胸の高鳴りを感じた。こんな感情は20代以来だ。
**
今度は夜8時くらいに、その女は現れた。
僕「180円です。やっぱり上崎さんですよね?」
女「え?違いますよ。ふふ。」
女は含んだように笑った。
僕はこの時、確信した。この女は間違いなく上崎由紀だ。
僕のことにも気づいていて、この状況を楽しんでいるのだ。
こうなると、出勤が楽しみになってくる。
ある時にはこんな会話をした。
僕「180円です。上崎さん、三日月食堂っていう店、覚えてる?委員会の帰りに、よくみんなであの店で食事したよね。」
女「え?なんのことだか分からないですね。ふふ。」
女はまた含んだように笑いながら、ゲートを通り過ぎた。
またある時にはこんな会話もした。
僕「180円です。上崎さん、文化祭の後にみんなでこっそりお酒飲んだの覚えてる?楽しかったよね。ところで今度さ、食事にでも行こうよ。」
女「え?やっぱりよく分からないですね。ふふ。」
女はまた笑った。
僕は彼女が通るたびに誘い続けたが、彼女はいつもこんな感じで、はぐらかした。
楽しい毎日を繰り返しながら、3ヶ月が過ぎた。
**
ある日の勤務終了後、僕は料金所の所長から呼ばれた。
結論から言うと、僕は仕事を「クビ」になった。
所長から言われた話をまとめるとこうだ。
・県の方針で「インフラICT計画」なるものが掲げられ、この料金所もETCに対応する必要があること。
・ETC対応に伴い、料金所の社員の半数が不要になること。そのため、半数の社員は解雇されること。
僕は納得がいかなかった。
僕「50歳以上の社員もたくさんいるのに、なぜ僕がクビになるんですか?」
彼らよりも僕が先に解雇される理由が見つからないのだ。
所長「もちろん、理由なくクビにするわけじゃない。実はこの3ヶ月間、どの社員を解雇すべきか、外部の人事コンサルタントの方に視察を行なってもらっていたんだ。ほら、この方だよ。」
所長はそう言うと、とあるWEBサイトのページを見せた。
そこには、「人事コンサルタント:田岡涼子」という名前と共に、なんとあのオープンカーの女「上崎由紀」の写真が載っていたのである。
この女、見たことがあるはずだ。たまにコメンテーターとしてネット番組に出演していて、ビジネスの世界では結構な有名人らしい。
所長「君は窓口での対応中に、この方に馴れ馴れしく話かけたらしいじゃないか。知り合いに似ているとかいう嘘をつきながらナンパまでして。君が真っ先に解雇の候補に上がったよ。不公平が無いように、毎回違う時間に視察に来てもらっていたが、君はいつもそんな対応だったと言うじゃないか。」
**
後に高校時代の知り合いから「上崎由紀」の現在の写真を見せてもらったが、当時とはまるで別人だった。そもそも「ほくろ」なんてない。どうやら今は結婚して、北海道で暮らしているらしい。
所長の言うとおりだ。青春時代の淡い思い出からくる勘違いで、僕は見知らぬ女をただ誘い続けていたのだ。
オープンカーの女はいつも含んだように笑っていたが、それもそのはずである。
自分の仕事を達成できたのだから。
つまり真っ先にクビにすべき人物が見つかったのだから。
こうして僕は変わらない毎日を失った。
...end
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